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Slinger - スリンガー -  作者: 速水ニキ
第一章 蝶ガ墜散ル刻
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プロローグ

挿絵(By みてみん)

 叫び声、恐怖、命乞い、肉が切り裂かれ、血しぶきが舞う。

 様々な感情と歪な喧騒が町中に鳴り響く。

 その不気味さを物語るかのように空は紫色に染まっていた。

 そんな中、一人の男性が恐怖に駆られながら街中を全力で走る。


「た、助けてくれぇ!」


 体中から汗を吹き出し、男は必死に走るが、後ろから迫る影は逃走を許さない。

 影の正体はおよそ人のそれではなかった。

 人間のように二足歩行で歩いているが、その顔は犬に似ており、むき出しの牙からは大量の涎を垂らしている。


 野生動物のような毛皮を体のあちこちから生やしつつも、耳や肌など、体の随所に人間の体と類似した部位が残っている。

 化け物としか言い表せないそれは男に目掛けて高く跳躍し、鷹の足を思わせる右腕を振り落とす。

 男は路上に倒れ込み、死の恐怖を前にぎゅっと瞼を閉じた。

 その時、空間を震わせるほどの銃撃音が轟き、跳躍していた化け物を宙で弾き飛ばす。


「……な、何だ」


 ゆっくりと顔を上げた男性から少し遠くで、襲い掛かってきた化け物が撃ち落され、体を痙攣させて地面に倒れていた。

 何が起こったのか分からない男の後ろから、コツコツと足音が響く。


 男が振り返ると、そこには少女が一人立っていた。

 金色の長い髪を頭の左右にそれぞれ結い、まるで兎のような印象を思わせる。

 可愛らしい髪型とは対照的に、少女の表情は獲物を狩るライオンのように鋭く、冷徹だった。

 十代後半に見える少女はその細身の腕で持ち上げるには重そうな厳つい銃をぶら下げ、銃口からは薄っすらと硝煙が上っていた。


 暗い緑色のジャケットに、黒を基調としたインナーを着ている様はまるで西部劇に出てくるガンマンのようだ。

 少女は視線と銃口を倒れている化け物に向けながら、地べたに尻餅を付いている男性を横切る。


「どこか近くに身を潜めて。この辺りはあいつで最後だから」


 すれ違いざまに男性に言葉をかけると、男は我に返り、モタつきつつもその場を走り去っていく。


『ケハハ! 良い走りっぷりだな!』


 少女と倒れた化け物しかいない空間に、第三者の笑い声が上がった。

 少女はふぅ、と小さくため息を吐くと、手元の銃をじろりと睨む。


「ルーズ、戦闘中に無駄口を叩くのは止めて」


 声の主、ルーズと呼ばれた喋る銃は『んだよ』と悪態をつく。


『少しくらい良いじゃねぇかよメリッサ! ここ一時間ずーっと戦闘しっぱなしなんだぜ。しかも終始黙ってばっかだったじゃんよ』


 冷静沈着な少女メリッサと陽気で騒がしい銃ルーズという正反対なコンビは、周りで起こっている異常な事態に一切目もくれず、倒れた化け物に近づいていく。

 すると、倒れていた化け物がメリッサに向かって唸るが、跳躍した際に首を撃ち抜かれたからか、ひゅーひゅー、とか細い呼吸音を出す。

 メリッサはそんな化け物の胸元を雑に足で踏むつけ、銃口を向ける。


「早く消えなさい」


 重低音が二発鳴り、容赦なく放たれた弾丸が化け物の息の根を止めた。


「こちらメリッサ。E地点の獣を掃討したわ。そろそろ合流する」


 メリッサは耳に付けていた通信機に手を当て、どこかへと通話を計る。

 すると、メリッサへ無線を繋いだ相手が鬼気迫る様子で叫ぶ。


『メリッサ! 早くその場から離れて私と合流して! 契約者がそっちに向かった!』


 同僚が息を巻いて応答し、メリッサは警戒心を高めると、近くの曲がり角から異様な気配を感じた。

 住宅と住宅の間に細く伸びている小さな路地の奥に、人影が一つ、メリッサに向かって仁王立ちしていた。

 その人影は黄色い合羽を着ているが、フードのせいで顔は一切見えず、合羽は大量の返り血で赤く染まっていた。

 右手には抜身の刀、左手には鞘を持ち、その人影は微動だにすることなく静かにフードの奥からメリッサを見つめる。


『何だあいつの気配、妙な感じだ』


 ルーズはメリッサの手元で神妙に言うと、メリッサは右手で銃を、左手で腿のホルダーに下げていたナイフを取り出し、構える。


「関係ない。獣に関与するものは全て始末する」


 路地奥にいるフードの存在にメリッサは躊躇なく発砲。

 同時に、フードを被った人物が駆け出した。

 およそ人間業と呼び難い軌道を描き、メリッサの弾を全て避ける。


『やべぇ、こいつ、出来るぞメリッサ』


 ルーズの助言に答えず、メリッサは銃撃を止めずにそのまま前進。

 急接近するメリッサと謎の人物。

 月夜に照らされた刀身がメリッサ目掛けて閃き、斬撃に合わせて銃撃がフードの人物へと飛ぶ。


 

 おびただしい数の被害者を出したその日の事件は、メリッサの記憶にも深々と刻まれた。

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