刀使いの契約者 p.6
土曜日の朝、休日はアゲハにとって週に一度の大掃除の日となる。
道場自体が古く、あちこち修繕が必要とされており、アゲハは土日のほとんどを道場の管理や家計のやりくりに追われる。
平日よりは遅めに起床し、今日やるべき日課を考えていると机の上に置いていた携帯電話が鳴る。
着信には「四楓院」と名前が表示されていた。
それを見たアゲハは顔を引きつらせながら電話を取る。
「も、もしもし」
「よぉ、よくも逃げ回ってくれたよな」
明らかな怒りの感情を込めた四楓院の声に、アゲハは寝起きだったというのに目がすっかり覚めてしまった。
「今からお前の家に行くからな。一日中俺の好きにさせてもらう」
そのまま通話を切られ、アゲハは目の前が真っ暗になる感覚に陥る。
寝起き早々の事態に、アゲハは己を落ち着かせようと、寝間着のままリビングに出ると、制服姿のメリッサが迎える。
「おはようアゲハ」
メリッサが休日に家にいるのは初めてのことだった。
メリッサは大抵、学校が休日の日は他のスリンガーにアゲハの護衛を任せ、一日中街に繰り出して獣の討伐に出ているはずなのだ。
「あれ、おはようございます。今日は街に行かれないんですか?」
「うーん、どちらかというと……」
どこか楽しそうにメリッサはツインテールをゆらゆら揺らし、アゲハの前に立って手を差し伸べる。
「アゲハ、私と今日一日街を回ってくれない?」
「え?」
戸惑うアゲハとは裏腹にメリッサはいつもの涼しい顔を崩さない。
「今日は獣の討伐は他の団員に任せたから時間があるの。実はまだろくに街を散策出来ていないから、街に詳しい人と回って、地形の把握と、ついでに観光でもしようかと思って」
そうメリッサは言うが、アゲハは目を逸らして逡巡する。
「でも、私には道場の手入れがあって……」
唐突に吐いた嘘にアゲハ自身が動揺する。
これから四楓院が来ることを言えたら良いのだが、どうしても四楓院家への借金と援助が頭をよぎり、ありのままを話せない。
「屋根なら直したわよ」
「え?」
不意の返事にアゲハは驚く。
「昨日の晩の内に終わらせたわ、それにお掃除もついでにやっておいた」
「そ、そこまでやったんですか」
アゲハはいつも一人で全体の掃除をやっているからこそ、メリッサがかけたであろう膨大な労力に申し訳なさを感じてしまう。
「でも、家の事情もありますし、父が酷い事をしているかもしれない時に、遊びに行くようなことなんて私には……」
「そうやって自分を戒めているだけでは何も進展しないわ。それに、あなたは何も悪くない。せっかくの休日なんだから羽目を外さなきゃ損よ」
メリッサは優しくアゲハの手を取って諭す。
「で、でも」
アゲハは四楓院家との借金や獣が街に蔓延っている事態、その黒幕が父である可能性が高いことなど、いろいろなことが脳裏をよぎる。
だが、メリッサはそれでも変わらぬ態度でアゲハの前に立つ。
「大丈夫、しばらくの援助金は組織から出るわ。獣被害者の援助もあるから、心配しない」
メリッサのまっすぐな瞳に、アゲハは思考を止めた。
アゲハは迷いつつも頷いた。
人気のない暗闇の中を、秋月玄寺はゆっくりと歩く。
すると、片手に持っていた刀から声が響いた。
『着々と人員が街に集まってきているな。作戦の決行も近い』
「……」
刀に宿った獣の祖が語り掛けるも、玄寺は答えない。
『だが困ったことに一人だけ君の作戦に乗らない者もいるようだ。君ではなく自分自身で蝶流剣術を完成させるつもりらしい』
だが玄寺は気にも留めずただ前だけを見据える。
「構わん。結果的に剣術が完成したら何でも良い。剣を極めるという目的がある以上、最後は死合うことになる」
『君らしいね。私としても契約者は全員公平に扱うさ。君たちが手を組んで一人の契約者を依り代へ押し上げるもよし、殺しあって生き残った一人が依り代になるのも良しだ』
「……」
またしても無言で返す玄寺に獣の祖は『ふむ』と一言零す。
『だが、反旗を翻したこの男はどうやら君の道場へ向かっているようだ。君の娘を殺す気でいるんじゃないかな?』
「問題ない」
玄寺は一切歩みを止めることなく闇の中を進んでいく。
その姿はまるで修羅の道を歩く鬼であった。
メリッサとアゲハは制服姿のまま外に出た。
休日だというのに制服なのは違和感があるが、メリッサは単純に持ち合わせの服がないのと、アゲハは外に出かける服はほとんど売ってしまったこともあり、二人ともこの装いになった。
アゲハの住む街は地方ではありつつも、レジャー施設が一通り揃っており、スポーツからゲームまで体験してみたいアミューズメントスポットへのアクセスは難しくない。
だが、アゲハは昔から外に出て遊ぶ習慣がなく、メリッサを案内する身とはいえ、どこへ連れて行くべきか分からず途方に暮れていた。
すると、案内を頼んだ側であるはずのメリッサが先ほどからずいずいと様々な場所にアゲハを連れまわす。
「アゲハ、あそこのお店に季節限定の服が売っているそうよ」
「アゲハ、ゲームセンターとやらがあるわ。ちょっと入ってみましょう」
「アゲハ、御当地料理が並んでる。お昼はあそこで食べましょう」
メリッサの表情は相変わらずの仏頂面だが、瞳の奥はどこか輝いているようにすら思えた。
『おいおいメリッサちゃんよ、ここしばらく休暇がなかったからって、随分ハシャいじゃってるな』
鞄に入っているルーズがメリッサとアゲハに念話で話しかけてくる。
「だまりなさいルーズ、これは女の子だけで遊ぶ、かの〝女子会〟というやつよ。貴方には許可なく発言する権限は付与されていないわ」
『いや俺性別ねぇし』
「女子ですらないということね。発言は却下よ」
いつにも増してルーズには辛辣ではありつつもどこか楽しんでいる様子のメリッサを眺め、アゲハは少しだけ戸惑う。
「メリッサさんがこんなに出かけるのが好きなんて知りませんでした。いつも休日はどうしてるんですか?」
「そうね、組織の拠点で待機してるわ。拠点内の施設を回ることしかないから、貴重なのよ。アゲハもおすすめの場所があったらすぐに教えて」
鉄仮面を崩すまいと頑張っている様子だが、メリッサの鼻息は荒い。
それを少しだけうらやましいとアゲハは思ってしまいつつも、首を横に振ってその感情をかき消す。
すると視界内に見覚えのある店が飛び込んできた。
「あ、メリッサさん、よかったらあのお店に行きませんか?」
アゲハが指さしたのは、とある和菓子店だった。




