銃士の弾痕 p.6
あれは暗い夜だった。
楓の父は契約者となってしまった楓のために、獣の祖とさらに契約を交わし、危機に晒された娘のために自らが数々の人に手をかけて獣の眷属を増やし続けていた。
「話しが違うぞ化け物! あとはこの一帯の人々を異界に閉じ込めるだけで娘を契約から解放する約束じゃなかったのか!」
父の怒号が飛ぶが、獣の祖が触媒としている鏡は悪びれた様子もなく、苦笑する。
『そうカッカしないで、気が変わっただけだよ。大丈夫大丈夫、誘き寄せた奴ら全員殺して獣に変えたら解放してあげるから』
軽快にそう言う獣の祖だが、約束を守る気なぞはじめからなかったと、楓も父自身もこの時点で察していた。
だが、契約者には逃れられぬ制約があることを知らされた二人はどうしても目の前の獣の命令に従わざるをえない。
自分が馬鹿だった。
男一筋で育ててくれた父を楽にしてあげたかった。
獣から提示された一時的な誘惑に負けてこの有様だ。
『さっさと済ませないと奴らが来てしまうよ』
「……奴ら?」
まだ何かあるのかと、楓は鏡に向かって疑問をぶつける。
『私たちを狩る者。スリンガーさ』
そう言った途端、家の窓が壁ごと突き破られる。
家の中に転がり込んできた影は二つ。
一つは全身から触手を幾つも生やした獣の死骸、もう一つは深い緑色のロングコートにフードを被った人物。
だが、その姿は家を突き破った時に舞った埃によって視界が塞がれてしまう。
『おいおい、いくら何でも早すぎる!』
獣の祖が焦っている。あれがスリンガーか。
そう思った瞬間、楓は父に突き飛ばされ、無理やりクローゼットに押し込められる。
「そこに隠れていなさい」
驚きの声を上げる間もなくクローゼットに入れられた楓はそう父に告げられた。
「貴方たちが首謀者?」
目深に被ったフードのせいで表情は見えないが、スリンガーはいかつい銃を父へと向ける。
「待ってくれ、私は獣に騙されただけだ!」
『馬鹿か! そいつらは構わずお前も殺しにかかるぞ、早く応戦をーー』
そう言いかけた獣の祖だが、その言葉は銃弾の発砲音と共に途切れた。
鏡のど真ん中に弾が貫通し、一瞬にして討伐された獣の祖は魂が封じられた原典の頁へと還る。
それを見た楓の父は膝から崩れ落ち、呆然と目の前の光景を眺める。
「たす……かった」
危機が去ったことの安堵感から、楓もクローゼットから出ようとするが、すぐにその手は止まった。
言い表せない殺意を、フードを被ったスリンガーから感じた。
スリンガーは構えていた銃をそのまま父へと向ける。
「え……どうして……」
返事の代わりに放たれたのは銃声。
轟音と共に楓の父の頭が跳ね上がり、身体をのけ反らせて床に転がる。
「ごめんね、殲滅が命令だから」
それだけ言い残すと、そのスリンガーは銃をコートの中に隠れたホルスターへと戻す。
衝撃的な光景に楓は両手で口を押え、必死に呼吸音を殺すしかなかった。
辺りを見渡すスリンガーはふと窓の外へ顔を向ける。
遠い空は暗いながらも僅かな紫色に染まっていたが、突然ガラスにヒビが入ったが如く空が割れ、異界の崩壊が始まった。
現実空間に引き戻されていく中、死体となった父は異界に取り残されるため、父の身体が徐々に消えていくのを目の当たりにし、楓はそれをただ眺める他なかった。
スリンガーは楓の存在に気づくことなく、その場を立ち去っていく。
その後ろ姿を見ていた楓の心の中では、父の喪失と、そのきっかけを作った元凶の獣すら失った事実が突きつけられた。
家を去ろうとするスリンガーの背中へ殺意のこもった視線を投げ、楓の胸にどろりとした感情が芽生える。
寝汗をかきながらガバリと起き上がった楓は、肩を震わせながら辺りを伺う。
楓の歓迎会はささやかに行われ、アゲハとヒンメルが暖かく歓迎し、忙しそうにしながらも海斗も参加してくれた。
その後、部屋に案内された楓は警戒が解けたからだろう、疲労に襲われそのまま就寝したのだった。
嫌な夢を見てしまった。
額の汗を拭きながら、楓は天井を仰ぐ。




