結末 p.3
落雷のように落ちてきた銃弾は、不死鳥が如く舞い上がる炎によって灼け消えた。
突然現れた炎は、血のような赤色ではなく、闇よりも濃い漆黒を纏っていた。
「なに?」
眉を潜めた禍虚は再び念力の邪術で銃弾を操ろうとするが、その前にメリッサの右腕から黒の炎が蛇のように這い出る。
黒炎は生きているかのように、複雑な軌道を描きながら禍虚を襲い、禍虚は咄嗟にメリッサから距離を取り、迫ってくる炎を持っていた刀で払う。
「どういうことだ、これは?」
禍虚は炎の元手となっているメリッサを睨むと、黒炎を右腕から放出し続けたままのメリッサが立ち上がった。
致死量以上の血を流しているにも関わらず、メリッサは息も絶え絶えに禍虚を睨む。
「アゲハ、よく見ていなさい」
メリッサは左手で首元に巻いていたマフラーを握ると、それを一気に脱いだ。
メリッサの首元が露わになり、そこには消えかけの首輪のような刺青が刻まれていた。
「これが、契約者の慣れの果てよ!」
「ジークさん! あれを!」
襲い来る獣の大群をほぼ一人で相手取っていたジークの後方から、悲痛の籠った叫び声が飛び込んでくる。
「あぁ?」
ジークは後方のスリンガー達が騒いでいる先を見ると、少し遠くの小山と同じくらいの大きさの人影が立っているのを目撃した。
「は、復活目前まで来てる、てか」
遠くに現れた獣の祖の本体を眺めながら、ジークは接近してきた獣を右手ではたいて頭を吹き飛ばす。
「おい、誰か、ここに集まってきた獣の数を把握してるやつはいるか?」
迫る獣の大群に銃口だけは向けて乱雑に発砲しつつ、ジークは後ろのスリンガー達に尋ねる。
「四百以上は軽くいますって! ていうか前見て前!」
唯我独尊なジークに振り回され続けるスリンガー達は叫ぶが、ジークは一切気を止める気配もなくふんと鼻息一つ吹く。
「頃合いか。おい、お前ら全員邪魔だから散れ!」
心底不快そうな表情をしながらジークは雑な指示を飛ばす。
「何言ってるんですか! どうにかあれ全部倒さないと獣の祖の本体を地中に戻せないんですよ!」
同僚の不安をよそに、ジークは銃を力強く再装填する。
「だから俺様がいるんだろ」
体内の渦を全力で回し、銃からはち切れんばかりの稲妻が飛び出る。
メリッサから溢れた黒炎は留まることを知らず、道場の屋根を焼きながら禍虚を襲う。
「くっ!」
禍虚は念力で黒炎の攻撃を逸らすが、炎はすぐに軌道を修正して再び禍虚を襲う。
あとは本体に触れるだけで全てが終わるというのに。
そんな状況のはずが、禍虚が己の本体へ飛ぼうとする度にメリッサが燃えさかる右手を振るい、黒い炎の壁が本体と道場の間に立ちふさがり、禍虚の行く手を阻む。
「さすれば!」
メリッサを直接叩くしかない。
禍虚はメリッサへ駆けると、メリッサは右手を屋根へと突き刺す。
「あああ!」
叫び、幾つもの炎の柱が屋根を突き破って天を目掛けて登っていく。
不規則に立ち上がっていく炎は禍虚を直接狙わず、明らかに無作為に辺りを燃やし始めていた。
不規則だからこそ軌道が読めず、禍虚は慎重に炎の柱を交わしながらメリッサを観察する。
「ぐぅ!」
痛みに耐えるかのようにメリッサが叫ぶと、黒い炎はメリッサの肩まで燃えていく。
「ほう、なるほど。どういう経緯かは分からないが、この黒い炎は自前の邪術ではなく、契約者だった頃の邪術を使っているわけか。不完全な契約印を無理やり起動し暴走させている、と」
本来、一人が使える邪術の種類は一種だ。
術式を刻んだ道具でも無い限り、複数の邪術を扱うことは出来ない。
だが、目の前のスリンガーは自前の邪術とは別に、獣の祖と契約をした際に貸し与えられる邪術を、破られた契約印を無理矢理使って不完全ながら発動させている。
初めは意図的に操っていたはずの黒い炎も、段々とその精度を失い、所かまわず炎があちらこちらへと飛び火していく。
やがて黒い炎はメリッサの背中へと周り、容赦なくメリッサを燃やすが、それと同時にメリッサの怪我も治っていく。
「再生能力もある程度使えるが不完全。首の皮一枚で命を繋いでいる。そして足りない渦は……なるほど、寿命の前借りか」
渦とは生命エネルギーそのもの。本来命を脅かすほどの渦を使用すると、脳が本能的にそれを押しとどめる。
だが、暴走しているメリッサの契約者としての邪術は、その機能すらも食い散らかし、メリッサの命を炎へと無作為に変換していく。
「ここが死地と見定めたか娘。それに報いてやろう」
禍虚はアゲハの記憶からトレースした蝶流剣術をもってメリッサが放つ炎をかいくぐる。
自らの炎に飲まれかけるメリッサは、暴れる炎を必死に操作し、いちかばちかのラビットダンスを発動。
間一髪、接近してきた禍虚の攻撃を躱すが、炎の調整が思うように出来ず、飛んだ先で転がるように落ちる。
「無駄な足掻き――っ!」
すぐに追撃をしかける禍虚だが、メリッサは転がった勢いで膝立ちし、燃える右手を挙げた。
そこには、炎に焼かれながらも握られた、黒い銃が溢れる渦を稲妻に変えて禍虚を睨んでいた。
「帰ってきて、アゲハ!」
メリッサが放った銃弾は黒炎に包まれ、渦を巻いて禍虚へと飛ぶ。
「えぇい!」
禍虚は念力を纏った刀で飛んできた炎弾へ振るが、直撃する寸前、炎の弾は小さな炎へと分散し、軌道を変えてそれぞれ禍虚を襲う。
「ぐぅおおお!」
ついに炎にとらわれ、禍虚は絶叫した。
「ジーク!」
メリッサは通信越しに遠くで戦う戦友の名を叫ぶ。




