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Slinger - スリンガー -  作者: 速水ニキ
第二章 因果ノ楔
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銃士の弾痕 p.4

 夕日が窓から差し込み、アゲハは辺りを見渡す。

 道場内は返り血と死体の山で溢れ返っていた。

 壁と床に広がる血とオレンジ色の夕日が道場内を異色の空間へと染め上げていた。

 折れた刀を片手に、アゲハは頬についた血を手の甲で拭う。


 これでもう、蝶流剣術を伝授できる者はいない。

 そう心の中で呟きながら、アゲハは亡骸となった師範の元へと歩く。

 すると、その横に落ちていた木製の簪が震えた。


『ま、待て。待たれよ』


 声を発する簪を前に、アゲハは冷たい視線を送る。


「貴方がこの道場内にいる人たちを貶めた獣の祖、ですね?」


 獣の祖の魂が憑依している簪に向かって、アゲハの足がゆっくりと運ばれる。


『私と再契約をしよう。どんな願いだって叶えてやる。何が欲しい? 金か、名誉か? 誰かの命だって構わない、君が欲するものを提供するだけの力が私にはある』


 アゲハの気迫に押され、声の主は動揺を隠せない様子だが、そんなことはどうでもいい。

 簪を見下ろし、アゲハは折れた刀を鞘へ収め、空いた手をひょいと上げる。

 念力の邪術に引っ張られた簪はアゲハの目線の高さまで浮かぶ。


『ま、何を……』

「私が欲しいのはただ一つ」


 刹那、居合の斬撃が閃いた。

 真っ二つに斬られた簪は悲鳴を上げる間もなく魂の気配を消される。


 代わりに、一瞬光った簪から古ぼけた洋紙が現れ、ひらひらと床に落ちた。

 獣の祖の魂が封印された原典の頁を拾い上げ、アゲハはそれを睨む。


「蝶流剣術の解体と、過った教えを広めた首謀者の抹消です」


 物言わぬ紙切れとなった獣の魂を、アゲハは懐にしまう。

 その場に一人となったアゲハだが、警戒は未だ解かない。


「それで、貴方はどうするつもりですか?」


 そう言ってアゲハは持っていた刀を放ると、刀はアゲハの邪術に操られて道場の奥にある扉へと飛び、不規則な斬撃を描くとともに扉を切り開く。


「きゃあ!」


 同時に、奥から少女の悲鳴が上がった。

 道場に入った時から一人だけずっと奥の部屋にいたことは分かっていた。

 道場内の剣士達と殺し合いを始めても入ってこないあたり、殺意は低いと察し放置していたが、全てが落ち着いた今注意を注ぐことが出来る。


 破壊された扉の向こうではアゲハと歳がそう離れていない少女が尻もちをつき、驚いた様子でいた。

 茶色髪のポニーテールにそばかすが目立ち、道場内の剣士達と同じ道着を着用している。

 その右手には燕を模した契約者の印がまざまざと刻まれている。


「貴方も、剣の道を踏み外した一人?」


 折れた刀を少女に向け、アゲハは相手の一挙手一投足を観察する。

 そばかすの少女はアゲハとその後ろに広がる死体の山を前に恐怖に震え上がった表情を浮かべるも、それはすぐに何かを決意した眼差しへと変わった。


「?」


 その変化を感じたアゲハは、内心警戒を高める。

 少女は尻もちをついていた体制から膝で立ち、すぐに両手を床につける。


「……ここなら、人を殺せる方法が身につくと思ったから」

「つまり、復讐?」

「そうだよ、復讐……私の家族皆を奪ったあいつ等に仕返ししたいだけ」


 少女の瞳はだんだんと泥のように濁りはじめ、アゲハはそれを見て既視感を覚えた。

 いや、既視感というよりも、共感。


 かつて自身が抱いた、理不尽に大切な人を奪われた時に芽生えた感情を今、目の前の少女が抱えている。

 少女は殺意の籠った音色の瞳で復讐相手の名を語る。


「スリンガー。あの人達は絶対に許さない。お父さんは、獣に脅されて契約者になったのに、あのスリンガーはお父さんを殺した」


 その名は、アゲハの脳裏にとある少女の面影を思い出させた。

 金色の髪を二本に結った、いつも冷静で仏頂面を装うも、優しさを隠しきれていない少女、メリッサを。


 一時的な感情で刃を交えてしまった彼女を思い出し、アゲハの心がチクリと痛む。

 目の前の少女はそんなことは知らず、どこか諦めた様子で身体を壁にもたれかからせる。


「もういい、殺してよ。ここが最後の希望だったんだ。この剣術であの人達に仕返しができると思ってた」


 その姿は、もしかしたらアゲハのありえたかもしれない未来でもあった。

 何もかもを周りに奪われ、復讐心だけが心に残った果てに、その矛先を純粋にメリッサへ向けていたかもしれない可能性。

 アゲハはむき出しの折れた刀を鞘にしまい、ゆっくりと少女の元へ屈む。


「私の剣は、本当は人を殺す剣なんかじゃない、魔を祓う剣なの。だから貴方の願いを叶えることは出来ない」


 はじめから少女の要望に答えるつもりはなかったにしろ、彼女のなけなしの願いすら叶わないと知ると顔がより曇った。

 その様子を見て、アゲハの中でほんの少しだけ罪悪感が芽生えてしまう。


 やはり、この子に同情してしまっている自分がいるのだろう。

 そう思いつつ、アゲハは少女に手を差し伸べた。


「おいで」

「……え?」

「貴方はまだ救えるかもしれない。立ち振る舞いも見た感じ、道場に入門したてで何も教わってないんでしょう?」


 少女はアゲハを警戒するも、おずおずと手を差し伸べ、アゲハの手を掴んだ。


「名前は?」


 アゲハに引っ張られて立ち上がった少女は頭を垂らすも、視線はアゲハへと向ける。


「……楓」

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