刀使いの契約者 p.10
気絶している彩乃を介護しながら、アゲハは四楓院が蹂躙される様を見ていた。
「め、メリッサ……さん」
それはおおよそ制裁を下す、と言うにはほど遠かった。
動けない四楓院を掴み、メリッサは何度も爆炎の拳を叩き込む。
その度に四楓院は悲痛の叫びをあげるが、その悲鳴すら塗りつぶすかのように拳が何度も振るわれる。
拳は四楓院の眼球を抉り、喉奥を焼き焦がし、脳天まで破壊されるが再生され、そして拳が再度四楓院を襲う。
その間、メリッサはどれだけの返り血を浴びても眉一つ動かさず、拳を振るうテンポだけが上がっていく。
許しを請う相手へ機械的に処理を下すメリッサを見て、アゲハの脳裏にメリッサと先ほどまで遊んだ光景がフラッシュバックする。
仏頂面だが優しさに溢れていたメリッサの姿は消え失せ、メリッサの瞳の奥に底知れぬ闇が覗いているようにアゲハは思えた。
決して人を救って正す、正義のヒーローなどではない、純粋な復讐者であることを、アゲハは嫌でも理解してしまった。
メリッサが四楓院へ致命傷を与えて傷が癒されていくたびに、四楓院の顔から怒りが失せ、徐々に恐怖へと変わっていった。
「も、もう許してくれ! 頼む!」
血を飛ばしながら訴えてくるが、メリッサはその胸元へ炎をまとった掌底を食い込ませる。
内側から身体を焼き、四楓院が激しく痙攣しだす。
すると、四楓院の身体の治りが少しずつ遅くなり、四楓院を押さえつけずとも動かなくなった。
「渦が切れたようね」
四楓院の身体を床に叩き伏せ、メリッサは立ち上がって銃口を向ける。
「言いなさい、玄寺の狙いは? 何かしらの計画を実行する気かしら?」
戦意喪失した四楓院へ殺気を放つと、四楓院は震えながら頷く。
「あ、あいつはずっと前から蝶流剣術の有段者が道場を出る時に契約者になることを持ち掛けていた。街の外である程度獣を作ったら、一気にこの街に全員を集めて神下ろしの義をするつもりだ!」
四楓院に作戦内容を吐かせ、メリッサは眉をひそめた。
「そう。私達スリンガーに獣を増やしていることを感知されないように分散していたのね」
一体の獣の祖が、複数の契約者を生むのは今回が初めてだからこそ、その穴を突かれた。
メリッサは納得しつつ、四楓院の腹を勢いよく踏む付ける。
「それじゃあ貴方は作戦決行までの陽動として街の人を獣に堕としていた、ということかしら?」
「ぐぅ、あぁ、そうだ!」
「そして玄寺を出し抜こうとしてこの様、と」
もうこれ以上聞くことはない。
そう考え、メリッサは持っていた銃の引き金に指をかける。
「ま、まってくれ! 分かった、諦める、手を洗うから殺さないでくれ!」
四楓院は涙を浮かべて命乞いをするが、メリッサは態度を変えない。
「貴方の身勝手さでどれだけの人を犠牲にしたと思っているの?」
その一言で逃れられないと察したのか、四楓院は身体をよじらせてアゲハへと顔を向けた。
「アゲハぁ! 俺がこのまま殺されてもいいのかぁ!」
「え……」
アゲハは彩乃を抱きかかえながら動揺を見せた。
「俺が死んだらお前を支える金がなくなるぞぉ!」
プライドを全て捨て、必死にアゲハへ助けを求める四楓院。
その醜さにメリッサは嫌気が差し、引き金を引く。
轟音が響くが、四楓院の額に飛んだ弾丸は当たる直前に跳ね返り、天井を貫通する。
『チッ、渦の絞りカスでどうにか邪術を発動させたか』
ルーズが言うと同時、マガジンが銃から飛び出て弾切れを知らせる。
それを見た四楓院はメリッサに押さえつけられながらアゲハへ叫ぶ。
「俺が死んだらこの道場はどうする! 俺の親父が潰しにくるぞ!」
「こいつに耳を貸さないでアゲハ」
メリッサはマガジンへ渦を流し、処刑前の無機質なリロードを終える。
「め、メリッサさん、待ってください!」
なぜ叫んだのか分からない、だが、アゲハの中の何かが突き動かした。
「し、四楓院先輩は父に利用されただけで、他に罪を償う方法は……」
メリッサの冷ややかな視線がアゲハに向けられた瞬間、かつてないほどの寒さを感じた。
「こいつは獣と契約をしてから、後戻り出来ない所まで人を殺している。人を殺めた契約者に慈悲はない」
「ひっ!」
冷めた言葉を四楓院に浴びせ、メリッサは銃弾を放つ。
「まっ――」
アゲハの声は三発の発砲音にかき消される。
四楓院は身体を震わせ、何かを言いかけるも空気を何度か吐き出したのち、ゆっくりと瞳を閉じた。
