刀使いの契約者 p.8
そうこうしているうちに時は夕暮れ時となり、メリッサとアゲハは帰路についた。
両手には買い物袋やユーフォ―キャッチャーの景品、少量の服などが詰められていた。
「こんなに遊んだのは久しぶりです」
アゲハは大層嬉しそうに微笑んだ。
「アゲハが良ければ、私が街にいる間は何度でも付き合うわよ」
『どら焼き買えるもんなー』
すかさず茶々を入れるルーズに、メリッサはルーズが入った鞄ごと振り回して黙らせる。
「私もメリッサさんと遊べて楽しかったです」
「……そうね。私も楽しかったわ。そろそろ私のこと呼び捨てで呼んでくれたら更に嬉しいわね」
「え、よ、呼び捨てですか?」
「あら、彩乃も呼び捨てじゃない」
とくに深い意味もなく言ったつもりだが、アゲハは夕暮れのせいなのか、顔を赤らめて困ったように視線を泳がせる。
「えと、その……め、メリッサ……さん」
結局さん付けしてしまったアゲハはしゅんと肩を落とすが、メリッサはそれを見てくすりと笑う。
「まぁ、慣れるまで練習を……」
言いかけた途端、空気が震えだした。
『メリッサ!』
「分かってる」
突然の事態でもメリッサは冷静に対応し、鞄からルーズを引き抜くと同時、札も一枚取り出す。
札へ力を込めると札は燃え出し、メリッサの身体を覆う。
一瞬にして緑色のコートと黒いインナーを身にまとい、スリンガーの姿へと変わるメリッサ。
「わわ、これもメリッサさんの邪術ですか?」
「道具に記憶させた使い捨ての邪術よ。それよりも……」
メリッサが空を睨むと同時、空間が反転するかのような感覚が襲う。
空の色が不気味な紫へと変わり、一瞬にして人の気配が消え去った。
「こ、これは、まさか……」
「空間湾曲、こんな街外れで?」
メリッサは訝しげに辺りを見渡すが、獣の存在は現れない。
「この近くに獣がいるんですか?」
「そんなはずはないわ。貴方の護衛をすることになった日に、貴方の家周辺の獣は一体残らず討伐したわ」
『つまり、この異界を展開したのは獣じゃねぇってことだよなぁ』
「えぇ、私とアゲハが近づいてくるのを待って異界を展開している」
メリッサはホルスターからルーズを抜き、左手にナイフを構える。
「契約者の仕業ね」
警戒態勢に入ったメリッサはアゲハを後ろからついて来させつつ、アゲハの家の前に着いた。
この山道の近くにある建物はアゲハの家のみとなり、異界が展開された中心地がちょうどアゲハの家の位置と合致している。
「あの、他のスリンガーの方々は?」
アゲハはメリッサの後ろで控えながら、怖がっているのか、自然と声が小さくなっていた。
「全員街の方に配備しているわ。私がアゲハと一緒にいる間は正面切って挑んでくるのは、正直悪手だと思うのだけれど」
「援護が来るまで待たないんですか?」
「相手も私達がそう判断することも織り込み済みのはず。だからこそ、真っ正面から挑んで、このまま私達が援軍が来るのを待つと、損害を被ることになる、と示しているのでしょうね」
敵の思わくをトレースし、メリッサは援軍を待たずして敵陣に乗り込むことを選択した。
メリッサはアゲハの自宅とその隣に立つ道場両方を睨む。
感覚を研ぎ澄まし、敵の気配を索敵すると、道場の方から明らかな殺気が飛んでくるのを感じた。
メリッサは道場の扉をゆっくりと開き、アゲハと共に中に入る。
道場の中は気味が悪いほど静まり返っていた。
メリッサとアゲハは警戒しながら奥へと入り、首謀者が待ち構えている光景を目のあたりにする。
道場の稽古場ど真ん中に、男が一人と、女性が一人倒れていた。
男は刀を持っており、倒れている女性を見下ろしている。
「彩乃!」
アゲハが叫んだ。
メリッサも倒れた女性が彩乃であることを確認すると、未だ背中を向ける男が誰なのか自ずと分かった。
「四楓院、明ね」
男は名を呼ばれ、振り向く。
黒い長髪とよく整った顔立ちは異性を魅了するには十分な面持ちだが、その顔は怒りの形相に歪み、見る影もない。
四楓院は二人を視界にとらえると、額に血管を浮かび上がらせるほどに顔を赤く染め上げ、片手で持っていた鞘から刀を抜き取る。
「よぉ、遅かったじゃないか、アゲハ。家で待ってろ、て言ったのによぉ。待ちくたびれてこいつを切り殺すところだった」
