結末 p.4
無線越しに己の名前が呼ばれるが、ジークはそれを無視して目の前の獣群衆へ銃口を向ける。
「転生開始――」
詠唱と同時、持っていた銃が輝き、暗いはずの空間を明るく照らす。
「退避! 退避ィ!」
必死の形相でスリンガー達は全力でジークから離れていく。
ジークの銃から漏れ出る威圧感に負けじと、獣達は咆哮を上げるがジークはそれに一切応じず、形状が変わりつつある銃を向ける。
「――俺様の弾丸は憤怒」
カチリ、と撃鉄が乾いた音を立てて落ちた。
形状変化を終えるのを待たずして放たれた一撃は、街の一角に一筋の光を灯した。
遠くで空気が振動し、炎に巻かれていた禍虚すらもそれを感じた。
「なにぃ!」
発生源を肌で感じた禍虚は遠くに見える街から一筋の光が街中を一直線に走り抜け、光の筋は街の外まで伸びると空へと駆け上っていく。
同時に、その線をなぞるように爆発と火柱が立て続けに発生し、激震が再び起こる。
すると、沈黙を守っていた禍虚の本体が痛みでも感じたかのように悲鳴を上げ、天を仰いだ。
「力場が消えていくだと! バカな、五百近い眷属を一瞬で消すなどあってたまるか!」
一定数以上の獣が存在することによって顕現を可能としていた禍虚の本体は、見えない何かに引きずられるように、地面の割れ目へと引きずり込まれていく。
「ふざけるな! ここまで来て振り出しに戻ってたまるものか!」
「させるかァ!」
禍虚は炎に焼かれながらも本体へと駆け寄るが、またしてもメリッサの黒炎がその行く手を阻んだ。
「邪魔をするな娘ぇ!」
怒りに身を任せ、禍虚はメリッサに向かって駆け、刀を振り上げる。
不完全な契約者の再生能力を以てしても、目の前のスリンガーは今度こそ、ろくに動くことが出来ないほどに己の炎に焼かれている。
勝利を確信して振り落とした刀はしかし、メリッサと禍虚の間に割り込んできた何かによって阻まれた。
白い靄に包まれたアゲハは、薄れていく意識の中、ぼんやりと外で起こっている様子を眺めていた。
もうどうなってしまっても良い。
そう思っていたはずが、メリッサがマフラーを脱ぎ捨て、壊れた契約印を露わにした時、アゲハの意識は徐々に覚醒し始める。
ふざけるな。
獣と契約を交わした者を討伐すると謡っていた者がなぜ契約者の印を刻んでいる?
アゲハは動かないはずの腕を伸ばすと、それに答えるように、その手にはいつのまにか現れた、母の形見であるはずの刀を握っていた。
精神世界ではアゲハの心象描写に沿って想像が具現化するらしい。
すると、アゲハが眺めていた戦場から、メリッサが放った炎がアゲハの肉体を操る禍虚に直撃し、炎はアゲハのいる世界にも侵食して辺りが黒く燃える。
炎はアゲハまでも燃やそうとしているが、同時にアゲハの中に入り込んだ禍虚の魂すらも燃やそうとしていた。
アゲハの前に再び人影が現れるが、それは炎に焼かれて苦しんでいた。
「どこまでも私の邪魔をするな、娘ぇ!」
禍虚は叫び、アゲハと同じく白い靄の向こうに見えるメリッサに向かって叫ぶ。
アゲハの身体を使った禍虚が戦場でメリッサ目掛けて刀を振る。
すると、視界に何かが飛び込んできて刀を体で受け止めた。
……え?
その光景に、アゲハはただぼんやりと眺めるしかなかった。
靄の向こうで、禍虚の凶刃に晒されたのは、獣と化した一馬だった。
少しずつ理解が追い付いてきたアゲハは顔を横に振る。
嫌だ! 嫌だ!
声を出そうにも、身体も喉すらも動かない。
身動きが取れないアゲハを、靄の向こうにいる一馬がアゲハへ優しい笑顔を向けてきた。
「アゲ、ハ……イ、キロ」
僅かに残っていた一馬の自我が、アゲハの魂を覚醒へと導いていく。
「そこをどけ小童!」
禍虚が叫ぶ。
同時に、現実世界で一馬の身体に食い込んでいた刀が振りぬかれ、一馬を一刀両断した。
「ふざけるなぁ!」
怒り、叫び、アゲハは見えない抑止を振り払い、目の前の人影へと抜刀する。
「ふざけるなぁ!」
突然割って入ってきた獣となった一馬を両断すると同時、禍虚に憑依されていたはずのアゲハが叫ぶ。
突然出来た僅かな間に、メリッサは好機を見つける。
『刀だ! あれを今へし折れば禍虚を仕留められる!』
ルーズが言い終えるのをまたずしてメリッサは既に駆けていた。
ジークが獣を一掃し、力場が緩んだ瞬間、アゲハの自我が今のショックで目覚め、禍虚はアゲハから剥がれかけている。
「く、ああぁ!」
触媒となっている刀目掛けてメリッサは黒炎に巻かれた左拳を振るうが、それは虚しく空を切る。
「失せろスリンガー!」
ぎりぎり身体の主導権を取り戻した禍虚は、身を翻してメリッサの攻撃を避け、メリッサの腹を刀が貫く。
だが、メリッサはその刀を左手で鷲掴みにし、血を吐きながら睨む。
「捕まえた!」
精神世界でアゲハが抜き放った刃は、人影となった禍虚に直撃するが、禍虚の両腕が刃をつかみ取り、それ以上の進行を阻む。
「私を殺せば小僧は死ぬぞ! 分かっているのか!」
「他人に自分の生きる道を委ねた私が馬鹿だった! 私の道を示すのは貴方でも、メリッサでもない、私だ!」
アゲハは刀を振り抜き、禍虚は真っ二つに切り裂かれる。
辺りを漂っていた靄が晴れ、アゲハの意識は肉体へと戻っていく。




