失墜の蝶 p.6
獣の巣窟となりつつある街の上空を、一機のヘリが飛んでいた。
ヘリには多目的装備と防弾用外装が装備されており、戦闘用のヘリは一直線に街へと向かう。
「あ、あのジークさん。本部は増援の編成を整えていると連絡してるんですが、勝手に向かって良いんですか?」
ヘリを操作するスリンガーらしき男が、ヘリの後部座席に腕を組んで座る、もう一人の男に問う。
ジークと呼ばれた男はライオンのような金色の髪を雑に後ろへ流し、組織支給のコートをマントのように羽織り、黒いインナーはその筋骨隆々な身体を隠すことなく強調させている。
ジークは操縦席の男をギラリと睨むと、操縦席を後ろから蹴る。
「あ? テメェ俺様と本部の命令どっちが優先されると思ってるんだ?」
「え、そりゃ本部が――」
するとジークは男の頭を鷲掴みし、ガクガクと頭を揺らす。
「俺様は本部の意向に沿うためにスリンガーやってんじゃねぇよ。組織が俺様のために、せこせこ働いてんだ。ならお前も俺様の命令を聞け」
無茶苦茶だ! と男は叫ぶが、ジークは一切態度を変えない。
「この件は一年前からずっと俺をイライラさせてんだよ。いい加減決着つけねぇと腹の虫が収まらねえ」
一通りの理不尽を押し付けたのち、ジークは座っていた席にどかりと座り、上空から見える街並みを見下ろす。
「ケリ着ける前にくたばるようなら殺してやるぞ、メリッサ」
ジークは眉間にシワを寄せたまま、ヘリに揺られて目的地へと飛ぶ。
まるで暴風が吹きすさぶかのように、メリッサと玄寺は目にも止まらぬ速さで駆け、その度に突風と斬撃、銃撃音が戦闘の激しさを奏でる。
ラビットダンスによる爆炎の推進力を使ってメリッサは壁や天井にへ飛び、玄寺へ銃弾を叩き込むが、玄寺もまた風を切る速さでそれを避けながらメリッサへ接近する。
高速で動いているとはいえ、宙では見動きが取れないメリッサの真横から、玄寺は斬撃を見舞う。
だが、メリッサの火花は宙でも炸裂し、猛烈な衝撃がメリッサの身体を極限にまで酷使し、空中での軌道修正を無理やり実現する。
肉と骨が軋みながら、メリッサは宙で玄寺の真横へと飛ぶと同時に銃撃を二度発砲。
二発とも玄寺の脇腹と右腕に直撃し、玄寺は苦悶の表情を浮かべる。
メリッサは空中での急な軌道修正により、着地体制がうまく取れず床へ激突し、玄寺もまたメリッサから食らった銃撃の威力によって壁に身体全体を殴打した。
二人はすぐに立ち上がるが、苛烈極まる戦闘は二人へ無視できない程度のダメージを与えた。
メリッサは頭がグラつきながらも立ち上がり、玄寺もまた元の居合いの構えへと戻る。
「……く、はは、ははは! 昂る、昂るな小娘!」
アドレナリンが大量に分泌されているのか、玄寺はこれまでに見せたことのないほど、目をギラつかせる。
「俺の全力を持ってお前を研鑽の糧にせねば、無粋というものよ」
玄寺が放つ殺気が更に増し、肌に棘が刺さる感覚に襲われたメリッサは銃とナイフを構える。
「むん!」
玄寺はメリッサから距離を取ったまま居合いの構えから刀を振るう。
瞬間、メリッサの背中に悪寒が走り、がむしゃらに横へ飛ぶ。
するとメリッサがさきほどまで立っていた空間に何かが走り去り、メリッサのコートの端が切れる。
その何かは玄寺が振った刀の軌道に沿い、下水道の天井にも食い込み、そのままコンクリートをも切り裂くと、地表を覆うアスファルトまで貫通した。
刀の射程範囲を大きく伸ばした斬撃は天をも切断し、下水道に地上の光が差し込む。
紫色の空色が見え、怪しい光に照らされたメリッサは玄寺を睨む。
「今のは、契約者の能力。おそらく射程拡張」
居合いの構えに戻った玄寺は鋭い眼光をメリッサに向ける。
「ご名答。初撃は交わしたが、これはどうだ?」
玄寺の意図を察したメリッサは、銃とナイフをそれぞれのホルスターにしまい、回避に全ての集中力を注ぐ。
