第4話 王と家臣
第4話です。よろしくお願いします。
「イ……イザベル、さん?」
ノアを命の危機から救ったのは、家臣の少女、イザベル。手に持っていたナイフが灰になり、両手が空いたその瞬間にノアを抱え、エヴァンから距離をとる。
「駆け付けるのが遅くなり申し訳ありません、ノア様。こうなってしまう前に、指輪を付けていただきたかったのです」
「僕、さっき君にひどいことを……」
先程ノアはイザベルに『干渉しないで』と突き放した。その筈なのにイザベルは助けが遅れたのを謝罪し、何事もなかったかのようにノアに接する。
「いくら嫌われようとも、主君を守るのが家臣の役目。私の心は、いつ如何なる時でもノア様のお側に」
少女は最初から覚悟を決めている。主君を守るという覚悟を。最初から、ノアを主君だと認めている。だから指輪を兄ではなく自分に渡そうとしたのだとノアは気付かされた。
「イザベル……よくも邪魔してくれたな」
ゆっくりとノアの方向へ近付いてくるエヴァン。それを見たイザベルは目付きが一変。ノアに接する時とは違う、敵意を露わにした目でエヴァンを睨みつける。
「……よくもノア様のご尊顔に傷を付けてくれたな。懺悔の準備はできているか? エヴァン・アルフォード」
「頭が高いぞ。家臣の分際で、俺に楯突く気か?」
「貴様の家臣になった覚えは無い。私の主は先代と……ノア様だけだ」
敬語で慇懃無礼な態度は鳴りを潜め、厳しい態度でエヴァンと話すイザベル。その態度にエヴァンは眉間に皺を寄せながら憤る。
「世迷言を……そいつは主などでは無ァいッ!! お前の主はこの俺だぁッ!!」
再度ノアに斬りかかるエヴァンをイザベルがナイフでそれを阻止。剣を止められたのは束の間、またもやナイフが黒い灰となってサラサラと草の上に落ちた。
「その剣……貴様、宝物庫から盗み出したな?」
「気付いたか。『魔剣イレイス』。触れたものを灰にして消し去る剣だ。これを使って我が弟を死体もろとも消すつもりだったんだがな」
宝物庫には先代王、スティーブンが所持している武器類、装飾品が数多く保管されている。中には強大な力を秘めた物も少なくない。今エヴァンの手に握られている魔剣もそのうちの1つだ。
「貴様如きが持っていい剣ではない。汚らわしい手で魔剣に触るな」
「弟の為だ。ノア、嬉しかろう? 父上が所持していた剣で殺され、且つ父上が死んだ本当の理由を知って絶望のままに死ねるのだからな! ハハハハハッ!」
勝手に宝物庫の中に入り魔剣を盗み出し、それを弟の為だとエヴァンは一切悪びれずにノアにそう告げた。
「兄上っ……!」
「やはり貴様の仕業だったのか。……下衆が」
イザベルは元々エヴァンのことを良く思っておらず、先代が亡くなったことに何か関係しているのではないかと見ていた。やはり見立てに間違いはなかったようで、しかもその真実を既にノアに伝えたことに対して更に怒りが増す。
「ククッ……良い表情だったぞ? 怒り、苦しみに満ちたあの顔……イザベルにも見せてやりたかったなぁ?」
「……殺す」
エヴァンの悪辣な物言いの数々にイザベルは遂に堪えられなくなり、2本のナイフを取り出してエヴァンに素早く斬り込む。エヴァンの喉元にナイフを突き立てようとするも、魔剣イレイスによって阻まれ、両手に持ったナイフが2本とも塵と化した。その隙を狙い、イザベルの腕を斬ろうとエヴァンは剣を振るう。危機を感じたイザベルはノアがいる方へ後退した。
「ッ……」
エヴァンの攻撃を躱した筈が、衣服を掠っていたようで、着ている制服の左腕の袖がみるみるうちに灰となった。線の細いイザベルの白い腕が剥き出しとなる。
「イザベルさんっ! う、うおおおっ!!」
「なっ……! ノア様!!」
グッと拳を握りしめ、ノアは単身エヴァンに向かっていく。先程殴りかかった時と同じく、真っ直ぐ近付いていく。
「フッ、また考えもなしに向かってきおって。この……」
