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Slinger - スリンガー -  作者: 速水ニキ
第一章 蝶ガ墜散ル刻
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銃士と剣士 p.1

 ピピ、と機械的な電子音が鳴り、薄っすらと少女の意識が覚醒する。

 部屋に窓は一切なく、冷たい鉄製の壁に囲まれ、小さな倉庫にでも入っているかのように薄暗く狭い。

 家具と呼べる物は少女が寝ているハンモック、簡素な机と椅子、コート掛けが一式置かれていただけだった。


 少女は下着一枚で寝ており、長い金色の髪はハンモックから垂れてゆらゆらと揺れている。

 またしてもピピと機械的な目覚ましが鳴り、少女は億劫そうに腿に着けていたナイフホルダーからナイフを抜き、そのまま目覚ましへ投擲。

 ナイフは威力も相まって時計を真っ二つに叩き割った。


 静寂が戻り、少女は目覚めの気だるさに、なかなか起きないでいると、さきほど破壊した時計の隣に置かれていた無骨な銃が怪しく光る。

 ハンドガンと呼ばれる部類のその銃は、黒を基調とした外見をしながらも、ボディの随所に設けられた隙間から緑色のラインが怪しく点滅しており、そのあまりの無骨な出で立ちには威圧感すら感じる。

 少女の覚醒を待っていたのか、銃から漏れる緑色の発光量が増す。


『おいおいメリッサちゃん、朝っぱらから元気だねぇ』


 唐突に銃自体から声が発せられるが、ハンモックに体をゆだねたままの少女メリッサは特に驚いた様子もなくその身を床へと放る。

 メリッサは小さく欠伸をし、白の下着を着たまま裸足で机の椅子に近寄る。

 億劫そうに椅子に掛けられた服を取り、着替え始めた。


 黒を基調としたインナーとレギンスは彼女の引き締まったプロポーションにぴったりとフィットした。

 赤と黄色のラインが入った長いマフラーを首に巻くと、メリッサはばさりと長い髪をかき上げる。

 机に置いていた小さなリボンを二つ取り、髪をツインテールに結う。


 その姿はまるで兎のようだが、覚醒し始めたメリッサの目つきはどこか冷たさを孕んでおり、可愛らしさは感じられない。

 メリッサは最後にコート掛けに掛けていた銃のホルスター、緑色のロングコートそれぞれを身に着け、机に置かれていた喋る銃を見下ろす。


「嫌な夢を見たわ」


 メリッサは着替え終わると、喋る銃に話しかける。


『ほう、何の夢だ?』

「……日本の任務であの刀使いの契約者と戦った時の夢」

『こりゃ相当根深く記憶に残ってるようで。どうして急にそんな夢を見たんだろうなぁ?』


 飄々とした態度で言う銃に、メリッサはほんの少しだけムスっと口をへの字にする。


「知ってるくせにトボけないでルーズ」

『んー? 何のことだ?』


 もちろん銃に顔があるわけではないが、喋る銃ルーズの口調はとても軽快で楽しんでいる様子だ。

 メリッサは鼻息一つ出してルーズを手に取ると乱暴に腰のホルスターへ入れる。


「刀使いの契約者がまた現れた。次の任務は日本よ」


 メリッサはそう言うと、鋼鉄の扉を開き、任務へと向かった。



 眩しいほどの朝日を浴び、少女は定期的に行う日課を黙々と進める。

 剣道場の縁側に座り、手元にある日本刀の手入れをしていた。

 少女は黒を基調としたセーラー服を着ており、そのせいか刀と学生服というどう見ても違和感を覚える組み合わせが実現されていた。


 しかし、長年刀の手入れを行っていた少女にとっては自然な光景だ。

 ふと朝の風が少女の顔を凪ぎ、長く黒い髪が揺れる。

 小山の頂上付近に道場が位置しており、自然の匂いが風の中にふんだんに含まれている。