四楓院は刀の先を倒れた彩乃の頬に当てる。
小さく血が流れだし、刀の切れ味が伝わってくる。
「や、やめてください! これはどういうことですか、四楓院先輩!」
アゲハは彩乃へと駆け寄ろうとするが、メリッサがアゲハを制止する。
四楓院はひひ、と薄気味悪い声を上げた。
「どういうことも何も、俺が刀使いの契約者で、最近街中の人間を殺し回ってる張本人てことだよ」
四楓院は挑発するように己の舌を付き出す。
その舌には刺青のような、奇妙な紋様が浮かんでいた。
「あ、あれは?」
「契約者の印よ」
これで四楓院が正真正銘、契約者であることが証明された。
「おかしいわね。その刀が贈呈されるのは有段者となった蝶流剣術使いが、どこかで道場を開く者のみと聞いたのだけれど。入門して僅か一年で辞めた貴方が持っているのね」
メリッサは皮肉を四楓院へ投げると、相手は口角を釣り上げた。
「簡単な話だ。俺はアゲハの親父と最初から手を組んで、この街に獣の祖の降臨儀式を進めてたんだよ。この刀も手を組んだ時にもらった」
「お父さん、が?」
アゲハは身体の力が抜けてしまったのか、膝から崩れ落ちる。
心のどこかで父親が騒ぎの首謀者だと受け入れてなかったのだろう。
その様子を見た四楓院はゲラゲラと笑う。
「はは! 滑稽だよなぁ! お前の親父さんは俺が娘に手を出すことに何の言葉も上げなかった。むしろこうして出向いてもお咎めなしだ、何考えてんだろうな!」
しかしメリッサはそんな四楓院を冷ややかな目で睨む。
「何を考えているのか分からないのは貴方よ。急に正体を現してどうするつもりかしら?」
「簡単だ、邪魔なテメェを始末するためだ金髪。その後はアゲハの親父も蹴落とす」
四楓院はニヤリと歯を剥き出しにして笑う。
ふむ、とメリッサは納得がいったのか頷いた。
「邪魔、ね。この前の街で発生した件は貴方の仕業かしら?」
「あぁそうさ。アゲハの親父をお前らの監視から逃すために手を貸したけどよ、あの親父さんが潜伏してる今が俺にとって出し抜くチャンスなんだよ。それなのにテメェがまたしゃしゃり出やがって」
悪態をつく四楓院を放り、メリッサはつまらなそうに鼻で笑う。
「仲間割れ、いや、貴方の一方的な離反といったところかしら」
なんとなくの察しがついたメリッサだが、後ろに立つアゲハが「え?」と首をかしげる。
「獣の祖を復活させるのに大まかに三つの段階がある。一つ、獣の祖の眷属となる獣を一定数同じ地域に集めて獣の祖の領土を形成する。二つ、契約者が獣の祖の魂と一体化し、依り代となる。三つ、依り代に導かれて地中から引っ張り上げられた獣の祖の肉体に依り代が触れれば獣の祖は復活を果たす。ただし、依り代になれるのは獣の祖一体につき契約者一人だけ」
最後の一言が四楓院の離反を物語り、とうの本人も不適な笑みを浮かべて頷く。
「そうだ。獣の祖とやらになればどんな事も出来る力を得られるてのに、一人しか依り代にはなれねぇときた」
「やめておきなさい。依り代になった時点で貴方は獣の祖に自我を消されて獣の祖の魂を入れる器に成り果てるだけよ。貴方の願いを叶える代わりに貴方から全てを奪うのが獣のやり方よ」
無駄だとは分かりつつも説得を試みるメリッサだが、案の四楓院は唾を吐いてメリッサの警告を否定する。
「黙れよ金髪。依り代になっても最後に獣の身体を支配するのは俺だ。あと少しで獣の数も揃う。揃いそうだってのに、テメェが来やがった」
四楓院は刀の刃先を彩乃に当てたまま、メリッサから視線を外さない。
「密かに増やした獣を使って残りの住民全員も堕とす算段だったけどよ、ここ最近お前とお前の仲間が獣を減らしてくれたおかげで全部台無しだ」
メリッサがアゲハの学校へ転校した当日に異界が展開されたことを指しているのだろう。
そもそも、獣の数が危険域に達していたからこそメリッサがこの地区へ向かうよう命じられたのだが。
しかし、ここでメリッサにはもう一つの懸念点があった。
メリッサが獣を狩りつくして街を去るまで潜伏し、また別の計画を立て直せば良い所を四楓院は大立ち回りを強いられているように見えた。
「そう、秋月玄寺が何かしらの計画を遂行しようとして、焦っているのね」
そのメリッサの一言に、四楓院は一瞬だけ顔を歪めた。
図星か。




