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Slinger - スリンガー -  作者: 速水ニキ
第一章 蝶ガ墜散ル刻
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失墜の蝶 p.3

 メリッサは住宅街の屋根を飛んで周囲を見渡し、探索の範囲を広げる。


 時刻は夕方に差し掛かっており、下校し始める生徒や仕事帰りのサラリーマンなどで人通りがあるはずが、街を歩く人々が圧倒的に少ない。


 メリッサはとあるアパートの頂上へと跳躍し、街を見下ろす。


「なかなか見つからないわね」


 普段は無口なメリッサだが、あまりの進展のなさについ愚痴が出る。


『なぁメリッサ。街全体をしらみ潰しに捜索するにしても人手が足りないんじゃねぇの?』


 緊張感のないルーズがまるで他人事のように言うが、メリッサは気にする様子もなく首を横に振る。


「分かってる。本部に増援も要請したけれど、ほとんどのチームが遠方の任務についていて到着に時間がかかりそう」

『お前の人望を使って〝バレッツ〟の誰か呼べば良いじゃん』


 組織内のメンバーは基本的にスリンガーと呼称されているが、その中でもトップの実力を持つ者はバレッツという称号を持たされ、単独行動と任務を自由に選択する権利を得る事ができる。


 メリッサもそのバレッツの一人として任務につき、単身で任務に就く事もあれば他のスリンガーや、バレッツメンバーと組む事もある。


 メリッサは耳にかけた通信機に触れ、ため息を吐く。


「ダメ元で連絡はしてみたけれど、全員手が離せないみたい。たまたま近くの地域で任務遂行中のジークに至っては無視」

『ありゃりゃ』


 メリッサは改めて静かな街並みを見渡し、迫る危機を肌で感じる。


「アゲハの話と組織の調べから照合すると、今回触媒となった刀の数は合計八本。一年前に討伐した刀使いの契約者で一本。昨日討伐した四楓院明の刀がもう一本。そして潜伏中の秋月玄寺が一本所有しているはず」

『あと五人は契約者がいるかもしれねーのか。気が遠くなるな』


 ボヤくルーズだが、メリッサは屋上の淵に座り込み、両足をぷらぷらと垂らしながら思案する。


「今まで一つの触媒に複数の契約者が生まれるという事例はなかった。連携されるとどうなるか私も分からない。せめて主犯の秋月玄寺をすぐにでも討伐できると良いのだけど」


 そこまで言ってメリッサは改めて街を一望する。


「街一帯は一通り捜査はしたけれど秋月玄寺は見つからない。引き続き調査は進めるとしてまだ手を伸ばしていない所とすると……」


 メリッサはとある一点を見つめると、アパートから飛び降りる。

 普通の人間であれば転落死間違いない高さだが、邪術の力で身体能力を向上させたスリンガーであれば、階段を数段飛び降りるに等しい。


 地上に接近すると、メリッサはアパートの外壁を蹴り、地上に降りるまで幾つかの建物の外壁を経由し、道の真ん中に設置されたマンホールの目の前に降り立つ。

 すると、常人の数倍の筋力でマンホールを鷲掴みにして持ち上げた。


『うげ、まさかお前……』

「行くわよ」


 嫌がるルーズを無視し、メリッサは下水路へと飛び込んでいく。



 下水路へ降り立つと、水音は聞こえつつも、辺りは真っ暗だった。

 メリッサは右手を鳴らし、人差し指に小さな火を灯して辺りを照らす。


『いやぁ、火の邪術が得意で良かったけれどよ、あんまり長居したい場所じゃないよな』


 ルーズはメリッサの腰裏に装備されたホルスターに納められながら、ぶつぶつと抗議を立てるが、メリッサは構わず下水路を歩き出す。


「どんな環境にいても平常心を見せるのがプロよルーズ」

『いや、鼻つまみながら言われても説得力ねーぞメリッサちゃんよ』


 ルーズの皮肉を尻目に、メリッサは下水路を見渡す。

 辺りに人気は一切なく、ねずみ一匹すら見当たらない。


 奇妙なまでに生命の気配を感じない下水路を歩いていると、遠くから僅かに明かりが零れているのが見えた。


 メリッサはゆっくりとその灯の元へと向かいながら腰のホルスターから銃を抜き取る。

 灯が零れる曲がり角を曲がった先には、一人の男が立っていた。

 男は厳つい身体を青い道着で覆い、携帯型懐中電灯を横に置いて座禅を組んでいた。


 メリッサが現れたことに気づき、男はのそりと立ち上がり、片手に刀を納めた鞘を持つ。

 短髪の男の身体は明らかに鍛え抜かれており、道着越しでもその筋肉質な図体とその威圧感が伝わってくる。


 この男、できる。

 男の動作からメリッサは相手の戦闘力を察し、警戒する。


「スリンガー、か」


 男はとくに動じる訳でもなく、メリッサを睨む。

 すると、玄寺の持つ刀が怪しく光りだす。


『おや、お早い到着だ。昨日ぶりだね、爆炎使いのスリンガー』

「禍虚」


 忌々しい存在を目の前に、メリッサは今すぐにあの刀をへし折りたいと願うが、今は玄寺の相手に集中せねばならない。


「秋月玄寺。やはり貴方が裏から四楓院明や一年前の刀使いを操っていたのかしら?」


 メリッサもまた敵意は剥き出しにしつつもすぐには戦闘態勢へ移行せず、銃を手にぶら下げたまま玄寺へ問いかける。


「一年前? あぁ、手練れのスリンガーを仕留めたな」


 メリッサは明らかに眉間にしわを寄せ、銃を玄寺へと向ける。

 だが玄寺は反応するわけでもなく自然体のままで対峙する。


「仇討ちか。となると、こちらの手の内はお見通しか」


 警戒心が高まり、額から汗を流すメリッサは己の緊張を悟られぬよう、いつもの平静な口調を保つ。


「えぇ、蝶流剣術使いの契約者数名による広範囲活動。残り五名の契約者に街の外で獣を増やした後、この街に一斉に集って神下ろしの儀に必要な獣の数を一気に揃える。私達組織に気づかれる前に」


 玄寺は「ご名答」と冷ややかな表情で答える。


「あと半日、お前たちの到着が遅れれば何事もなく、神下ろしの義を行うことが出来たはずなのだがな。こうなってはどちらが早く倒れるかの勝負となろう」


 そう玄寺が言うや否や、メリッサが耳に掛けていた小さな無線機に通信が入ってくる。


『街中に獣が大量発生! 契約者も五名確認! あ、空間湾曲が……』


 瞬間、メリッサと玄寺がいる水道の水が揺ぎ、空間が大きく震えだす。

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