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Slinger - スリンガー -  作者: 速水ニキ
第一章 蝶ガ墜散ル刻
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銃士と剣士 p.9

 未だ変わらぬ不穏な空を見上げながら、アゲハはメリッサに手を引かれて路地を歩く。

 路地のあちこちには獣と呼ばれた化け物達が倒れており、アゲハの元へ到着するまでメリッサが仕留めながら向かったことが分かる。


「メリッサさん、一体何が起こってるのか、教えてくれませんか」


 メリッサはちらりと肩越しにアゲハへ顔を向けるも、すぐに進行方向へと向き直る。


「今貴方が巻き込まれているこの空間、異界、と私たちは呼んでいるけれど。ここは現実世界に似せた別空間で、これを発生させた奴が異界の展開を解くか無理やりそいつを止めるまで外に出ることは出来ないの」

「異界……誰がこんなことを」


 不安げに言うアゲハに、メリッサは淡々と答える。


「契約者。獣の祖と呼ばれるこの騒動の元凶と手を組んだ人間の仕業よ」

「獣? 契約者?」


 矢継ぎ早に出てくる情報量にアゲハは理解が追い付かず、少々戸惑う。


『ハッハー! 説明が足りないようだなメリッサちゃん』


 またしても愉快な声がメリッサが持つ銃より発せられ、アゲハは思わずびくりと肩を震わせる。 

 メリッサは一瞬だけルーズを睨む。


「ごめんなさいアゲハ。これはルーズ。口うるさいけれど一応私の武器」

「喋るんですね……」


 おずおずとルーズを見るアゲハに、ルーズは『ヒヒヒ』と低く笑う。


『獣ってのはお前達人間が生まれる前に存在していた化け物さ。地下深くに眠っている隙に人間に封印されちまったけどな』

「獣達は、封印はされているけれどある程度力を使って地上に干渉することは出来る。だから地上にいる人間の心の隙に付け込んで力を分け与える代わりに、封印を解く儀式を行わせているのよ。その力を分け与えられた人間を私たちは契約者と呼んでいるの」

「儀式……」


 メリッサが言った最後の単語に反応するアゲハ。

 路地の所々に倒れている亡骸がアゲハの脳裏に写る。


「今、この異界で起こっている事そのものが儀式ということですか?」

「そうよ。契約者が殺めた人間は獣へと転生されてしまう。もちろん獣に殺された人も同じように獣に転生してしまう」


 さらりと説明するメリッサだが、アゲハは気が気でならなかった。

 さきほど襲い掛かってきた人たちが化け物へ変貌していく姿や、それに殺されると自分もあの姿になるという恐怖にアゲハは唇を震わせる。


「じ、じゃあメリッサさんは獣から私達を守ってくれる国か何かの機関なんですね」


 どこか救いを求めるように言うアゲハへ、メリッサは歩みを止めるも、振り返らない。


「残念だけれど、私が所属している組織は政府機関という訳ではないし、私も含めて組織の全員が、人助けで獣と戦っているわけではないの」

「え?」


 メリッサが着ているコートの背中に描かれた、二丁の銃を模した十字架の印が、どことなくアゲハに、メリッサの譲れない感情を表現しているのではないかと錯覚させる。


「私怨で動いてる集団てこと」


 淡々と言うメリッサだが、その言葉の奥に深い憎悪が隠れていることにアゲハはまだ気づかない。



 メリッサとアゲハは慎重に歩き続け、やっとのことで路地裏を抜ける。

 路地を抜けた先は商店街に繋がっていた。

 一直線に並ぶ商店街に沿って道路の頭上には天窓を覆うアーチが建設されている。


 普段のお昼頃であれば日光の煌めきをより強調させてくれるはずが、今では紫色の不穏な空の光を際立たせてしまっている。

 そんな商店街にもやはり獣達に襲われた形跡が残っていた。


 傷ついた店や看板、一般人だったであろう遺体が幾つも倒れていた。

 ここからどう動こうかと考えた時、メリッサは唐突に歩みを止めた。


「どうしたんですか、メリッサさん?」


 突然止まったメリッサに気づいたアゲハは、メリッサがある一点を見ていることに気づき、釣られてその視線の先を追う。

 商店街の通りの真ん中に、人が一人立っていた。


 それはレインコートを着用し、フードの奥からは表情を伺えない。

 元々黄色かったはずのレインコートは誰のかも分からぬ大量の血を浴びており、使い古されているのかコート自体は大分痛んでいた。


 しかし、メリッサはそのコートを着た人物ではなく、その者が持っている武器に警戒の鐘を鳴らした。

 黒い鞘に収められた日本刀。


 血濡れたレインコートと刀、そして異様な風景もあいまって、心なしかその場に吹く風が棘を含んでいるかのようにピリピリと肌を刺す。


「貴方が契約者ね」


 メリッサは握っていた銃を無造作にその人物へと向ける。

 だが、レインコートを被った謎の人物は動じず、ただその場に佇む。

 すると、メリッサの後ろに立っていたアゲハが何かに気づいて口元を手で押さえる。


「あ、あの刀についた紋……」


 アゲハの呟きに反応したメリッサは謎の人物が握っている刀を見る。

 蝶を模した模様と、二枚の羽に鬼の怒りの形相が象られていた。


「蝶流の、紋」


 アゲハは震える声でその紋の正体を言い当てる。

 するとフードの影から男は薄ら笑いを浮かべた。

 瞬間、メリッサの足元を巨大な影が覆う。


『上だ!』


 ルーズが叫ぶと同時、メリッサは咄嗟にアゲハを抱えて横へ飛んだ。

 商店街の天窓を突き破り、二人がいた真上から巨大な物体が落下すると、地面に大きなヒビを作り、土煙が舞う。


 その場に現れたのは赤黒い皮膚と大きな一つ目を携えた鬼だった。

 四メートルほどの大きさの鬼は空間が震えるほどの雄叫びを上げ、フードの男を守るようにメリッサの前に立ちはだかる。


「あ、あれは」


 メリッサに抱きかかえられたままのアゲハがおびえた。

 無理もない、これまでで一番巨大な化物を前にしているのだから。

 メリッサはフードの男と鬼から距離を空け、アゲハを後方へ置く。


「あれは何ですか!」

「あれも獣ね。獣に転生して時間が経つほど、より獣の姿へと深く変化していく。“深化”と呼ばれる現象よ」


 鬼の獣は涎を垂らしてメリッサとアゲハを睨む。

 フードの男は鬼の後ろで右手をかかげると、パチンと指を鳴らした。

 それを合図に鬼が奇声を上げて突進する。

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