転生した元聖女は魔法学校に通うようです
「レイ・ワルキュリスを聖女に任命する!」
「へ?」
魔族との戦争の渦中、齢8歳にして私は国唯一の聖女となった。
時は冥乱14年――
魔王復活に伴い魔族及び魔物が活発化し、世界に混沌の時代が訪れる。数の増えた魔物を冒険者達が駆除しきれなくなり、忍び込む魔族によって罪のない人々が大勢死んだ。
アリストラスの国王トリスは事態を重く捉え、禁断の勇者召喚の儀を行う。そして現代より数人の若者が呼び出された。
その中に私もいた。
「(あと少し早ければなぁ)」
宙を浮きながらひとりごちる。
はい、私絶賛霊体です。
まさか上から鉄骨が落ちてくるとはね。
痛みがなかったのは幸いだけど足元の光に気を取られたから死んだわけで、勇者召喚の儀で死んだと言っても過言じゃないね。
召喚の儀なんてあるくらいで、ここは魔法が使える世界のようだ。世界には魔力が漂い魔法を学ぶ学校もある。生きてたらさぞ心が踊ったろうな。
けど私はもう死んでる。
というか勇者は悠長に学校に通う暇もないか。
召喚された勇者達はどうやら魔王退治に向かわされるらしい。めちゃくちゃ強い炎を出す力とか光の剣とか、現地人に比べ色々才能に溢れてるとかなんとか。
他の勇者に申し訳ないな。
でも幽霊の私にはどうにもできんよ。
「(認知すらされてないよ)」
霊体のまま国内をしばらく漂う。
「(あ……!)」
そこは路地裏だった。
一人の少女が今まさに、絶命した。
首と腕に汚れた包帯。
滲んだ血が黒くなり、化膿している。
「(傷のせいか)」
霊体の私には霊体が見える。
だから彼女の霊体が空へ昇るのが見えた。
息絶えた少女の目は白く濁っていた。
痩せた体に、ボロボロの服。
酷くみすぼらしい格好だった。
私はせめて少女の目を閉じようと手をかざす――と、光が私を包み込み、それは起きた。
「転生、した?」
声が出る。感覚がある。
私は今、この少女の体にいる。
彼女の名前はレイ。
両親の顔も名前も知らない孤児だ。
巡ってくる彼女の数少ない記憶。
そしてこの痛みの原因。
「魔族に襲われたんだね」
この傷はその時のもの。
苦しんで苦しんで、力尽きた。
「魂が入ったからって止まった心臓が動き出すのもどうかと……」
痛い、痛い痛い痛い痛い痛い!!
化膿した部分が酷く痛む。
そりゃそうだよ、この子はこの痛みで――
いやだ。
この子を二度死なせることになる。
治れ、治れ治れ治れ治れ!!
魔法だか魔力だか才能だか知らないけど、そんな力があるってんなら今ここで私に力を貸してくれよ!!
と――その時だった。
私の体が黄色の光に包まれた。
「痛く、ない……?」
痛みが消えていた。包帯を外してみると、傷がしっかりと塞がっていたのだ。
《癒しの光=傷を塞ぐ。痛みを取り除く。生命力を魔力で補填し繋ぎ止める効果》
頭に浮かんできた自分の《能力》
勇者達みたいな戦う力とは違う、癒しの力。
「もっと早くに召喚されていれば」
私は死なずに済んだのかな。
この子は助けられたのかな。
町の東側で大きな爆発が起こった。
逃げ惑う人々、飛び交う悲鳴と怒号。
魔族だ。また魔族に傷付けられる。
こんな悲しい死を繰り返しちゃいけない。
「い、いでえ、よぉ……」
恰幅のいい男性だった。
体をひきづるように路地裏へ座り込む。
肩から激しく出血していた。
私は考えるよりも先に動いた。
私の右手は黄色い光に包まれている。
轟音はもはや聞こえてこなくなっていた。
「お、おい……!」
男性の静止を無視し、傷元に手をかざす。
わかる。力の使い方がわかる。
シュウウと音を立てて塞がってゆく傷。
呆気に取られる男性。痛みも引いたようだった。
近くで響く爆音でハッと我に帰る。
現実に引き戻されたような感覚と、遅れて聞こえてくる人々の悲鳴。
「救護兵はまだか!!」
「おかあさん!! おかあさん!!」
「くそ、いつまでこんなことが――!」
あるじゃん。私にも戦う力が。
魔族を倒す役目は任せた。
その代わり私は私の戦場で精一杯戦うよ。
私は国の人々を治し続けた。
力を使うたび、癒すたび、自分の中の〝器〟が大きく強くなるような感覚もあった。
冒険者達も治した。
魔物の被害が少しずつ減っていく。
兵士達も治した。
国内の魔族の討伐も早くなった。
私の力は万能じゃない。傷を塞ぐだけ、痛みを無くすだけ。腕が千切れてたら生やすことはできないし、失明してたら戻せない。
現状より悪くさせないだけの力だ。
それでも私は治し続けた。
「レイ・ワルキュリスを聖女に任命する!」
一年が経った頃、私は聖女となった。
「いつ終わるんだろ」
がむしゃらに頑張った一年間。