人を一人殺めたにもかかわらずメリッサはとくに動じる様子もなく、そんな彼女にアゲハは知りたくなかったメリッサの一面を垣間見る。
メリッサはアゲハと彩乃に外傷はないか二人の前にしゃがみ込む。
アゲハは一瞬の出来事で四楓院が撃ち抜かれた光景を目の当たりにし、放心状態となっていた。
そんなアゲハをメリッサはどうしたものかと、ため息交じりに考えるが、すぐに警戒の色を出す。
倒れたはずの四楓院が動いた気配があった。
メリッサはすぐさま振り向き様に四楓院へ発砲。
頭から血を流す四楓院の腹に銃弾は命中するも、糸に操られた人形のように不格好に立ち上がる。
数回の発砲ののち弾切れを起こした銃からマガジンが飛び出し、メリッサは攻撃の手を緩める。
異質で底冷えさせるような気配を纏う四楓院を、メリッサはリロードをしながら観察する。
四楓院は治らぬ傷を見下ろした後、虚ろな瞳をメリッサに向ける。
「またお前達か」
四楓院の口から発せられた声は、先ほどまでの声質とは異なっていた。
だが初めて聞く声ではない。メリッサには心当たりがあった。
「そこにいるのは、獣の祖、ね」
「ご明察。また会ったな、爆炎使いの娘」
四楓院は焦点が定まらない瞳でメリッサを眺めながら答える。
メリッサは静かに銃をきつく握りしめる。
「また会ったということは、貴方は一年前、刀使いの契約者を生んだ獣と同じ存在、ということで良いのね?」
四楓院ではなく獣の祖と呼ばれた謎の存在は、四楓院が使っていた刀を拾う訳でもなく、棒立ちでメリッサに対面する。
「あぁ。また邪魔をしてくれたな」
そう言う獣の祖を、メリッサは珍しく怒りの表情をあらわにする。
「こちらこそ、またやってくれたわね。ずいぶん人を殺したようね」
獣の祖は無表情のまま、残念そうに肩を落とす。
「今度もおあいこということか。どうせまたぶつかると考えると、もはや君とは因縁が出来ていると思った方が良さそうだ」
「そうね。貴方が触媒としている刀を全て折るまで貴方は存在し続ける。厄介だけれど種さえわかれば、あとはこちらの物よ、獣の祖」
メリッサは睨むが、獣の祖はふむ、と訝しむ。
「その獣の祖という名は、私以外の者も指す。どうもしっくり来ないな」
「あら、自己紹介でもしてくれるのかしら?」
「そうだな。私は誰でもあって誰でもない存在として知られていた。禍虚とでも呼んでくれたまえ」
「自己紹介ありがとう禍虚。貴方を直接叩けないのは承知しているから、そろそろ消えてくれるかしら」
そう言ってメリッサは銃口を床に刺さったままの刀に向けた。
すると禍虚と名乗った獣の祖の視線が一瞬だけアゲハへ移った。
その一瞬を、メリッサは見逃さず、アゲハもそれに気づいたのか、「え?」と疑問の声を上げる。
禍虚はメリッサに視線を戻すとゆっくりと口を開いた。
「一年前と同じ言葉を君に贈ろう。まだ終わらない」
銃声が鳴り響き、床に刺さっていた刀が折れると同時、四楓院だった者は笑みを浮かべながら倒れる。
すると、道場の縁側から見える紫色の空真っ二つに割れ、間からゆっくりと青空が覗く。
こと切れた四楓院を眺め、アゲハは言い知れぬ不安に襲われた。
暗い道場に本物の日光が差し込まれ、道場内が照らされていく。
そこには四楓院の血しぶきとメリッサが使った爆炎により床がめくれ、焼けこげた床の破片が辺りに散らばっている。
だがそれらは異界が崩壊するのと連れられるかのように消え去り、絵の具で上書きするかのように現実世界の無傷だった頃の光景が現れる。
四楓院の身体は崩壊していく異界と共に道場から姿を消し、アゲハは言い知れぬ罪悪感に苛まれる。
冷めた表情を浮かべるメリッサだったが、異界が解かれて道場内の損傷が回復していくと同時にメリッサの表情も、いつもアゲハと過ごしていた時の雰囲気を取り戻す。
メリッサは彩乃を抱えて座るアゲハに、そっと手を差し伸べる。
「大丈夫アゲハ?」
気遣うように膝立ちになって優しく声をかけるメリッサだが、アゲハの脳裏には数分前に見たメリッサの冷酷な表情がチラつく。
どうしてこうなった。
ずっと抱えていた彩乃が苦しそうにうめき、アゲハは大切な友人に危険が及んだ事への実感が今になって沸いてくる。
こんな事になるなら、出かけるべきじゃなかった。
アゲハは気絶したままの彩乃をぎゅっと抱きしめ、メリッサが差し伸べた手を取ることはなかった。




