刀使いの契約者 p.7
秋の涼しい風は肌寒さを感じさせ、彩乃は半袖のシャツの上にパーカーを羽織り、急な坂を汗一つかくことなく上る。
手にはスーパーで買ったお菓子や飲み物が入っており、彩乃が歩く道の先にはアゲハの自宅が見える。
「見てなさいよアゲハ。家のお手伝いが忙しいなら私も手伝った後に眠ちゃうまで遊んでやるんだから。メリッサちゃんも巻き込んでやる」
サプライズのつもりでアゲハに一切連絡を入れることなく彩乃はアゲハの自宅へ突撃を計画していた。
そうこうしているとアゲハの自宅に着き、小さな正門をくぐると駐車場兼庭が広がり、その先にアゲハの自宅が佇む。
すると、彩乃はアゲハの自宅の前に誰かが立っていることに気づいた。
「ん? 四楓院先輩?」
四楓院は私服姿で肩に長細い袋を背負っており、アゲハの自宅の扉をじっと睨んでいた。
四楓院はゆっくりと彩乃へ振り替えると、眉間に深いシワを寄せた顔を一瞬だけ見せるも、すぐに笑顔になった。
「あぁ、柴田か。ちょうど良い、アゲハに会いに来たんだけど、留守みたいだ。どこに行ったか知ってるかな?」
「や、私はアゲハと遊びたくてどっきりで来ただけです。先輩が知らないんじゃ私も分からないかなぁ」
素直にそう言うも、彩乃は四楓院の挙動を観察する。
眉を引くつかせ、握りこぶしを作り、小さな歯ぎしり音が聞こえた。
「そっか、知らないのか。しょうがないから出直そうかな」
四楓院は笑顔でそう言いながら彩乃の横を通り過ぎていく。
「あの、先輩、最近アゲハとはどうなんですか? 学校じゃもっぱらアゲハとベッタリて噂ですけど、アゲハから先輩の話直接聞いたことあんまりなくて」
すると四楓院は足を止めるが、彩乃へは振り返らない。
「え? べつに、普通だよ。いつも会って連絡取り合っているし」
「それにしても今日アゲハが留守なの知らなかったんですか?」
「いや僕もサプライズで来ただけなんだけど、当てが外れたね。せっかく二人っきりで過ごそうと思ったんだけど」
「……メリッサちゃんがホームステイでアゲハの家に泊まっているの知らないんですか?」
「――は?」
四楓院は今度こそ怒りの表情を彩乃に見せる。
その表情に彩乃はつい後ろへ後退するが、拳を握って恐怖を堪える。
「あ、あの! いつだったかアゲハが顔を腫らして学校に来たり、元気がない日が最近多いんですけど、その時っていつも先輩と登校してる日なんです。これって先輩が何かしてるんじゃないですか?」
意を決して彩乃は四楓院に投げかけるも、当の本人は頭に手を置いて何やらブツブツと言っている。
「あの金髪女、この前邪魔しただけじゃなくて今度はアゲハに張り付いているってのか、ふざけんなよ」
「せ、先輩? 話聞いてます?」
明らかに様子のおかしい四楓院に彩乃は警戒心を高める。
すると、四楓院は何かを思いついたかのように顔を上げて彩乃をぎょろりと睨んだ。
「向こうが仕掛けてくるんだったら、こっちも黙ってはいないからな」
そう言って四楓院は肩にかけていた袋を取ると、中から鞘に入った刀を取り出した。
「え、な、なに?」
彩乃は持っていた袋を落とし、その場を離れようとしたが、背中にアゲハの自宅の扉が当たる。
逃げ場を失った彩乃の前で四楓院はニヤリと笑う。
「ちょうど良いのが目の前にいて良かったよ」
和菓子店に入ったメリッサとアゲハは窓際の席に案内される。
「おすすめのお菓子があるので、私が注文しますね」
アゲハはそう言って店員に何やら頼み、メリッサは全てをアゲハに委ねることにした。
出かけている最中、メリッサはなるべくアゲハに話しかけ、時折彼女の携帯に入ってくる通話から注意を逸らせることに専念した。
だが、アゲハは未だ四楓院からの連絡に、そわそわしていた。
「やっぱり道場が気になるの?」
四楓院から話題を逸らすために、メリッサは道場について話を振る。
「えっと、まぁそうですね。こうやって外に出て遊ぶのも久しぶりなんですけど、どうしても気になっちゃって」
「やっぱり、大切な道場なのね」
「はい、母がまだ生きていた頃によくお稽古してもらってたのがすごく良い思い出なんです」
アゲハが今までに見たことのないほどの満面の笑みを浮かべ、メリッサもつられて頬が緩んだ。
「蝶流剣術は、元々は魔を祓う舞だったものに、剣術を組み入れた型なんですけど、母は舞に重きを置いて、父は剣術に力を入れて、私はそんな二人のマネっこをするのが楽しかったんです」