汚い格好だと近付かせてもくれないからと、小綺麗な白い服と貴族っぽい苗字を名乗ってたのもあって、私は人生2回目の王様対談を果たしたのだった。
聖女は国一番の癒やし手に与えられる称号。
早い話が、勇者達の癒しバージョンだ。
「今までは慈善でこれからは義務だね」
案の定、患者の数が圧倒的に増えた。
傷ではなく病を持つ患者も多かったけど、私に病は治せない。そこは《痛みを取り除く》力と《生命力を魔力で補填し繋ぎ止める》力を使ったらとても感謝された。
笑顔になる患者達を仮面越しに眺める。
聖女は顔を晒してはいけないらしい。
清廉潔白とか処女であるとかそういった部分も重視されているようで、現実の聖女と近しい意味合いだとわかる。
「(まただ)」
最近体の調子がおかしい。
魔法を使うと稀にミシとかメコとか、胸の奥から妙な音が鳴る。それでも患者の数は増えるばかりで、休んでなんかいられない。
癒す、食べる、癒す、寝る、癒す。
癒す、癒す、癒す、寝る、癒す、癒す。
勇者達が召喚されて三年が経った。
人類はついに魔王を討ち滅ぼした。
勇者達は英雄となる。
英雄の凱旋だ。ありがとう皆。私ももう少ししたら役目を終えられそうだ。
魔王が死に、魔族が死に、魔物が減る。
そうして怪我人も徐々に減ってゆく。
最後の患者を癒やし終えた後だった――
「あれ」
体から魔力が出てこない。
ホースの途中を踏まれているような、何かが詰まっているような感覚に近い。
「魔力伝達器官が切れています」
「へ?」
魔力伝達器官の断裂。
魔法を酷使しすぎたり、傷によって物理的に切断することもあるという。そして魔力伝達器官が切れてしまうと、体内にある魔力を溜めている器官が使えなくなる。
簡単に言えば、魔法が使えなくなる。
私は魔法が使えなくなったのだった。
レイの体を借りてから4年の月日が流れていた。
「君も勇者達と同じ英雄だ」
国王様からの有難いお言葉を受け、元患者達に感謝されながら、私は聖女としての役目を終えた――そして十分なお金と静かな土地に小さなお家をもらい、畑を耕す日々を過ごしている。
そんなある日。
シチューを啜りながら、私は王宮からの手紙を開けた。
「いまさら魔法学校かぁ」
それは魔法学校への特待生推薦状。
国王直筆のサイン入りという最強アイテム。
気晴らしにどうだってことか。
魔法も使えない私にどうしろと。
いや、研究系になら進めるのかな。
「どんな分野があるんだろ」
魔法学校といえど学部は様々ある。
兵士や冒険者になるための戦闘学部から、現代にもある経済学部、教育学部、法学部、薬学部、医学部などなど幅広い。
医学、医学かぁ。
あえてやりたいことを挙げるとするなら、私が聖女をやっていた頃の〝悩み〟についてかな。
私の魔法は現状より悪くさせない魔法。
失った感覚、部位、形は戻らない。
心の病も治せない。
兵士にとっては勲章になっても、女性にとって顔の傷というのは絶え難い苦しみになる。腕や足を失くして引退した人も多かったなぁ。
たとえば義足や義眼はどうだろう。
主の魔力と連動して動いたり感覚を共有する道具とか作れなくはないんじゃない?
「一番それっぽいのは魔道具学部かな」
戦闘を優位にする武器や防具がほとんどだけど、ここが一番適してそうだ。魔武器と呼ばれる道具は主の魔力に反応して力を発揮するわけだし。
よし。決めた。
「ならこれはいらないっと」
推薦状をぽい。
楽して入学しても勉強してなきゃ絶対躓くもんね!
こうして私は魔道具関連の本を読み漁り、なんとか魔法学校の入試をパス、晴れて魔道具学部に入学することになったのだった。
おまけ
今日は魔法学校の入学式。
魔王の脅威から解放されてから、ちょうど2年が経っていた。
魔王を相手に勇敢に戦った勇者をはじめ、兵士、冒険者達の姿を見て憧れる子供達。世界が平和になったからと入試を許可した親達――そんな背景もあり、生徒応募総数が歴代一番だった今年。
例年に比べ倍率も上がっている。
例年に比べ、かなり振るいにかけられている。
つまり新入生は優秀な者が多いということになる。
多くの生徒が胸を躍らせ校門を通過する中、
新入生を見つめる教師ミゲルは戦慄していた。
「(怪物だ……!)」
彼の見つめる先に一人の少女がいた。
金に近い黄色の髪のごくごく普通の女の子。
皆より身長がちょっぴり小さく、幼い顔立ち。
名前をレイといった。
魔力が空になるまで回復を繰り返し、
休む暇なく魔法を行使し続けた彼女。
伝達器官を断裂してからしっかり体を休めたことで、はじめて魔力で満たされた器。聖女としてがむしゃらに魔法を使い続けた彼女の魔力は、それはそれは恐ろしい数値となっていたのだった。
「魔法学校きた!!!!!」
嬉しそうに叫ぶレイ。
彼女が自分を理解するのはもう少し先のお話――