玄寺は抜刀と同時に遠くにいるメリッサへ連撃を見舞う。
射程が拡張した斬撃はメリッサの周りを縦横無尽に走る。
メリッサは爆炎による超加速で交わすが、斬撃が天井を突き破る度に頭上からコンクリートの塊が降り注ぎ、確実に回避範囲を狭めてくる。
斬撃と爆発の炎が地表を突き破り、硝煙が上がる。
もくもくと上がる煙を払いながら、メリッサは地表へと飛び出る。
頭上から落ちてくるコンクリートやアスファルトを、爆炎の邪術で破壊し、地表まで出ることが出来た。
メリッサは地上に出た途端に膝をついてしまう。
体中が痛みだし、手足が痙攣を始めた。
『ち、やっぱ反動が来ちまうか』
ルーズがメリッサの代わりに心情を吐露する。
邪術によって身体能力が向上しているとはいえ、爆炎を利用した加速は身体への負担が大きい。
痛みを堪えて辺りを見渡すが、地上の様子は悲惨だった。
あちらこちらで獣が現れているらしく、メリッサ以外のスリンガーが交戦を開始しており、銃撃音が遠くから幾つも聞こえてきた。
メリッサは土煙の向こうにいるはずの玄寺へ注意を払いながら、通信を繋げる。
「各班状況を報告」
『こちら三班、獣及び契約者と交戦中。獣は推定二十体、契約者は一名』
『こちら二班、同じく交戦中。獣が推定三十体、契約者は二名』
それぞれの班から状況を受け、メリッサは各班と本部でモニタリングしているオペレーターへそれぞれ指示を出すが、ふと何かに気づく。
「エコー、状況を報告して。護衛対象、アゲハの様子は?」
しかしアゲハの護衛に付けた団員から返事はなく、メリッサは己の判断ミスを悔いる。
反応がないことから、恐らくこの団員は獣か契約者に葬られている。
人手不足からどうしても班員を分けるにも限界があり、これ以上新しく契約者が増える可能性が低く、獣がアゲハを利用する理由もないと判断し必要最低限の護衛をつけたのが裏目に出た。
アゲハが玄寺の目的の一つに組み込まれていることが確定している以上、誰かしらがアゲハを守りに向かう必要がある。
すぐに指示を飛ばそうとした時、メリッサと玄寺の戦闘音を聞いてきたのか、道着を着て刀を持った男が二人後方から走ってくる。
いずれの男達も素肌を晒している身体の一部に、入れ墨のような模様が刻まれており、契約者であることを示す。
男たちはメリッサを見つけるや否や刀を抜刀し、問答無用でメリッサに切り込んできた。
メリッサもすぐさま応戦するためにルーズを構える。
「――っ!」
が、途端に激痛が身体を走り、力が抜けた右手からルーズが零れ落ちる。
『メリッサ!』
ルーズが叫ぶが、メリッサはラビットダンスの乱用からきた反動で思うように身体が動かない。
襲い来る斬撃を前に、メリッサは腕をクロスし、身体を丸める。
獣の皮で出来たコートはあらゆる攻撃へ耐性を持つが、斬撃には弱い。
メリッサは横腹、胸、足を裂かれる。
斬撃の瞬間に後ろに飛ぶが着地はできず、血を巻き散らかして転がる。
即死ではなくとも深手であることは間違いなく、どろりとした血の塊を吐き出した。
メリッサを警戒しているのか、男たちはすぐにメリッサへトドメを刺しには行かず、じりじりと距離を縮めてくる。
さらに、先ほどメリッサが脱出した下水道から、土煙と瓦礫をどかすように、玄寺がのしのしとよじ登ってきた。
「ふん、横やりが入ってしまったか」
玄寺は不満そうに抜いていた刀を鞘へと納刀する。
「師範、この娘は?」
男達のうち一人がメリッサから視線を外さずに聞く。
玄寺はメリッサから興味が失せた様子で、メリッサに背を向ける。
「スリンガー共の一人だ。良い鍛錬になっていたが、ここまでのようだ。殺しておけ。俺は道場へ向かう」
「まっ――かは!」
玄寺を呼び止めようとしたが、メリッサは吐血して地面に倒れ伏す。
虫の息のメリッサを残し、玄寺はその場を歩き去った。




