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Slinger - スリンガー -  作者: 速水ニキ
第一章 蝶ガ墜散ル刻
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失墜の蝶 p.5

 玄寺は訝しむようにメリッサを睨んだ。


「どうした。アゲハの話をした途端、貴様から信念の揺らぎを感じた。よもや他者への情けに惑わされたと言うまいな」


 玄寺の問いかけにメリッサは答えない。

 だが、いつかの昼校舎の屋上でアゲハが見せた笑顔が浮かび上がり、己の中で庇護欲が働いたことはいがめない。


 その感受性自体は人として決して間違ってはいない。

 だが、復讐心というエゴの元に生殺与奪を振るう組織の者にとって、そんな感情を持つこと自体はばかれる上、小さな罪悪感は戦闘時にはただの邪魔になる。


『あのおっさん、べらぼうに強いぞ。ここはいっちょ奥の(リバース)をかますしか……』


 ルーズの声に、メリッサはすぐに戦場へ意識を戻す。敵の戦闘力が高いからか、ルーズは珍しく警戒の色を出す。


「いえ、ここだと狭過ぎる。下手をすると生き埋めになるわ」


 ぴりぴりと殺気が飛び交う中、メリッサはふぅと息を吐く。


「ただ、私の奥の手は一つだけじゃない」


 すると、何かを察した玄寺はぴたりと動きを止めた。

 平常心を保っていたはずの玄寺の身体から、少しばかり汗が出始める。


「……熱気?」


 下水が多いことからむしろ冷えていたはずの気温が上昇していく。

 さらに、不規則に大小様々な破裂音が下水道内に響く。


 気温が上がっていくと共に、メリッサの両足が少しずつ炎を纏い、まるでエンジンを吹かすバイクのように、時折炎と爆発音が炸裂する。

 玄寺は眉を潜め、刀の柄を握りしめる。


「何の企みかは知らんが、付き合う気は毛頭ない」


 敵対者の死角と使用者の身体を自在に操る蝶流の歩法により、玄寺の姿が一瞬にして消え、メリッサとの距離をゼロへと縮めた。

 同時に玄寺の刀がメリッサ目掛けて閃く。


 だが、その刃がメリッサへ届く前にメリッサの両足を覆う炎が爆発。

 メリッサの身体が小さな爆発の衝撃により猛スピードで動き、確殺の間合いに入っていた刃は虚しく空を斬る。


「……むっ」


 四鳳院を圧倒した技、ラビットダンスが発動し、蝶流の歩法をも超えるスピードで爆発の推進力を利用して飛んだメリッサは、玄寺の後方に現れる。


 すかさず反撃の銃弾を二発放つが、玄寺はまたしても高速移動で銃弾をかいくぐり、メリッサとの距離を詰める。


 だが、もはや間合いの不利などメリッサには存在しなかった。

 爆炎が足下に再び発生し、いとも簡単に玄寺の攻撃から一瞬にして距離を取る。


 ラビットダンスによ爆炎は断続性を増し、その度に急加速と急転換により下水道内を縦横無尽に駆ける。


 まるでそこら中に爆竹が巻かれたかのように爆発が鳴り、玄寺の上下左右をメリッサは高速移動し、かき乱す。


『はっはー! メリッサ兎はそうそう捕まえられないぜ!』


 玄寺を中心に、四方八方から銃撃が吸い寄せられるように飛ぶ。

 獣や契約者といえど、激烈なまでの包囲攻撃を前に、倒れるは必然。

 だが、玄寺が使う歩法はそれすらも回避してみせる。


 身を翻し、屈み、視覚外からの攻撃ですら頭の後ろに目でもついているのか、必要最低限の動きで避けてみせた。

 メリッサは両足からの爆炎を一度止め、勢いよく地面へ土煙を上げながら着地する。


『おいおい、なんだよあのおっさん。流石に一発くらい食らえよ』


 リロードをしつつ、メリッサは玄寺から視線を外さない。


「契約者以上に、蝶流剣術の使い手はくせ者しかいないようね」


 奥の手の一つで仕留めきれず、内心動揺するメリッサだが、一方の玄寺は歯を剥き出しにして笑う。


「見えないほどの速度で動くのであれば、殺気を感じて攻撃を避けるまで。相手が早く動くのであれば、それに合わせてより早く足を動かせば追いつけるというもの」


 玄寺はメリッサに向かって居合いの構えを見せる。


「蝶流剣術の極意、高揚こそ何者にも打ち勝つ絶技なり!」

『くるぞメリッサ!』

「分かってる」


 再びメリッサの両足から火の粉が舞い、爆撃音と共にその姿が消える。

 同時に、玄寺もこれまで以上の速さで駆け、メリッサのスピードに追い付くほどの速さで接敵する。

 斬撃と銃撃、それぞれの衝撃がぶつかりあい、二人の戦闘は激化する。



 紫色の空が広がり、下校中だった一馬と彩乃は空を仰ぐ。


「何がどうなってるんだ、一体……」

「何か、空が不気味。怖いよ」


 不安な表情を浮かべる彩乃に、一馬は周囲を見渡す。


「確かに。今日は学校に来ている奴が異様に少なかった。アゲハも来ていなかったし……」


 すると、遠くから数人の生徒が一馬と彩乃の方向に向かって走ってくるのが見えた。


「逃げろ! 逃げろぉ! ば、化け物が街中にいる!」


 言葉の意図が分からず、ぽかんとする一馬と彩乃だが、歩いていた方向から見覚えのある教師が同じように叫んでいた。


「皆! すぐに学校に引き返せ! 今すぐに!」


 異常事態が起こっていることは明らかなのだが、空が不気味な色を出していること以外に情報がない一馬と彩乃は、うまくこの状況を飲み込むことができなかった。


「ねぇ先輩、これどういうことだろう?」

「分からない。何かあったのは本当なんだろうけど……」


 近くで同じように下校中だった生徒達も、先を歩いていた生徒達や教師からの忠告に不安を煽られたのか、学校へ引き返し始めた。


「どうしよう、アゲハの様子見に行きたいのに。学校無断で休むし、今朝から携帯にも出ないし」

「朝稽古の時は何ともなかったけどな……」


 すると一馬は持っていた鞄を彩乃にそっと渡す。


「え? 先輩?」

「やっぱりアゲハが心配だ。ちょっと走ってアゲハの家まで行ってくる。鞄が邪魔だからそれ持って学校に戻っていてくれ」


 そう言い残すと一馬は引き返してくる生徒達をかき分けて走り出す。


「えぇ! ちょっと先輩!」


 彩乃は一馬を止めようとするも、一馬は既に人混みの向こう側へと行ってしまった。

 彩乃は一馬を心配しつつ、アゲハの家が位置する小山へ視線を向ける。


 街から少し遠くに位置しているアゲハの家も、不気味な空の元に照らされており、彩乃の不安をより駆り立てる。


「アゲハ、無事だよね? ……ん?」


 彩乃は小山の近くに、見たことのないヘリが飛んでいるのが見えた。

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