 町を見下ろして刀を手入れするその瞬間が少女の楽しみの一つだ。

 自然と零れる笑みを浮かべ、少女は黙々と刀の手入れを続ける。

 柄から抜いた刀身を払い紙で古い油を取り、打ち粉をかけた、綿をくるんだ棒でポンポンと軽く打ち付ける。


 その途中、少女の傍らに置いていた携帯がブルブルと震え出した。

 女子高生らしく小さなアクセサリが付けられてた携帯端末の画面に、『四楓院(しほういん)(あきら)』と通話主の名前が表示された。

 その名前を見た少女は、一瞬顔を強ばらせるが、携帯を取らずに視線を刀へと戻し、手入れを続ける。


 最後に刀身に軽く油を塗り、柄へと刀身を納めると目釘を打って固定。

 慣れた様子で刀を傍らに置いていた白い鞘に戻し、手入れが完了する。

 ふふ、と小さく笑い、刀を愛しむように少女はそっと鞘を撫でる。

 すると、背後から誰かの気配がした。


「よ、アゲハ。もう終わったのか?」


 少女、アゲハは驚いた様子で後方へ振り向くと、剣道着を着た青年が道場の出入り口の引き戸を開け、立っていた。


「おにい……一馬先輩、おはようございます」


 こほん、と何か言いかけた言葉を誤魔化し、アゲハは同じ高校の先輩、一馬に挨拶をする。

 一馬は竹刀を片手に道場へ入り、上座へ一礼し、アゲハへ向き直る。


「アゲハはいつも早いな。家がこの道場なのに惰眠はしないし、もうこんな時間から刀の手入れを終わらせてる」

「これは私の日課で、勤なんです。それだけじゃなくて、道場のお掃除もしてるんですから」


 えっへん、とアゲハは自慢げに掃除の終わった道場内を見渡す。

 長年使われている道場であるにも関わらず、手入れがよく行き届いた床や壁は綺麗に掃除されており、朝日を反射するほどよく磨かれていた。

 アゲハの成し遂げた功績を前に感心した様子でいる一馬をチラチラと横目で眺めるアゲハ。


「それと、朝ご飯の下ごしらえだってもう終わってるんですよ」

「すごいな、こんなに女子力高いとアゲハの旦那になる奴は幸せだな」


 何の気もなく言う一馬に、アゲハは若干頬を赤らめるも、それを誤魔化すようにさきほどまで手入れしていた刀を刀袋に入れ始める。


「――っ。これくらいはそんなに大したことないですよ。何なら、先輩の分の朝ご飯も今から用意できますけど、良かったらどうですか?」


 刀袋に刀を入れる作業を理由に、アゲハは真っ赤な顔を一馬から隠す。


「はは、そりゃ嬉しいな」


 一馬が明るく答えると、アゲハは己の胸が弾むのを必死に押さえ、刀を納めた刀袋を持っていそいそと立ち上がる。


「じ、じゃあ……」

「でも大丈夫だありがとう、彼氏に悪いだろ」


 はは、と屈託のない笑顔を一馬は浮かべた。

 アゲハは無意識に両手で持った刀袋を、ぎゅっと抱きしめた。


「そこ、気にします?」

「そりゃそうだろ。彼女が別の男に朝ご飯作ってるの知ったら、下心なくても少し複雑な気分になるかもな」


 んー、と声を上げて一馬は身体を伸ばし、稽古前の準備運動をする。


「でも――」


 とアゲハが言いかけた時、またしてもポケットにしまっていた携帯が着信の知らせをブルブルと振動で伝える。

 タイミングが悪いと思いつつアゲハは携帯を覗き見ると、またしても『四楓院明』と電話主の名前が表示された。

 アゲハは苦虫を潰したかのような表情をし、着信に応対することなくポケットに携帯を突っ込む。


「分かりました先輩。それじゃあまた学校で」

「おう、あとでな」


 素振りを始めた一馬を残し、アゲハは道場を去った。

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