刀使いの契約者 p.2
アゲハの家に上がったメリッサはリビングに案内され、テーブルに座って出された煎茶を飲んでいた。
煎茶をもう一度両手に取り、薄緑色の液体をその慎ましく小さな口でほんの少し啜る。
アゲハがメリッサの対面に座ると、戸惑いや恐怖を抑え込むように意を決して口を開いた。
「その……助けてくれて、ありがとうございました。まだ混乱していて、何から聞いたら良いのかわからなくて」
「無理もないわ。あんなのすぐに理解できる方がおかしい」
メリッサはお茶を一飲みし、立ち上がった茶柱を眺め、どこから話すべきか思案する。
「そうね、まずは獣について。さっき少しだけ説明したけれど、私達がさっき対峙した存在は人間から転生させられた化け物〝獣〟。遙か昔、地球上にはあぁいう獣で溢れかえっていた」
「そう、なんですか」
突拍子も無く世界観の違う事実を突きつけられ、アゲハは戸惑っている様子だが、如何せん数時間前にその獣に接触したばかりで、メリッサの話が事実無根だと断じきれない。
「えぇ。さらにその獣達には起源となる上位存在がいて、私達はソレを〝獣の祖〟と呼んでる。
獣の祖は邪術と呼ばれる魔法のような力を使って、遥か昔の世界を支配していた。ただ、周期的に休眠を取る習性があって、長い休眠期間の隙に人間が邪術を解明し、獣の祖を封印する魔導書、〝原典〟を作った」
「原典?」
「邪術が施されたその本のページ毎に、全ての獣の祖の魂を封印したのよ。けれど、獣達を崇拝する人間達によって原典が狙われた。争奪戦の後に原典は破られ、世界中に原典の頁が散らばった。
原典の項は獣の祖の魂そのもの。獣の祖は本の頁になりながら、地上のあらゆる物を触媒として宿り、私達人間に接触を図る。
人間の願いを叶えるのと引き換えに、地下深くに眠った獣の祖本体を引きずり出すのが目的なの」
大方説明したメリッサは出されたお茶をまた一口飲む。
しばらく指を唇に当てて思案したアゲハは頷く。
「それで、今回は私の道場の刀に原典の頁が宿って、うちの道場の人を契約者に仕立て上げたってことですか?」
するとメリッサは小さく首を横に振ってそれを否定する。
「大体は合っているけれど、今回の件にいたっては少し特殊なの」
「どういうことですか?」
「本来であれば獣の祖が地上にある物質を触媒に出来るのは一つだけ。今回の獣の祖は遙か昔、一つの玉鋼に取り憑いた。その後、その玉鋼は複数の刀に製鉄されて、結果的に媒介を複数持つことに成功したのよ」
メリッサが言わんとしていることを察したアゲハは口を押さえる。
「もしかして……蝶流の儀礼刀?」
「えぇ、こちらの調べでは刀は合計八本製鉄され、秋月道場が代々受け継いでいたそうだけれど、数年前に貴方の父親が有段者の門下生へ譲った、違うかしら?」
「……はい。蝶流剣術を広めるために、新しい道場を開くことになった門下生六人に、父が餞別として刀を渡しました。残りの二本は……父が持ち出したきりです」
そう説明するアゲハの顔色が段々と青くなっていくが、メリッサは悪いと思いながらも話を続ける。
「私達がこのことに気づいたのは一年前。ここから隣の街で、貴方の道場の元門下生が契約者となって、とある事件を起こした。事件は解決して、触媒である刀は破壊したけれど原典の頁は見つからなかった」
淡々と説明したメリッサにアゲハは思わず席を立つ。
「え、元門下生が、一年前に?」
「牛沢悟。さっき貴方が言った、秋月玄寺から刀を譲り受けた六人のうちの一人。一年前の事件を起こした末、私が討伐したわ」
「牛沢さんが……」
アゲハは力なく椅子に座る。
メリッサはまたしても、頭の中で一年前の事件に亡くした仲間の顔がフラッシュバックするが、頭を振って無理やりイメージを払う。
「アゲハ、ここまで話せば何となく察しは付くと思うけれど、私達組織は貴方の道場の誰かが今回の主犯となって、門下生を複数名、契約者にしたと踏んでいる。言いにくいけど、貴方も監視対象とされているわ」
アゲハは両肘をテーブルに置いて頭を抱える。
「秋月道場に関わりがある人、ということは、父も?」
「えぇ、主犯として最有力候補よ。最後に見たのは?」
「昨日、食べ物だけ取りに来ましたけれど、それまでは数か月帰って来ていませんでした。たぶん、またここ数か月は帰って来ないと思います」
どうにか説明はするが、アゲハの表情は弱弱しい。
「今日、街で異界が展開される直前までこちらの監視が、貴方の父親を見張っていたのだけれど、異界が展開される直前に消えたとの報告が上がっている。私達が対面した合羽を着た契約者が貴方の父だったのかは分からないけれど、可能性は捨てがたい」
酷だとは思いつつも、メリッサは組織の意向をアゲハに告げ、それを聞いたアゲハの反応を見て彼女が被害者か加害者として関わっているのか探りを入れる。
「もう、どうしたら良いの……道場のことも、父のことも……」
顔を青ざめて言うアゲハの挙動を観察し、これまでの経験から彼女は白だろうと感じるが、まだアゲハへの聞き込みが必要だと感じる。
ふと、壁にたてかけられた時計が視界に入った。
時刻は夕方。まだ話を聞きたいところではあるが、これから準備することを考慮すると一旦話を切り上げた方が良い時間帯だ。
「今日はこれくらいにしましょう。私はこれから数日この街に留まって増えた獣を討伐する任に就くわ」
メリッサは席を立ち、テーブルに置いていたホルスターを腰裏に戻す。
気落ちしたアゲハの肩にメリッサは手を置く。
「またすぐ来るわ」
そう言ってメリッサはアゲハの家を去った。
「こんばんは、アゲハ」
アゲハの家を去った数時間後、アゲハの自宅にメリッサは返ってくる。
アゲハの高校指定の制服を着用し、手には大きめの鞄を持参していた。
「え? メリッサ、さん?」
きょとんとした表情をし、アゲハはメリッサと鞄を交互に見る。
そんなアゲハとは裏腹に、メリッサは穏やかな笑顔を浮かべた。
「またすぐ来るって、言ったでしょ」
『ハッハー! 世話になるぜアゲハちゃんよ!』
メリッサの鞄の中から、ルーズの声が上がる。
「世話になるって、まさか……」
「えぇ、しばらく居候させてもらおうかと思って」
こうして二人の同居生活が唐突に始まった。




