銃士の弾痕 p.3
日差しが眩しい昼下がり、道場内に差し込むその明かりを眺め、アゲハは正座の姿勢をしたまま心を整える。
彼女が着ている紺色の道着はまるでアゲハのために仕立てられたかのように体に馴染んでおり、その佇まいだけで他を圧倒するほどのオーラを纏っている。
綺麗に伸びた黒髪は風に揺られたカーテンのように揺れ、道場内の端で一列に待機している道場の門下生一同は惚ける。
だが、それも一瞬。アゲハが放つ怒りにも似た圧が辺りに警戒心を掻き立たせた。
すると、道場内の奥から一人の大男がアゲハに対面する位置に歩き、同じように座る。
男は白一色の道着の上から防具を着込み、アゲハを一睨みする。
「本当によろしいのですか?」
「えぇ。そちらが勝てば蝶流剣術の全てをお教えします。ただし、私が勝った場合は道場の看板を下ろしていただき、蝶剣術の指南を全て止めていただきます」
二人のやり取りは決して穏やかなものではない。
互いの殺気が鍔迫り合いを始めており、周りの門下生が思わず固唾を飲んでしまう。
「その気迫、そしてその奥に見える鬼の気配。真に至ったのですね、お嬢様。いいえ、秋道範士」
「早く始めましょう、師範代」
相手は防具を着用し、アゲハは自らの要望通り防具なしで互いに竹刀を持ち、道場の中央へと歩み寄る。
待機していた見届け人が二人の間に立ち、一息置いたのち、「はじめ!」と手合わせ開始の宣言を下す。
最初に動いたのは師範。
その大柄な身体に見合わず、高速の足捌きで一気にアゲハの真正面に現れる。
「メェェェェエエエン!」
屈強な体の全体重を乗せた一撃は、誇張抜きに象が放つ一踏みに匹敵した。
しかし、アゲハは眉ひとつ動かさず、ゆっくりと竹刀を横に振る。
それはまるで蝶の柔らかな羽ばたき。
鬼気迫る相手の竹刀を、必要最低限の力で軌道を逸らし、アゲハに向かっていた一撃は数ミリの誤差で空振りと帰す。
竹刀を横へ振った反動で、アゲハは師範の胴体へ向かって一直線に駆ける。
「ドオオオォォォォ!」
気迫一閃。
鬼の形相に似た一撃は、師範に防御の構えを間に合わせることもなく、胴体にアゲハの重い一撃を許し、その勢いはアゲハの竹刀自体を粉々に砕いた。
道場内にいた門下生一同がどよめき、師範の明らかな敗北が確定した。
アゲハは片膝をついて床に膝跪いた師範へ、冷たい視線を投げる。
「私の勝ちです。約束通り、道場を引き払ってください」
だが、師範は肩を震わせると、アゲハにしがみつくようにガバリと頭を上げる。
「何故です! 貴方は我々の悲願である蝶流剣術の極地に到達した! 何故それを伝える術を絶つようなことをするのです!」
「この剣術の頂きというのは、獣の力を利用することを前提にした剣術でした。ただ剣を愛するだけなら立派ですが、極めることになるとどうしても犠牲を伴う危険な剣です」
「……どうしても、お考えを変えないのですね」
そう言うと、師範はゆっくり立ち上がり、防具を取り外す。
それが合図となり、辺りに座っていた門下生も立ち上がり、各々が竹刀を取り出す。
アゲハは特に身構えるわけでもなく、道場の出入り口に置いていた刀袋に視線を移す。
「知っているのですよ。貴方は契約主である獣の祖を既に失い、邪術を使えなくなった。ただ最強の人間が契約者に勝てるとでも?」
師範は道着をはだけさせると、そこには胸全体を覆う刺青が浮かんでいた。
他の門下生も同様に上半身を脱ぐと、全員が形は違えど、不穏な気配を漂わせる刺青をその身に刻んでいた。
それは間違いなく、獣の祖と契約を交わした、契約者の証だ。
失意のため息を漏らし、アゲハは周囲を見渡す。
「やはり、貴方達も父と変わらない。剣の力に魅入られた迷い人ですか」
「どうとでも。貴方の脳を引きずり出してでも、剣の極意をご教授願おう」
全員が契約者であり、最強と謳われている剣術の使い手だ。
だが、そんな状況を意にも返さず、アゲハは片手を上げる。
「邪術を使えなくなった、ですか」
途端、遠く離れた所に置かれていた刀袋が宙を浮き、アゲハに向けて一直線に飛翔する。
全員が呆気に取られる間も無く、それはアゲハの手中に収まり、刀は抜かれる。
中程から折られた刀を披露し、アゲハはその欠けた刃先を師範に向けた。
「誰が、邪術を使えなくなったと?」
相手は折れた刀を持った少女。
だが、その身にまとう死の空気に師範は思わず一歩後ろに後ずさってしまう。
「正気か。二十人を超える契約者を相手取る気か」
アゲハはそんなことを意にも返さず、静かに刀を鞘へ納刀し、抜刀術の構えを取る。
「来なさい。貴方達の命に引導を渡します」
「かかれ!」その一言を合図に、道内にいた者全員が動いた。
だが、湧き上がる怒号は時間と共に少しずつ静けさへと帰っていった。