エヴァンはいかにも舐めてかかるような態度で剣を構える。ノアはすんでのところでエヴァンの顔面の前で拳を止め、勢いよく手を振るう。するとノアの手から黒い灰が放たれ、それがエヴァンの両目に直撃した。
「ぐっ……ああああああっ! 目が……目がァッ! 貴様っ……姑息な真似をォッ!!」
イザベルがエヴァンに向かっていった時、ノアは草の上に落ちていた灰を拾い集めていた。いくら戦闘経験が無いノアでも、人1人の目を眩ませることは容易である。
「よし! イザベルさん!」
エヴァンの視界が眩んでいるうちにと、ノアはイザベルの左手を掴み、全力疾走で今いる位置から遠くの場所を目指した。
「はっ……はっ……イザベルさん、大丈夫?」
先程の位置からだいぶ離れた森の茂みに行き着いた2人は、エヴァンに見つからないよう座って身を潜めている。
「大丈夫です。ですが……私1人では少々分が悪いですね……ノア様、家臣を1人呼び出してください。私ともう1人の家臣の2人でならきっと奴を止められます」
「ど、どうやって……?」
息を切らしながらイザベルにそう聞くと、イザベルは庭でノアに見せた指輪を再度取り出した。
「この指輪は我々『帝都七星』全員が付けています。王の呼び掛けに反応し、王がいる場所に一瞬で移動できる特殊なゲートを生み出せます」
帝都七星。ノアもその単語は元々知っている。スティーブンに忠誠を誓う特に優秀な家臣7人の名称。イザベルは帝都七星の中でも特にスティーブンが目をかけて育成した家臣で、その信頼は非常に厚いものであった。
「でも僕、王じゃないよ?」
「大丈夫です。私を、家臣を信じてください。ここでノア様が死ねば、帝都は終わりです。先代がノア様を選んだ理由を、今一度考えてください。もう貴方様しか……居ないのです」
いくら先代の息子とはいえ、ノアは王ではない。それでも指輪の効力があるのかノアが問うと、イザベルは確信を持って信じろと口にする。
イザベルに言われた通り、ノアはもう1度考える。何故父は自分を選んだのか。エヴァンから聞いた真相を思い出しながら考えてみると、自ずとその疑問の答えが出てきた。父は長男のエヴァンが『力』に魅入られていることを知っていて、エヴァンにはリグルシアを任せられないと思ったから。だとすれば、同じく直系血族の次男であるノアを選ぶのが自然だ。ノアは父が聡明な人物、そして先のことをよく見る人物であるということも思い出す。それならば、『そんな父がわざわざ王の見込みが無い人物を選ぶ筈はない』という結論に至った。自分を選んだことに何か理由があるに違いない。ノアはそう解釈することができた。
「私の手元にあるナイフはもう残り1本。奴が来るのも時間の問題。ノア様の行動に、全てが掛かっています。主君の為に死なば本望ですが……私はノア様に死んでほしくありません。先代の意志を継ぎ、貴方様が帝都リグルシアを支える王となるのです」
「僕が……父上の意志を……」
「もう1度言います。私はノア様を信じています。ですからノア様も、私達を信じてください。先代が望んだ存在は……貴方様なのですから」
ノアの眼を真っ直ぐ見据えてイザベルはそう伝える。イザベルの帝都を想う気持ち、自分を信じる気持ちがひしひしと伝わってくる。ノアは、父がもし自分とまったく同じ立場になった時にどうするかを考えた。すると、森に急な突風が吹き荒れ、周囲の木や草が灰となって消えた。風が吹いた方角を見ると、右眼を手で抑えながら歩くエヴァンが居た。
「ノアぁぁぁぁ……よくも、よくもよくもよくも! やってくれたなァ!! 殺してやる、殺してやる……殺してやるゥゥ!!」
実の弟に一泡吹かされたエヴァンは常軌を逸した言動となっていた。ノアを殺すことしか眼中にないと言った有様であった。
「たしかに王になるのは怖い。不安だし……けど、兄上がリグルシアの王になるのは絶対に嫌だ! それに、もし父上が僕と同じ立場だったら……帝都を、家臣を裏切るようなこと、しないと思うから!!」
