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Slinger - スリンガー -  作者: 速水ニキ
第一章 蝶ガ墜散ル刻
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失墜の蝶 p.1

 昨日の惨劇が全て夢だったのではないかと、アゲハは道場の縁側に座り、晴天を眺めながらふと思う。


 あの後彩乃は後からかけつけてきたスリンガー達が保護し、邪術を使って彩乃の記憶から昨日の出来事の全てを改竄すると言っていた。


 時刻は早朝の六時。刀の手入れはついこの前行い、道場に持ってくる理由はないのだが、アゲハは手元に置いた刀を取り、大事そうに握る。

 アゲハの脳裏に、メリッサとの会話が浮かぶ。


「私はこれから貴方の父親が企んでいる思惑を止めに行かないといけない。アゲハ、貴方はそれまで家に避難していて。学校にも行かないこと」


 異界から戻って早々、メリッサはアゲハにそう告げた。

 メリッサの言葉から察するに、父親の玄寺と決着を付ける気だろう。

 アゲハは刀を抱えたまま、縁側から道場へと振り返る。


 そこには、生まれ育った稽古場がアゲハを包み込むように佇んでいる。

 アゲハは稽古場の中へと入り、壁際まで歩くと背を預けて再び座る。

 幼い頃、ここから母親の稽古風景を見ていたものだ。


 アゲハの母アサギは蝶流剣術始まって以来の神童とされ、この剣術の創始者しか会得できなかった蝶流の完成形を再現できるのではと謡われていたほどだ。


 そんな母親を、アゲハとしても誇らしく思っていたが、それ以上に鍛錬へ純粋に励む母を眺めるのが、アゲハの何よりの楽しみだった。


「アゲハ、蝶の剣はね、人を傷つける剣ではないの。元々はたくさんの人を喜ばせる舞なのよ」


 アサギはアゲハに何度もそのことを伝え、アゲハに稽古をつけた。

 楽しみながら鍛錬に励む母の横で、父の玄寺はいつも難しい顔をしながら同じように鍛錬に励んでいた。


 剣道に入れ込んでいた玄寺は、最強の剣士と呼ばれていたアサギから一本取れるまで剣道場に通い、そのまま恋愛面も一本取れたらしい。


 元々無口な父親だったからアゲハは玄寺の心情はよく分からないが、アサギが病で倒れるまではアゲハのことも良く面倒を見ていたと思う。


 それが今、街中を危機に追いやっている元凶となっていることに、アゲハは身震いが止まらなかった。


 一人で刀を抱えて考え込んでいると、「おーい」と隣から声がした。


「え?」


 気の抜けた声を発しながらアゲハは横に振り向くと、いつの間にか一馬が隣に座っていた。

 ひゃう! と奇妙な声を上げて咄嗟に一馬から距離を置くアゲハ。

 そんな様子を見た一馬は「悪い悪い」と笑いながら謝る。


「い、いつの間に来ていたのお兄ちゃん……あっ」


 動揺したアゲハは口走った言葉を今更止めようと口を塞ぐが遅い。

 一馬はふふ、と笑いながら立ち上がる。


「懐かしいなその呼び方。小学校の頃に道場に入門した時は、そうやって呼んでくれたのに、中学校あたりから先輩呼びになっていた」


 いたずらっぽく言う一馬に赤面するアゲハだが、笑顔を見せる一馬にほんの少し暖かさを感じる。

 それと同時に昨日の出来事がフラッシュバックする。


 四楓院の援助をもらい、ファーストキスを奪われ、惨劇に見舞われた。

 もはや己が行っている行動全てが異常に思い、優しい瞳を向けてくれる一馬に対し罪悪感が浮かぶ。


「いつまでも、先輩が知ってる後輩だなんて思わないでください」


 アゲハは僅かに一馬から視線を外すが、一馬は構わずアゲハの頭にぽんと手を置いて撫でる。


「そうだな、お前はいつまで経っても俺の大事な幼馴染だ」


 じんわりと胸の中に、優しいぬくもりが広がる。

 アゲハは溢れ出そうな感情を必死に堪え、刀をぎゅっと抱く。


「四楓院となんかあったのか? 俺で良ければ話くらいは聞くぞ」

「え?」


 アゲハは不意に出た四楓院の名につい声を漏らす。


「あいつと付き合い始めた頃から、アゲハが笑う回数減ったなぁ、て彩乃とも話してたんだよ。四楓院の奴、たまに妙な行動するから、アゲハも辛いと感じたら遠慮無くお兄ちゃんに言うんだぞ」


 照れくさそうに、一馬は鼻をかく。

 今にも涙が零れそうになるのを必死に堪え、アゲハは前髪で自分の表情を隠し、無理やり笑顔を作って顔を上げる。


「ありがとうございます先輩、でも私は大丈夫ですよ。四楓院先輩とも仲は良好ですし」


 震える手を後ろに隠し、アゲハは精一杯の作り笑いを一馬へ送る。

 一馬は「そうか」と残念そうに肩を落とすが、すぐに笑顔を取り戻す。


「ま、今度皆で飯に行ったりするのも良いかもな。全員で出かけるなんて、最近してないし」

「そうですね、楽しみにしてます」


 屈託のない一馬の態度を見て、アゲハはちくりと痛む胸を押さえる。



 アゲハが一馬と話している一方、道場から少し離れた林の中から、男が一人道場の様子を眺めていた。

 男は暗い緑色のコートと黒のインナーを着ており、腰には無骨な銃を装備している。

 男は耳にかけた通信機の回線を開いて、どこかへと連絡を取り始める。


「メリッサさん、現状こちらに異常はなし。護衛対象も、自宅の敷地内から出ていく様子はありません」


 すると、通信機の向こうからメリッサの声が漏れ聞こえてくる。


『よかった。人手不足で護衛役を頼めるのが貴方だけで悪いけれど、引き続き任せるわ』

『了解』


通信を切り、メリッサの仲間であるスリンガーはアゲハの護衛と監視を再開すると、背後の草木から異音が聞こえてくる。


「っ!」


 男は腰に吊っていたホルスターから即座に銃を抜き、音の方向へ振り向くが、そこには何もない。


「何だ、気のせ――」


 それが男の最後の言葉となった。

 頭上から人影が落ちると同時、何かが男を縦真っ二つに切り払う。

 鮮血が舞う中、落ちてきた人影が立ち上がる。


 青い道着を着た男性は男を斬って血に濡れた刀を振り払い、慣れた手つきで鞘へと刀を戻す。

 すると、茂みの奥から男性と同じ道着を着た者が数名現れる。


「本当に今日が決行日なんだな」


 道着を着た一人がそう言うと、スリンガーを斬った男がこくりと頷く。


「あぁ、玄寺さんの計画通りなら、今日だ。俺たち契約者の誰かが依り代となる。そして、悲願の蝶流剣術を完成させる身体を手に入れられる」


 おぉ、と感銘の声が周りから上がる。

 道着を着た一人がまた一歩前に出る。


「道場はどうする? アゲハお嬢様も計画の一つに入ってるんだろう?」

「道場は後回しだ。アゲハお嬢様は、最後の仕上げの贄になってもらう」


 そう言って道着を着た者達はゆっくりと街に向かって歩き出した。

 それに追随するかのように、数えきれないほどの獣と化した人間がぞろぞろと林の奥から現れる。

 街へ不穏な気配が接近していることに、誰も知る由もなかった。

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