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Slinger - スリンガー -  作者: 速水ニキ
第二章 因果ノ楔
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銃士の弾痕 p.5

 道着を道場に放り、私服に着替えた楓は道場から外へと出る。

 日が完全に沈み、夜風に当たってやっと自分だけが生き残ったことを実感する。

 数刻前に見たアゲハの鬼神がかった姿は思い出しただけで冷や汗が吹き出た。


「楓」

「え、はい!」


 不意にアゲハから声をかけられ、肩がびくりと揺れてしまった。

 慌ててアゲハに振り向くと、アゲハも道着からどこかの学校の指定セーラー服へ着替えを終えていた。


 不意に、アゲハが持っているものに違和感を感じた。

 道場に来た時、アゲハは刀を一本入れた刀袋のみを背負っていた。

 だが、今は刀箱を抱え、それを丁重に両手でしっかり運んでいる。


「それは?」

「あぁ。この道場は蝶流剣術の創始者、秋ノ道政宗を代々祀っていた道場だから、その遺留品を没収しちゃった。これを元にまた蝶流剣術が生まれちゃうかもしれないし」


 アゲハが悪戯ぽく笑うと、どうしてもさきほどまで見た鬼気迫る形相で大量の男達を薙ぎ払った者と同一人物だと認められない。

 楓は「はぁ」と思わず呆けた返事をしてしまう。


 それよりもこの人は何を思って自分を生かしたんだ。

 頭を振って気を取り直した楓は辺りを見回す。


「これからどうするの? 私は……スリンガーに追われてて行く当てなんてないんだけど」


 契約者の印に目を落とし、己の危機的状況を思い出すとつい心が沈んでしまう。

 すると、アゲハは「大丈夫だよ」と些細なことだと言わんばかりに歩き始める。

 途端、遠くから機械音が段々と近づいて来た。


 それは次第に強烈なほどの轟音となり、暗闇を払って二人の真上に飛来してきたのは小型の飛行船だった。

 突然現れた飛行船とそれが巻き起こす突風に煽られ、楓は大きく揺れる髪を押さえつける。


「あ、あれは!?」

「行く当て」


 飛行船は両翼のジェットエンジンの角度を自在に変え、それを真下に向けるとホバリングしながらゆっくりと二人の元へと降りてくる。

 その飛行船を見上げながら、アゲハは楓の傍に立つ。


「私も獣に騙された後、自分の剣術について知りたくて日本中の道場を回って旅をしてたんだ。その旅をしてた時に道場全てが獣に乗っ取られているのを知ったけれど、途中で助けてくれる人達にも会えたんだ」


 二人に飛行船の後部が向けられると、ハッチが開き、中から武装した男達が二人を迎えるように両脇に待機していた。

 アゲハはハッチへと歩みつつ、楓に振り返ってもう一度手を指し伸ばす。


「”財閥”。それがこのグループの名前。財閥は獣から逃げてきた契約者達を保護してるの。楓もきっと助けてもらえると思う」


 ライトに照らされたアゲハは、楓にとってまるで天から楓を救いに来た天使に見えた。

 だが、心の中に未だ残る家族が殺されていく光景がチラつき、最後の一歩が踏み出せない。

 それを察したのか、アゲハはまた微笑み、優しく楓を覗き込む。


「復讐だけが、全てじゃないよ」


 その一言に、楓は戸惑いながら頷き、アゲハの手を取って共に飛行船へ乗り込んだ。



 空の旅はそれほど時間をかけることなく、アゲハと楓を目的の場所へと連れて行く。

 アゲハが座る席から窓の外を見ると、眼下には林が所せましと広がっており、少し遠くに街が見える。


 アゲハ達の目的地は小山に囲まれてポッカリ空いた空間に設けられている村だ。

 山々に囲まれたその村は都心から意外と近いながらも、山が間にそびえていることもあり、村を秘密裏に建てることは財閥としてそれほど苦ではなかったと、アゲハは事前に伝えられていた。