昔のことを思い出しているのかアゲハは小さく笑う。
「ふふ、本当に嬉しそう」
「はい、でも母が病で具合が悪くなってから稽古の数を減らして母の看病に専念していました」
「そう……今からでも稽古を再開しても良いんじゃない?」
「それも良いんですけど、じつは私、蝶流を皆伝してて、段位はこれ以上変ることはないんです」
「……え?」
さらりととんでもないことを言うアゲハに、メリッサは戦慄した。
蝶流剣術使い、牛沢悟とは、去年発生した事件で一度手合わせをしているが、相当な実力者だった。
契約者と化した人間は邪術も扱えるようになり、一年前戦った牛沢は、邪術と剣術を組み合わせて戦いを挑んできた。
何度も危険な目にあった上でようやく討伐できたが、事件後に牛沢をより詳しく調べたところ、彼は九段中、五段の実力者とのことだった。
皆伝ともなると、九段であるはずの秋月玄寺と秋月アサギを超えたその先にいることを意味する。
「えっと、組織の調べでは貴方の名前は蝶流の有段者リストに載っていなかったと思うのだけれど」
「あぁ、無理も無いです。私は正式な道場の門下生というわけじゃなくて、あくまで九段の母と父から個人的に鍛錬してもらって、二人が勝手に皆伝だと言ってるだけです。有段者に送る儀礼刀も、正式なものではなく母からのお下がりをもらってますし」
師範となっている面子からして明らかに趣味の範疇を超えた鍛錬を行っていた事は明らかだった。
アゲハが契約者に落ちなかった事に、メリッサは心から安堵する。
「なら、何かしたいことはないの?」
「え? えっと、そうですね……」
アゲハは口をきゅっと締め、何か閃くと急にもじもじと肩を揺らす。
「し、修行の旅、なんて楽しそうですね。日本中の蝶流剣術の道場を回って出稽古、なんて」
今を生きる女子高生の夢というには非常に逸脱しているが、あまり見ないアゲハの緩んだ笑顔を見ると、眺めているこちらも嬉しくなる。
「良いじゃない、私もきままな旅をしてみたいわ」
すると、アゲハは少し困ったように笑いながら首を横に振った。
「あぁ、でも、母から道場をよろしく、と言い残されて、私もそれからはあまり道場から離れたくないんですよね」
さきほどと打って変わり、アゲハはどこか寂しそうな瞳を浮かべる。
「アゲハ――」
「失礼いたします」
メリッサが励ましの言葉を贈ろうとしたタイミングで、店員が注文のお菓子とお茶をテーブルの上に置いた。
「ふふ、ここのお菓子は本当においしいんですよ」
アゲハがいそいそと急須から湯呑みへとお茶を入れ始め、メリッサはアゲハに伝えるタイミングを逃す。
ふと、目の前に置かれたお菓子に視線が落ち、メリッサはぴくりと身体を強張らせた。
テーブルに置かれたのは、ふんわりとした茶色い生地に覆われた和菓子だった。
「こ、これは……どら焼き」
ごくり、とメリッサは固唾を飲み、どら焼きを一つ取って口へと運び、はむ、と噛みつく。
「おいしぃ」
気が抜けた声が漏れ、常日頃被っている鉄仮面もつい剥がれ落ち、メリッサはエンジンがかかったかのようにどら焼きを貪る。
そんなメリッサを眺めていたアゲハは、ぷくく、と口を押さえて笑う。
「うふふ、やっぱりどら焼き好きだったんですね。前に家でどら焼き出した時にメリッサさんすっごく喜んで食べてたの見えちゃって」
話しかけるアゲハに一切振り向くことなく、メリッサは無心でどら焼きを頬張り続ける。
はむはむはむ、と小鳥のような小さな口で何度もどら焼きをついばみ、メリッサはあっという間にどら焼きを一個平らげた。
「えぇ、日本のアニメに出てくる猫のロボットが、おいしそうに食べてるのを故郷で見た時から気になって。たまたま食べる機会があったが最後、それからはずっとどら焼きとあのアニメの虜よ」
すると、アゲハが反射的にテーブルから身を乗り出してきた。
「え! ドラちゃん好きなんですか。実は私も昔から好きで……」
「っ!」
嬉しそうな笑顔を浮かべるアゲハに、どら焼きを頬張ったメリッサが目を輝かせて彼女の両手へがしりと熱い握手を交わす。
『いやそんな意気投合することなのかよ』
半分呆れた様子でその光景を眺めていたルーズがぼやくが、メリッサはそれを無視する。
アゲハはあくまで護衛兼監視対象ではあるが、彼女と過ごしたこの数日の生活は確実にメリッサの心に何かを残した。




