刀使いの契約者 p.3
日の出が上るのとほぼ同時刻に、アゲハはいつものように目覚める。
毎朝のルーティーンとして朝食の準備をし、道場周りの点検と掃除はかかさない。
早速準備に取り掛かろうとアゲハはリビングに出ると、いつもとは違う光景が待っていた。
長い金髪を二本に結った少女、メリッサが制服姿で待っていた。
「おはようアゲハ。ごめんなさい、勝手に台所を借りてしまって」
そういうメリッサは台所で朝食を作っていた。
サラダ、ソーセージ、トーストされたパンがそれぞれテーブルの上に並べられている。
メリッサはフライパンで焼いた卵を皿に乗せ、テーブルにそれを置いて朝食の準備が整った。
「え、これって……」
驚いた様子のアゲハに、テーブルに放置されていたルーズが笑う。
『護衛とはいえ共同生活するんだから朝食作るつってハリきってんだよコイツ。朝弱いくせによぉ!』
ゲハハと笑うルーズへメリッサは無言の鉄拳を下ろす。
「まぁ、そういうことだから、これくらいはやらせて。食費も私が護衛についている間は組織から支給されるわ」
メリッサはテーブルに着き、アゲハも戸惑いながらも対面に座り、目の前に並べられた朝食をまじまじと見つめる。
「あ、ありがとうございます。誰かに御飯作ってもらうのなんて久しぶり過ぎて戸惑っちゃって」
アゲハは「いただきます」と小さく呟き、メリッサが作った卵焼きを一口食べる。
「おいしい」
「普通の卵焼きよ」
メリッサは淡々と言いつつも、その口調はどこか優しい。
「その、メリッサさんや、他のスリンガーさんも、普段からこういった仕事してるんですか?」
「そうね、潜入捜査や護衛はたまにあるけれど、今みたいな共同生活をするのは初めてかしら」
「それもスリンガーのお仕事なんですか?」
「……そうね、私達スリンガーは獣への私怨の元に戦っているから、決して誰かのために戦うわけではないわ」
さらりと答えるメリッサだが、アゲハへちらりと視線を投げる。
「まぁ、でも流石に歳の近い子がひどい目にあっているのを見て、何もしないほど薄情ではないわよ。私がいる間は好きに頼って」
アゲハはメリッサの言葉を聞いて、胸の奥が少しだけきゅっと締まるのを感じた。
アゲハの抱える問題を知った上での言葉だからこそ、心に響いた。
「あ、ありがとうございます。何だか嬉しいですね……えへへ」
込み上げてくる照れからか、アゲハは髪をいじってごまかす。
「この家の主は貴方よアゲハ。他に困っていることがあるなら何でも言って」
マグカップに入ったコーヒーを飲んでアゲハへ余裕を見せるメリッサ。
「えっと……それじゃあ」
少し思案した後、アゲハはメリッサへとある頼み事をする。
「じゃ、ちょっと見てくるわ」
道場の縁側に座るアゲハにそう言い残し、メリッサはその場から上空へ向かって跳躍し、道場の屋根の奥へと消えていった。
数日前から道場内で雨漏りが発生し、屋根に何かしら原因があるのではないかとアゲハは予想していた。
が、どうしても一人では上がり切れなかったため、屋根の修繕を見送っていた。
快く引き受けたメリッサを見送り、アゲハは感嘆のため息を吐く。
「うわぁ、すごい。あんなに高く飛んだりするのもスリンガーの力なんですか?」
メリッサが屋根奥へ消えた様子を見上げながら、アゲハは膝元に置いたルーズに尋ねる。
『まぁ厳密に言うと邪術の力だ。スリンガーになるやつ全員、俺と同じ型の銃を支給されるんだ。んで、銃を扱えるようになったら例外なく邪術が使えるようになる』
「邪術?」
『簡単に言うと昔の生物全員が使えた魔法みたいなもんだ。身体の中に流れる〝渦〟ていう命のエネルギーを使って発動させるんだ。
邪術使いは渦をそのまま身体能力にも使えるし、一人一人に独自の邪術が備えられてる。メリッサの場合は爆炎の邪術が使えるな』
「へぇ、すごいんですね」
昨日メリッサが異界の中で見せた戦闘技術の数々を思い出すが、獣達が討伐されていく様も思い出してしまい、アゲハは首を振る。
