銃士の弾痕 p.7
「楓ちゃんはもう寝たの?」
施設の地下深くを歩くヒンメルは、後ろからついてくるアゲハにそう問う。その後ろには海斗もついてきている。
三人が歩く細長い狭い通路にはこれといった特徴はなく、電灯が等間隔に辺りを照らす。
「えぇ。私の部屋の隣で」
「流石にここに来て初日だ。ゆっくり休んでもらった方が良い」
「あらぁ、海斗くん優しい! その優しさを私にも分けて~!」
「だからこっちにくるなよオカマぁ!」
体をクネクネさせながら海斗にすり寄っていくヒンメルと心の底からそれを嫌がっている海斗を眺め、なんだかんだこの二人仲良いんだろうな、とアゲハは呑気に思う。
ヒンメルに一通り身体を撫でまわされた海斗は身だしなみを整え、咳払いをする。
「コホン! 本題に入るぞ。今日も契約者が一人、限界を迎えそうだ」
その一言に、アゲハは胸がきゅっと絞めつけられる。
「その人は、獣と契約をしてからどれくらい経ってるの?」
「たしか、二年ほどだったかな。契約者になってしばらくして財閥に保護を求めてからは、ずっとこの拠点で財閥のサポートをしてくれていた」
海斗は手元のタブレットをいじりながら、契約者のリストを参照しつつアゲハに報告す読み上げる。
そうしているうちに三人はやがてとある扉の前までたどり着いた。
ヒンメルが扉を開くと、鉄の壁に囲まれた少し広い部屋へと入る。
部屋は透明なガラスで半分に仕切られ、アゲハ達がいる側にはモニターや何かしらの機材を設置され、そこに財閥の研究員が数名並んで座っている。
研究員達はアゲハ達が入ってくるのをちらりと背中越しに見るも、すぐに目の前の作業に戻った。
そしてガラス壁の向こう側では、中央に男が一人、椅子に縛られて座っていた。
椅子に座る男は項垂れており、時折何かをぶつぶつと呟いて虚空を見つめ続けている。
その男の左右に財閥の戦闘員である事を示す軍服を着た男二人が並び立ち、男の背後には見覚えがある女性が一人涙を堪えて佇む。
「アゲハちゃんはあの二人を知っているかしら?」
「たまにこの拠点ですれ違ったりしました」
「……そう。あの二人、お付き合いしているのだけど、どちからかが限界を迎えた時はもう一方が手を下すことを前々から決めていたらしいの」
アゲハはこの拠点に来て数か月の間に何度か見たその男女の姿を思い出す。
二人ともいつも仲良さげに拠点のサポートに邁進し、笑顔を絶やさず周りとも親しげだったと思う。
そんな二人も、あの時の笑顔は一切消えうせている。
そして異変はすぐに訪れた。
「臨界点突破を確認。転生が始まります」
研究員の一人が務めて冷静に報告する。
同時に、縛られた男がびくりとのけ反り、人とは思えぬ咆哮を上げる。
両脇を抑えていた軍服の男達が銃を構え、後ろに立っていた女性は一歩引きさがる。
のけ反った男の喉元には、黒い入れ墨で描かれた模様が刻印され、怪しく光りだす。
契約者である男は契約印の光が強くなるほどに明らかに苦しみだし、後ろにいた女性は何が起こっているのか分かっているようで、涙は流しつつも真っすぐ男を見守る。
すると、男の肌が青色に変色しはじめ、皮膚の奥からぬめり気のある鱗を露出する。
大きく見開いていた瞳はさらに拡張し、男の頭蓋ごと押しのける勢いで膨張した。
これは、まさしく人間が獣へと変わっていく様子に他ならない。
「対応を開始してください」
アゲハの近くにいた研究員の一人が告げると、獣となった男の両脇に控えていた財閥の戦闘員達が銃を構え、変形中の男の両足へ銃弾を叩きこむ。
銃声はガラスの壁を貫通してアゲハにも響き、一発ごとの発砲音が胃を震わせる。
獣は銃弾によって両足をズタズタに引き裂かれ、地面を転がったところで頭にも何度も銃弾を撃ち込まれる。
だが、獣はそれでも命が尽きることもなく、半壊した頭を振り回して立ち上がろうとする。
通常兵器で獣が死ぬことがないのはこの場の誰もが知っている。
銃弾による攻撃は獣の行動を制限するためだ。
女性は両手を組んで祈りを捧げ、頭を垂れる。
「……ごめんなさい」
すると、女性の手のひらに、契約印が浮かび上がり光る。
その手を獣となった男へとかざすと、キラキラと光りを反射する氷の礫が宙に現れる。
放たれた氷の邪術は細かな散弾となって獣の頭部に無数の風穴を開けた。
びくりと身体を震わせた獣はそのまま床に転がり、動かぬ骸と化す。
獣にとどめを刺せる方法は限られている。
核である頭を契約者か獣の攻撃で破壊するか、スリンガー達が使う銃の弾丸で撃ち抜くのみだ。
女性は、亡骸となった男の上に覆いかぶさり泣き叫ぶ。




