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Slinger - スリンガー -  作者: 速水ニキ
第一章 蝶ガ墜散ル刻
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エピローグ

 アゲハが行方不明となって三か月が経ち、メリッサは再びアゲハが住んでいた街に訪れた。

 あの騒動の後、メリッサは駆けつけたスリンガー達に早急に保護され、組織の日本拠点に運ばれて二ヵ月の間集中治療されていた。


 何世代も先を行く組織の技術と、邪術を絡めた治療の成果により、僅か一ヵ月のリハビリだけで一旦は外に出られるようになり、メリッサは早速アゲハの自宅まで足を運んだ。


 季節はすっかり冬となり、メリッサはいつものロングコートのファスナーを締め上げ、マフラーもきつめに巻きなおす。


 降り積もる雪をどかしながら、メリッサは正門を通る。

 入院していた際に一通りは調べたが、アゲハとの一件は世間的には未曽有の行方不明事件と取りざたされ、未だに世間を騒がせている。


 行方不明者のリストには四楓院親子はもちろん、玄寺、そしてアゲハも含まれている。

 他に巻き込まれた一般人はその後、組織の手が回った病院へとそれぞれが運ばれ、邪術によってその日あった出来事全ての記憶を抹消された。


 記憶操作を取りこぼした人物もちらほらいたようだが、情報は出回ってもオカルトの類と称され、事実上獣の存在は隠蔽された。


 メリッサはアゲハと死闘を繰り広げた広場に立ち、手入れが三か月放置された庭を眺める。

 アゲハが毎日欠かさず手入れしていた庭はすっかり雪に覆われてしまい、庭から見える道場の床は埃が一面に被っている。


 所有者が行方不明となってしまったこの家の処遇はそのうち決まるだろうが、アゲハの家だけでなく、この街のあちらこちらで同様の事態が発生している。

 処遇が決まるのはもうしばらく後だろう。


 他人のことについてそう考えることがなかったな、とふとメリッサは考えにふけっていると、腰に吊るしたルーズが『ケハハハ!』と笑う。


『おいおい、メリッサちゃんよ、さっきから黙って様子見てたけど、もしかして感傷に浸っちゃってる? 浸ってるよなぁ! 似合わねぇ!』


 ルーズの安い挑発に乗ったメリッサはルーズを、そこら辺に落ちている石にこすり付けてやろうと勢いよくホルスターから抜き放つ。


 が、リハビリは一通り終えたとはいえ、完全に傷が塞がり切っていない体のあちこちの痛み出し、思わず「うっ」と小さなうめき声を上げる。


『だはははは! メリッサちゃん大丈夫でちゅかー? もうベッドに戻っておねんねした方が良いでちゅよー。て、うおぉぉぉ!』


 うるさいルーズを庭の雪原へと放り、雪のクッションに着地したルーズは『うぎゃー! 冷たい! 凍る!』と叫ぶが、メリッサはしばらくアレを放置すると固く決意する。


 野次を遠くへ飛ばしたことで静寂が戻り、メリッサは道場の縁側に座り、耳に付けていた通信機を開く。


「聞こえるかしら?」


 ザザ、と回線が繋がる音がすると、通信の向こう側からジークの声が漏れてくる。


『あぁ? 随分前に意識戻ったやつが何を今更連絡してきやがる』


 相変わらずの高圧的な態度でジークはメリッサに応じるが、おおよその反応を予想していたメリッサは気にすることなく振り続ける雪を眺める。


「大分お礼が遅れてしまったけれど、ありがとう。貴方の加勢がなかったら全てが終わってたわ。たぶん」

『何がたぶんだ、確実だろ』

「そうとも言うわね」


 実際のところ、組織が経験してきた騒動の中で、屈指の危険度だったことには変わりない。

 獣の祖が複数の契約者と同時契約を交わし、通常であれば願いを叶えられるのが一人の時点で連携は取れないはずが、今回はおおよそ統率を取られていた。


 更に蝶流剣術が契約者の能力と相性が良すぎたこともあり、並のスリンガーでは到底太刀打ちできない化け物揃いの集団が完成されていた。

 今振り返っても良く生き残れたものだと、徐々に雪に埋まっていくルーズを眺めながら思う。


「まだ完全に解決出来ていないと思うと、流石に気が重いわ」

『は? 去年のケリはついただろ』

「そちらは……そうね」


 ついこの間のことのように、メリッサは去年この街の近くで起こった事件で仲間を失った時を思い出す。


