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Slinger - スリンガー -  作者: 速水ニキ
第一章 蝶ガ墜散ル刻
35/87

失墜の蝶 p.14

 ぞくりと、かつてないほどの殺気とプレッシャーがメリッサを襲い、体中の産毛が逆立つ。


 飛べ!


 己自身に叫び、限界に近い身体を無理やり動かしてメリッサは横へと全力で飛ぶ。

 瞬間、対峙していたアゲハが音もなく消えると同時、メリッサの後方へと現れる。


 突風がアゲハの後を追うように吹き、メリッサのコートの端を斬り飛ばす。

 受け身を取り切れず、メリッサは地面に転がるも、すぐに体制を整える。


「見えなかった……」


 決して連戦から体力を消耗しているからではない。

 邪術が使えるようになってアゲハの身体能力が向上しているのと、玄寺をも上回る剣技が、アゲハの自力を底上げしている。


「――っ!」


 メリッサは左手のハンドガンを引き、五発の銃弾をアゲハの四肢へ発砲する。

 居合いの構えを取ったアゲハの右手が残像を残して動き、刀が煌めく。

 一瞬だけ現れた閃光は複雑な軌道を描いて銃弾を全て弾き飛ばした。


『じ、銃弾を……』

「……斬った」


 刹那の剣筋に戦慄し、メリッサはアゲハを手加減して相手取ることは不可と悟る。

 静かに刀を鞘へ納刀したアゲハは、居合いの構えへ戻るとメリッサを見据える。


 殺気を察知したメリッサは瞬時に白の女王を乱射し、弾幕を張る。

 だが、恐ろしいことにアゲハはその弾の軍勢へ真正面に突っ込む。


 今度は先ほど見せた神速の抜刀術とは違い、舞を踊るように刀と鞘を巧みに振り、銃弾をたたき落としていく。


 おびただしい数の弾丸を的確に叩き落とし、アゲハは美しく舞う。

 すると、メリッサの視線がアゲハの舞に吸い込まれるように固定され、命の駆け引きの最中にも関わらず、美しい舞を見ること以外の思考が薄れ、戦意すらも徐々に消えていく。


『ちくしょう、刀と鞘に邪術の何かを編んで銃弾を弾いてやがる。ありゃ念力か? どうするメリッサ……メリッサ?』


 銃を発砲し続けるメリッサだが、ルーズの声が段々と遠くなり、自然と体の力が抜けて引き金から指を離してしまう。


『メリッサ!』

「――っ!」


 ルーズの叫び声で我に返ると同時、目の前にアゲハが現れ、抜刀した刀が振るわれた。

 咄嗟に銃で防ぐも、中途半端な体制で力が入れられず、地面に体ごと叩きつけられて転がる。


 最接近してくるアゲハだが、メリッサは右足から爆炎を放って砂煙を巻き上げる。

 アゲハの目を眩ませて距離を取るが、メリッサは動揺していた。


「今のは……アゲハの舞を見て惚けた?」


 胸の高鳴りが止まず、メリッサは思わず手を当てて落ち着かせようとする。


『やべぇな。あの踊りは見た奴を容赦なく魅了しちまう、邪術に近い何かだ』


 アゲハの舞う姿を思い出すだけでも戦意が消える錯覚に陥る。


「銃撃は刀で弾かれる、スピードも向こうが上、距離を取っても舞で動き足を止められて接近戦に持ち込まれる」


 とにかく対策を練るまでの時間を稼ぐ必要がある、と逡巡した瞬間、たちこめていた土煙が一気に上空へと飛んでいく。


『うお、念力で煙を飛ばしやがった!』


 目くらましが払われたことよりも、メリッサは視界に再び現れたアゲハに、ぎょっとする。

 居合いの構えに入っているが、身体から溢れるほどの渦を纏い、殺気の波がメリッサを再び襲った。


「くっ!」


 嫌な予感がし、メリッサは赤の女王を発砲。

 巨大な炎弾は渦を巻いてアゲハへ飛ぶが、アゲハは居合いの構えのまま右手を挙げる。


 すると、炎弾は徐々に軌道が上へと逸れ、アゲハが右手を跳ね上げると同時、炎弾も真上へ飛んで空を覆うほどの爆発をまき散らす。


 必殺の一撃が防がれ、驚愕するメリッサだが、アゲハは止まらない。

 すぐに刀の柄に手を添えて突撃を仕掛けてくる。


 痛みすら感じる悪寒にメリッサは着ているコートに身を隠して飛ぶ。

 同時に、アゲハが突風の如くメリッサの真横を通り過ぎていく。


「華武鬼舞・阿羅堕」


 すれ違いざまに僅かに聞こえたアゲハの言葉。

 瞬間、辺り一面に風切り音と共に斬撃が舞い、メリッサを襲う。


 獣の爪にも耐性のある丈夫な素材で出来ているにも関わらず、メリッサのコートはずたずたに引き裂かれていく。


「ぐぅ!」

『うぅぅおおおお! やべええええ!』


 嵐のような斬撃に飲まれ、メリッサは宙で身体を丸め、ルーズは叫ぶしかなかった。

 斬撃と衝撃の乱舞はメリッサを軽々と吹き飛ばし、アゲハの道場の屋根に叩きつけられる。


「がはっ!」


 体中に与えられた斬撃と衝撃、屋根に衝突したダメージに襲われ、メリッサは血を吐いて意識が飛びかける。


 地上にはメリッサを襲った斬撃が地面に鬼の顔を模した蝶を残し、アゲハがその隣からメリッサを見上げていた。


『メリッサ、もう限界だ!』


 そうルーズが叫ぶと、メリッサが持っている銃が鈍い音を立てて光を放ち、それが収まると二丁だった銃が一丁の黒い銃へと戻った。


 メリッサはよろよろと立ち上がり、ぼろ雑巾のように破れきったコートを脱ぎ捨てる。

 屋根から落ちていくコートとすれ違いざまに、アゲハがメリッサの前へと降り立つ。


「今すぐここから去ってください、獣やスリンガーなんて私には関係ない。私は、私が守りたいもののために戦います」


 刀を鞘に収め、アゲハはゆっくりと構える。


「それが……私の意志だよ、メリッサ」


 いつか学校の屋上で贈ったアゲハへの言葉。

 メリッサはこみ上げてくる感情に押しつぶされまいと歯がみする。


 これは任務、目の前にいるのは契約者であり、討伐対象。

 銃とナイフを構え、目の前の少女を敵と認識する。


 奥底に眠る獣への憎しみと過去の悔恨が自然と蘇ってくる。

 感情は銃の邪術により特殊な渦へと変換され、溢れた渦は稲光のように銃から零れる。

 二人の少女はどよめく空の元、駆ける。

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