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30年前、僕はあなたに捨てられました

作者: りつき

 僕は、今でも覚えてる……。


 幼かった頃、僕の耳にはいつも優しそうな声が聞こえていた。


「坊やはよい子だ ねんねしな

 この子のかわいさ 限りなさ

 天にのぼれば星の数……」


 これを歌っていた人は、誰なのかは知らない。


 今から30年前、僕は静岡市にあるたんぽぽ養護施設の前に可愛いひよこ柄のおくるみに包まれて、捨てられていたらしい。背中に大きな火傷を負って……。


 たまたま庭掃除をしようと葛城シスターが、外に出た時、門の所で激しく泣いていた僕を見つけ、騒動になったと。


 身元を判明するものは何一つなく、手にしていたのは小さな蛙の人形で、それを外そうとすると盛んに泣いたと、当時施設長が言っていた。


 背中に大きな火傷の跡があると言うことで、なかなか養子の話はなく、僕は高校を卒業するまでその施設にいて、卒業後、学校で紹介されたある企業で働きながら、こうして月に一度、恩返しのつもりで脚長おじさんの真似事をしている。


 そこで、今の彼女・近藤みのりと知り合って、今年の冬にプロポーズをした。



「大丈夫だって! そんなに緊張しなくても」


 みのりのご両親へ、挨拶に行く日。僕は、かなり緊張していた。


 僕に両親がいない事や背中に大きな火傷がある事が、彼女との結婚に支障がないだろうか?と前日から不安しかなかった。


「そうだけど。みのりのお父さんは……」


「パパやママには、一応昔の事は言ってあるし、それでも会ってみたいって、向こうから言ってきたんだよ? もうちょっと、自信持ちなさいって!」


 彼女に何度も背中を叩かれながら、僕は彼女と一緒に近藤家へと向かった。


「ここ、か……」


 みのりのお父さんは、市内に幾つかのビルのオーナーをしながらも流通会社を経営し、自宅もかなり大きかった。


「ほら、さっさと行くわよ」


「あ、うん……」


 胸を張れ!弱いところを見せるな!と何度も思っていても……。


 いざ、こうして目の前にすると……


「原科…くんだったな」


「はい。申し訳ありません」


 挨拶より先に、謝罪の言葉が出てしまう。


「みのり、お前は部屋に戻ってなさい」


「え? なんで?」と不満顔だったけど、母親に付き添われ、リビングを出て行った。


「どうぞ」とお茶を出されたが、頭を下げるのが精一杯。


「きみのことは、みのりから散々聞かされてるよ。まー、頭をあげなさい」


「はい」


 体格は、自分が勤めてる所の社長と似てるが、目付きが怖いと思った。夫人は、少し大人しそうな感じだった。


「きみは、みのりのことをどう思っているんだね」


「僕は……みのりさんと結婚したいと思ってます」


「そうかね。アレは、少し世間知らずなとこもあるからな……。煙草は?」


「吸いません」


「そうか」と短く言い、みのりの父親は卓に乗っていたケースから煙草を取り出し、火をつけた。


「あなたは……、おいくつ?」


「僕、ですか? 今年30になりました」


「そう、30歳に。みのりとは、10歳離れてるのね」


「そう……ですね」


 静まり返ったリビングの中に、軽めな電話の音がし、夫人が出てから父親に変わって、リビングを出て行った。


「あなたは、施設の方から、親御さんの事を聞いたりとかは?」


「聞かされてはいません。持っていた物と背中に酷い火傷を受けていて、今でもケロイド状になってます」


「そう」


 夫人は、そう短く言って、廊下をチラッと見ていた。


「原科さん、ここのアザは昔から?」と夫人は自分の左手の甲を指して聞いてきた。


「はい。これは、火傷とは関係なく、きた時にはあったそうなので……」


「そう。原科さん、あなたは親御さんの事を恨んだりしてるのでしょう?」


 冷め掛けたお茶を飲み干した。


「恨んでないと言えば嘘にはなりますけれど、殺されなくて良かったとは思ってます」


「そう。お茶、淹れ直してきますね」


 夫人は、近藤と入れ違いに出て行った。


「すまんな。家内となんか話せましたか?」


「あ、少し。背中の火傷の事とか……」


「そうでしたか。アレも悲しい女だったから……」


「……。」


 再び、夫人が入ってきた時は、みのりも一緒だった。


「ところで……みのりとの事なんだが……」


「はい」


「具体的な話が決まったら、またきなさい。和美、急に仕事になった。用意を頼む」とリビングを夫人と共に出ていき、みのりと僕は残った。


「だから言ったでしょ? 大丈夫だって」


「うん。俺、てっきりダメだと思ったよ……」



 それから、暫くして、家にみのりの母親が訪ねてきた。


「ごめんなさいね。急に……」


「あ、いえ」


 なぜ、急に訪ねてきたのかわからなかった。