 仲間が抱いていた無念を、少しでも晴らすことが出来ていると良いのだが、答えを教えてくれる人物はもういない。

 メリッサは通信機の向こう側で、ジークがいつも通りにイラついている気配を感じ、話を戻す。


「取り逃がした契約者がいる。獣の祖を討伐したから、厳密には元契約者だけれど、ある程度恨みを買われたと思う」

『人の生き死にに関わってんだ、恨みの一つや二つ買うだろ』

「そうね、けれど、これっていつまで続くのかしら」


 去年の事件も元を辿ると、それも結局のところ幾つもの憎しみの連鎖の延長線上でしかない。

 どこまでも続く怨嗟に、メリッサは焦燥しきっていたのかもしれない。


 そこで現れた、日向のように温かいアゲハに出会えたはずが、アゲハもまた怨恨の渦に巻き込まれてしまった。


 後悔の念がまた疼き始めるが、ジークは『くだらん』と一蹴する。


『決まってんだろ、テメェが引き金を引けなくなるまでだ』


 うんざりするほどの単純明快な答えを言い渡され、メリッサはため息交じりに雪を零し続ける空を見上げる。



 止みそうにもない雪を見上げ、アゲハは小さな喫茶店で休憩していた。

 すると、年老いた喫茶店の女性オーナーがアゲハの迎えに座る。


「アゲハちゃん、今日は雪で客足も少ないから、のんびりしようか」


 お茶を出され、アゲハはかしこまった様子で「あ、ありがとうございます」と出されたお茶を一口飲む。


「それにしても本当に身一つで歩き回っているなんて、驚きだよ。アゲハちゃん働き者だから、アゲハちゃんさえ良ければいつまでもうちに居て良いんだよ?」


 折れた刀一本のみで街を出たアゲハは、行く先々で住み込みのバイトを頼み込んでは路銀を溜め、次の街へと旅立つことを繰り返していた。


 店主の申し出は素直に嬉しく、アゲハはにこりと笑うが、店の奥に置いた自分の荷物の横に置いた刀袋を愛おしそうに見つめる。


「ごめんなさいおばあちゃん、私にはやりたい事があるんです」

「やりたいこと?」

「母が愛した剣術についてもっと知りたいんです。でも家にずっと居ても何も分からないから、日本中にある道場を回って勉強させてもらおうと思ったんです」

「はぁ、最近の剣道部の子はすごいんだねぇ。でもあんまり無茶はするもんじゃないよ」

「ふふ、ありがとうございます」


 アゲハは店主に笑顔で返し、再び雪が降る空を見上げる。

 明日自分がどうなってしまうかなど、分かるはずもない。

 だが、玄寺がまだ生きていて家にいた頃に比べると、今は明日への期待感は高く、自然と胸が弾む。


「そうだアゲハちゃん、これ、今日のお菓子」


 店主はお盆に乗ったお菓子をテーブルに載せると、アゲハはそれを見て少し驚く。


「おや? どうしたんだい?」

「いえ、ちょっと思い出しちゃって」


 目の前に置かれたどら焼きを眺め、アゲハの脳裏にメリッサの顔が浮かぶ。


「ちょっと前のことなのに、随分なつかしい思い出です」



『ぶっはぁ!』


 メリッサに雪の中から引き抜かれ、ルーズは叫ぶ。


『風邪引いたらどうしてくれるんだよ!』

「廃棄処分」


 にべもなく返し、メリッサはルーズについた雪を払う。


『で、これからどうするんだ?』

「そうね。一度本部に戻ってまた別の任務に就くわ」


 雪を払い終え、黒光りする銃が露わになる。


『何だ、そうか』

「何だとは何よ」

『いやな、去年の一件からずーっと刀使いの契約者を追っていたからよ、事件が解決したら引退するのかと思ったけど、そうじゃないんだなーって』

「ジークに言われたわ、引き金が引けなくなるまで続けろって」

『で、実際どうなんだ? まだ引けるのか?』


 ルーズの問いに、メリッサは久しぶりに体の中に渦を巻き上げ、銃へと流し込んでいく。

 スリンガーが引き金を引けなくなる条件は主に二つ。


 命を落とした時か、獣への激しい感情を無くした時。

 メリッサは胸中の思いを渦に乗せ、ルーズから稲妻のような渦が溢れ出ると、それを空に向かって一発放った。


 静寂を切り裂く弾丸が空を駆け、まるでメリッサの存在を世界に示すかのように銃声はどこまでも広がっていく。


「続けましょう、まだ許される限り」


 誰に言うまでもなくつぶやき、ルーズを腰裏のホルスターへと戻す。



 少女は雪が降り積もる中ひたすら歩き続ける。

 その道行きがどこへ続いていくのか、まだ誰も分からない。

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