アゲハは隣に置いていた掃除道具一式を取ると、膝元に置いたルーズを布巾で掃除し始める。
「どうですか? 痛くないですか?」
『くー! アゲハちゃんは本当に優しいな! メリッサなんざ最低限の手入れしかしないし、掃除なんか一回もしたことないぞ!』
手元の銃は感激を表現しているのか、淡く光るラインの輝きが増す。
「今更なんですけど、ルーズさんは喋るんですね」
『へへ、俺はたまたまこうなだけだ。他のスリンガーどもの銃は喋らないんだぜ。俺らは獣の身体から作られた武器でよ、全てのスリンガーの銃は生きちゃいるが、俺みたいに意識を保ってるやつは一つも無いんだ』
さらっと自分が獣であることを暴露するルーズにアゲハは一抹の不安を浮かべるが、それを察したのかルーズは笑い飛ばす。
『まぁ獣つっても獣だった頃の記憶なんざ残っちゃいねぇし、銃になって今までメリッサとずっと獣を狩り続けてんだ。人間どもを取って食うつもりはねぇよ。だから気兼ねなく俺を綺麗にしてくれ!』
陽気なルーズに胸を撫でおろすアゲハはくすりと笑う。
「ふふ、ルーズさんをお手入れしたら私もスリンガーになっちゃうんでしょうか?」
冗談のつもりでアゲハはくすくすと微笑みながら言うと、ルーズは『うーん』と小さく唸った。
『たぶん、それはないだろうなぁ。スリンガーになるには銃の引き金を引く条件を満たしている必要がある』
「条件?」
アゲハが首をかしげる。
『シンプルだが誰でもできるわけじゃない。獣に対して激しい感情を持つことでトリガーを引くことができるんだ』
「獣への激しい感情……」
『あぁ、妬み嫉み怒り、何なら喜びでも良い。結局俺たち銃も邪術で作られた道具なんだ。使用者の激しい感情から作られた渦を喰って邪術でカートリッジに生成して、弾を発射する時も感情の渦で作った火薬で撃ち出すんだ』
そう説明されると、何となくメリッサが戦っていた時、頻繁に銃から飛び出るマガジンを叩き戻すというアクションを思い出す。
あれも弾を補充する邪術の一環だったのかとアゲハは思う。
「それじゃあ、メリッサさんはいつも冷静に見えますけど、獣に激しい感情を持っているってことですか?」
『そういうことになるな。いつも仏頂面下げてるけどよ、中身の感情はまぁまぁ過激だったりするんだぜぇ』
何が面白いのか、ルーズはきひひと奇妙な含み笑いを上げる。
「意外、ですね。いつも冷静そうだし、お仕事中なのにこうやって家のお手伝いしてくれて優しいのに」
『まぁ、アゲハの嬢ちゃんに世話を焼くのは感情移入からだろうなぁ』
「私に、ですか?」
予想外の返答にアゲハはついルーズを拭いていた布巾の手を止める。
『あいつは家族を全員獣に殺されちまったからな。アゲハの嬢ちゃんが獣のせいでいろいろ抱え込んで孤立しちまってるのに、思う所があるんだろ。いつものあいつなら、ここまで手を貸したりはしない』
戦場にいたメリッサの瞳に潜んでいた炎を、アゲハはふと思い出した。
屋根上で作業しているメリッサを思い、アゲハはふと天井を見上げる。
「やっぱり、メリッサさんが獣に向けている感情は、怒りや憎しみなんですか?」
『半分はそうだな。けど、あいつの弾丸には他の感情が込められてる』
「半分? 残りの半分は?」
『悔恨だよ』
メリッサさんが後悔している?
アゲハはその意味が分からず首をかしげていると、道場の屋根からメリッサが下りてきた。
「お待たせ。やっぱり屋根に穴が空いてた。道具を集めて直してみる」
メリッサは着地の際に顔にかかった髪をぱさりと払い、アゲハとルーズに歩み寄る。
「あら、良かったわねルーズ、綺麗になったじゃない」
『そうだなぁ! どっかのお転婆娘じゃここまで手入れできないしな!』
挑発するルーズに手を上げそうになるメリッサだが、流石にアゲハが綺麗にしてくれた直後だからか、振り上げた手を落とす。
「ありがとうアゲハ、ルーズを綺麗にしてくれて」
「いえ、私の方がお掃除は得意なので」
穏やかな表情でお礼を言うメリッサに、アゲハも笑顔を返した。