 村の入り口付近に着陸した飛行船を降り、アゲハと楓は村の中へ歩いていく。

 村の入り口には防弾チョッキと銃を装備した男達が数名警備しており、アゲハの姿を確認すると、会釈して二人を村の中へと通した。


 村内は存外広く、畑が幾つも耕され、小さな建物が一軒一軒、一定距離を置いて建っている。

 黙々と歩き続け、村の中央にある一際大きい施設の前に到着した。

 すると、施設の扉が開き、男が二人出てくる。


「お疲れ様、アゲハちゃん」


 男のうち一人が笑顔で手を振った。

 男、というには挙動が妙に艶かしく、紫色に塗ったリップが目立つ。

 ピンクの髪と紫色のメッシュは男の隠れた毒々しさを表現するも、笑顔は純粋そのものだ。


 男が着るライダースーツはその者のプロポーションを露骨に露わにし、クネクネとした動きがより無駄に良いシルエットをより際立たせる。


「ヒンメルさん。ただいま」

「うふふ、今回の道場破りが最後だって聞いてたから、お出迎えしたくなっちゃって海斗くんと待ってたのよ」


 ヒンメル、と呼ばれた男はちらりと隣に立つもう一人の男を見る。

 海斗は長いぼさぼさの黒髪を野暮ったそうにかき、ズレかけた眼鏡を片手で直す。


「いや無理やり付き合わせたのヒンメルさんだろ。俺まだ備品整理とか仕事が残ってるんだぞ」

「んもー! そんなこと言わないの! 皆と仲良くなるのも大事なのよ!」


 ヒンメルは海斗の腕を取って身体をすり寄らせて行くが、海斗は「触るなオカマ!」と力の限り嫌がっている。

 そんな二人を見てアゲハは微笑し、楓はぽかんと口を開けて眺めていると、ヒンメルは楓へと視線を移す。


「それで、その子は? だいたい察しはつくけれど」

「はい。この子は楓。契約者になってすぐに”組織”のスリンガーに襲撃されたあと、道場に逃げ込んだみたいで。ただ、契約者の力で悪さはしてないようだったので財閥に保護してもらいたくて」


 ヒンメルと海斗が見えやすいようアゲハは楓の隣に立って彼女を紹介する。

 楓はおずおずと頭を下げると、ヒンメルはまた大きく笑顔を浮かべた。


「いらっしゃい楓ちゃん。私はヒンメル。”財閥”をサポートしている”代理人(エージェント)”と呼ばれているわ。こっちは海斗くん。彼も貴方と同じで財閥に保護された契約者よ」

「よろしく、海斗だ。ここにいりゃ一旦は安心だが、ヒンメルさんの雑用には付き合うなよ。一生こき使われちまうからな」


 皮肉交じりに海斗はそう言い、ヒンメルもまた「そんな事言ったら炊事改善案も作ってもらおうかしらー!」と楽しそうに海斗に抱きつこうとする。

 本気で嫌がる海斗を抱きながら、ヒンメルは楓へとウィンクを投げた。


「大変だったでしょう? まだ私達のこと警戒していると思うけれど、あとで色々と案内するわ」


 ヒンメルの気遣いが伝わったのか楓の肩から少しだけ力が抜けていく。

 そんな彼女の様子を見て一安心し、アゲハはヒンメルへ歩み寄る。


「ヒンメルさん、これを」


 懐から古ぼけた紙を一枚取り出す。


「原典の頁。恐らくお渡しできるのはこれで最後です」


 アゲハは複雑怪奇な絵と文字が刻まれた紙を手渡すと、ヒンメルはそれを確認し、大事そうにそれを両手で持つ。


「ついに終わったのね。蝶流剣術道場の解体」

「……はい」


 平静を装って返事をしたつもりだが、脳裏にはここ数か月死闘を繰り広げた日々と屍の山が思い浮かび、声が震える。


「結局、この剣術を探求していた道場は全て獣と手を組む道を選び、影でたくさんの人々を手にかけていました」


 斬ってきた者の懺悔や怒号が混ざった断末魔が頭の中を巡るが、もう終わったことだと内心で言い聞かせ、アゲハは前を向く。


「ここが最後の道場でしたが、他と変わらず獣と滅ぶ道を選んでいました。ヒンメルさんと“財閥”の皆さんにはこれまで支援いただいて助かりました。ありがとうございます」

「いいのよ。これもギブアンドテイク。貴方のおかげで手強い剣士達が保有していた原典の頁を全て回収することが出来たわ」


 二人の間に少しだけの静寂が訪れるが、ヒンメルは続ける。


「貴方でよければ今後も財閥の力になってくれたらと思うのだけれど、どう?」

「少し……考えさせてください」

「そうね。まずは楓ちゃんの歓迎会も兼ねてご飯にしましょう! 海斗くん、用意お願いね」

「え、いやだから俺は備品整理の仕事がまだ……」


 唐突に新しいタスクを振られた海斗が戸惑うのも構わず、ヒンメルは海斗を施設へと引きずり込んでいった。

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