「あの、結婚の事でしょうか?」


「そうじゃ、ないの。あなたが、どんな暮らしをしているのか気になって……」


「お茶でも淹れます」


「ありがとう。ね、この間お話してくれた事なんだけど……」


「話、ですか?」


 ポットのお湯が、急須に注がれる。


「そう、あなたが施設の前に捨てられた時に握ってた、紅白の縞模様の蛙。アレ、まだあったりは……」


「ありますけど、どうしてですか?」


「あ、私ね蛙って縁起物だと思ってて……」


「ありましたね。玄関の所にズラッと……」


「そう! だから、あったら見てみたいなーって」


 お茶を出した後、僕は机の深い引き出しから小さなビニール袋に入れた蛙の人形を見せた。


「そう。これだわ……」


 夫人は、手の平に乗せた蛙の人形をそっと撫でつけていた。


「懐かしい……」


 ?


「あなたが包まれてたおくるみって、黄色の縁取りがされたひよこの?」


 ?


「は…い。あの……」


「ごめんなさい……」


 時が止まった……。


「どうして? あなたは……」


 僕を捨てたんですか?そう聞きたかったのに、声が出ない。


 彼女は、泣いた。


 泣きながら、自分のことや僕を捨てた時の事を話してくれた。


 だが……。


「許してくれとは思ってません。私は、親として最低な事をしました」


「……。」


 みのりの母親は、僕の母親だった。


 僕の母さんは、妻子ある人を好きになり、妊娠出産。当時はまだその男の妻にバレてはいなかったらしく、母さんのアパートに泊まったりの二重生活をしていたが、とうとうその妻にバレ、母さんのアパートで……。気付いた時には、男もいるいなく、ポットの湯をかぶり大火傷をし激しく泣いていた僕を見て、発作的に僕を連れ、施設の前に置き去りにした。一年後、母さんは偶然近所の知り合いにいるところがバレ、父親に連れ戻され、数年軟禁に近い状態の生活をしていたが、強制的に見合いをされ、結婚した。それが、近藤だった。みのりは、近藤との間に出来た子ではなく、近藤の前妻との間に出来た子だと聞かされた。


「それは……」


「あの人には、全て話してあります」


 そういえば、あの時、近藤さんが、アレは悲しい女だからとか言ってた。


「だからと言って……」


 捨てる事なかったじゃないかっ!!!


 僕は、何度も何度も親を憎んだし、恨んだ。でも、シスターからは、憎しみや恨みからは何も生まれないと聞かされて以来、殺されなくて良かったと思うようにした。


「みのりが大きくなって、あなたのことを探そうとあの施設に行ったけど、怖くて中に入れなかった」


「だったら、他にも探す手立てだってあったじゃねーのかっ?! あ?! 興信所なり探偵なり、雇えば良かったじゃねーかっ!!」


「確かにそうかも知れない。でも、怖かった! あの子に知られるのだけは、怖かったの!!」


「今更なんなんだよ! 許せる訳ねーだろーがっ! あんたは、俺を捨てたんだ! 自分の腹を傷めて産んだ子供を捨てたんだよっ!!」



「やめてッ!!」


「……。」


「みのり……」


「お願い! もうママを怒らないでっ!! 私、知ってるもん。ママが本当のお母さんじゃないって。まさか、明紀さんがママの息子ってのは驚いたけど」


「みのり、ごめんね。私、あなたも失うのが怖かったの……。ごめんなさい」


「帰ってくれ! 頼むから、帰ってくれっ!!」と2人追い出すように荒々しくドアを閉めた。


「なんで、今さら? なんで、今なんだよっ!!」


 悲しみも辛みも寂しさも沸々と俺の中を掻き立て、荒れた。


 浴びる程酒を飲み続け、気付いたら……


「坊やはよい子だ ねんねしな

 この子のかわいさ 限りなさ

 天にのぼれば星の数……」


「みのり、か……」


「うん。パパがね、心配だから行ってこいって。ママは、いま家にいるよ」


「そうか。明紀さん、ママのこと恨んでるって言ってたけど、アレ嘘よね?」


「…んで?」


「だって、恨んでたりしたらさ、おくるみもカエルの人形だって、捨ててる筈だもの」


 そうだろうか?


「みのり」


「うん?」


「さっきのもう一回歌ってくれるか?」


 赤ん坊だった俺に母さんが歌ってくれた子守唄。今でも鮮明に覚えてる……。


「甘えん坊ね……」


 母さんの歌い方とは違うけれど、それはそれで優しく俺の耳に届いた。



 それから数ヶ月して、俺はみのりと転勤を機に結婚し、県外へといった。


 みのりは、引っ越してすぐに妊娠し、祥子が生まれた。が……。


「それじゃ、首がしまっちゃうじゃないのぉ」と母親から育児の猛特訓を受けている。祥子もまた、蛙の人形がお気に入りなのか、沐浴時に話そうとすると大泣きするところは、俺と同じだった。

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