失墜の蝶 p.12
遠くから聞こえてくる銃声、雄叫び、悲鳴を背景に、アゲハは玄寺と対峙する。
両者共に構えず刀を持ったままだが、殺気を纏って互いをにらみ合う。
「お父さん、どうしてこんなことを」
「分からないか。お前を超えた先に蝶流剣術の頂きがある」
「……街で起こっていることも、全部それだけのために、やったってこと?」
「安い対価だ」
何の悪気もなく言う玄寺にアゲハはもはや苛立ちすら薄れる。
「最後に聞かせて。お母さんのために蝶流剣術を極めようとしているの? 私が産まれたのは剣術の完成のため?」
「無論、俺のためだ。お前を産ませたのもアサギが糧にならなかった時の保険。うまく機能した」
淡々と玄寺が答える度にアゲハは握っていた刀を振るわせる。
「……そうですか。私は、もう貴方を父だと思わない」
「構えろ贄。お前の存在は今日この時のためにある」
玄寺は居合いの構えを取り、鏡のようにアゲハも居合いの構えに入る。
「蝶流剣術奥義、華武鬼舞。この技でお前を斬り、我が剣は完成に至る」
互いに腰を低く構えると同時、道場自体が振動し始める。
両名は渾身の一撃を放つために最大限に渦を体内で回転させる。
アゲハと玄寺、両者が体内の渦が身体能力を高め、身体から漏れ出た渦は見えない凶器となり、道場のいたる所に傷をつける。
床が弾け、柱が抉れ、壁に亀裂が入る。
両者の間の床に大きなひび割れが生じ、アゲハと玄寺の姿が消える。
音速を超えた速度で二人は交差し、二人が姿を見せた時には両名共に刀を振り切った状態で現れた。
アゲハは肩越しで玄寺を睨むが、肩から腹にかけて大きな切り傷が現れ、鮮血を撒いて膝から崩れ落ちる。
さらに、玄寺が放った斬撃は道場の外にもおよび、縁側とその先に広がる庭を地面ごと叩き斬った。
崖際に建てられていた道場の縁側と庭は土砂崩れを起こして崖の底へと落ちていく。
玄寺はアゲハに背を向けたまま肩を落とす。
「最後に教えろ。俺に何が足りなかった」
屈んだままの玄寺をよそに、アゲハはふらふらと立ち上がる。
「貴方は剣術だけを鍛え、私は剣術も、舞への愛も忘れなかった。だからこそ、私の剣は貴方の上を行った」
アゲハが語るに連れ、玄寺の周りに、遅れて斬撃が生じ始める。
その数は十、二十、四十と増えていく。
無数の斬撃は玄寺をも襲い、足を、腕を、胴体を、頭を、持っていた刀すら細切れに斬っていく。
「ぬぅああああああ!」
斬撃は止むことを知らず、風を切る音は玄寺の断末魔をもかき消す。
玄寺を中心に道場中に斬撃が飛び交った。
アゲハは刀を振ってこびりついた血を払い、鞘へと静かに納刀する。
「これが私の蝶流剣術奥義、華武鬼舞・阿羅墜」
全ての斬撃が衝撃と変化し、道場全体が激しく揺れ、衝撃は上空へと飛んで道場の屋根の一部が吹き飛ぶ。
斬撃に次ぐ斬撃を受けた玄寺は鮮血の華を床にぶちまけた。
真っ赤な染みとなった玄寺を中心に、鬼の顔を模した羽の蝶が道場の床に深く刻まれた。
「蝶流剣術は強者を糧に昇華する鬼を纏った蝶。これが、蝶流の完成形」
アゲハは確かな手応えと共に、望んでいなかった力を我が物とした。
目の前に立つ巨大な鬼へ、メリッサは赤の女王から巨大な炎弾を放つ。
炎弾は鬼の頭を吹き飛ばし、倒れる鬼を踏み台にして大きく跳躍した。
向かう先の道にうごめく獣達に向け、メリッサは宙で身を翻し、白の女王を斉射する。
銃弾の鞭は宙から地上へと何度も振り落とされ、その度に地上の獣達が雄たけびを上げて討伐されていく。
メリッサが地上へ降りると、少し遠くで爆発音に似た衝撃が発生し、そこへ視線を向ける。
すぐ近くの小山に見えるアゲハの道場から、屋根の一部が吹き飛んでいる様子が見えた。
『何だありゃ!』
メリッサの心の声を代弁するかのようにルーズが叫ぶ。
「分からない、けど嫌な予感がする――っ!」
唐突に、メリッサの膝から力が抜ける。
地面に手をついたと同時に大量の汗が噴き出し、呼吸が乱れ始めた。
『ち、傷は塞いでも体力も渦も限界が近いか。転生を解くか?』
「これは一日に一度きりしか使えない。ギリギリまで維持する」
メリッサは悲鳴を上げる体に鞭を打ち、小山のふもとに辿り着く。
「ん?」
ふと、道の端にある街頭が血塗られていることに気づく。
「ここまで獣の手が回っているのは確かのようね」
メリッサは目と鼻の先となったアゲハの自宅に向かって歩を進める。
「アゲハ、無事でいて」