「ノア様……! その言葉を待ち望んでいました」
自分とイザベルが窮地に立たされたところで、ノアの意思が固まった。今はただ、兄であるエヴァンを止める。ここで死んだら全てが終わる。それならば、終わらせない道を歩むのが最善だとノアは判断した。
「イザベルさん、僕に……指輪を!」
「承知しました。……我が主」
ノアに対しての呼び名が様付けから『我が主』に変わり、イザベルはノアの左手の中指にそっと指輪を嵌めた。
「私が時間を稼ぎます。我が主はその間に家臣を」
「うん。やってみる」
イザベルはナイフを取り出し、瞬間移動と見紛う程の高速移動でエヴァンに近付き、交戦する。魔剣イレイスの刃にナイフが触れないように細心の注意を払いつつ腕を振るい、機を伺う。その間、ノアは目を閉じ、両手を重ねて指輪に念を送る。頭に浮かべたことは『兄を止めたい』という想い、心の中ではただ只管に家臣に助けを求める旨を連呼する。
その数秒後、ノアが身に付けている指輪の宝石が発光。宝石を介して魔法陣が形成され、王宮の制服を身に纏った長身の女性が飛び出してきた。
「帝都七星、クロエ。ここに参上致しました。『助けて』って声が何度も聞こえて来てみたら、その声の主が先代の息子とはね。驚いたよ」
「ほ、ほんとに……来てくれた……」
発光が収まった指輪を見ながらノアは手を震わせる。
「先代から話は何度も聞いてる。よろしく、ノア君……いや、王サマ」
「よ、よろしくお願いしま、す?」
クロエと名乗った青い長髪の少女は気さくにノアに話しかけ、微笑んだ。ノアはあまりの馴染みの早さに困惑しつつ、イザベルとエヴァンの方に視線を戻した。
「急で申し訳ないんですが、お願い事があります。良いですか?」
「ああ。なんなりと」
「今、イザベルさんが僕の兄のエヴァンと戦っています。兄上は魔剣イレイスを持ってて、イザベルさんの力だけでは兄上を止められないんです」
「ふむ。魔剣イレイスか。それはまた厄介だね」
手を顎に当てながらクロエはノアの言葉と共に状況を分析する。
「だから……イザベルさんと共に、兄上を止めてもらえませんかっ……!?」
ノアはクロエにそう頼むと、クロエは優しい笑みを浮かべながら、ノアの肩をポン、と叩く。
「……仰せのままに。ボクに任せてくれ、王サマ」
クロエは腰に帯びた長剣を引き抜き、イザベルを上回る速度でエヴァンに接近する。
「イザベル! 助けに来たよ!」
「クロエ。呼び出すことができたのですね……我が主」
「新しい王、随分可愛らしいじゃないか。思わず襲ってしまいそうになったよ」
「エヴァン・アルフォードより先に貴様を斬ってやろうか……?」
交戦中であるにも関わらずクロエの軽口に目くじらを立てるイザベル。その返答にクロエは笑いつつ、エヴァンの斬撃を回避する。
「アハハッ。怖い怖い。でもまずは、長男を止めなければね。それが主君の命令、だろ?」
「ああ。貴様に言われるまでもない。行くぞ」
「了解した。ボクは左に回り込もう」
「次から次へとォ……俺の邪魔をするなァァァァァ!!」
凄まじい叫び声を上げるエヴァンに物怖じせずにクロエは距離を詰め、長剣を振るう。流麗な動きでエヴァンを翻弄し、魔剣イレイスの攻撃を全て躱しながら隙を作っている。数分の交戦が続いた後、業を煮やしたエヴァンが再度叫ぶ。
「こうなったら……全員まとめて殺してやるッ……殺す……俺が殺すゥゥゥゥ!!」
「残念だが、それは無理なお話だ」
「何だと?」
「何故なら……右が、ガラ空きだよ」
今のエヴァンは、ノアにかけられた黒い灰の影響で右目が殆ど見えていない状態であった。クロエはそれを見抜いた上で敢えて左側に攻撃を集中させ、右側の注意力を欠かせていたのだ。
エヴァンが気付いた時にはもう……遅い。不意に姿を現し飛び上がったイザベルが、エヴァンの顔面に強烈な蹴りを喰らわせた。
予想だにしない不意打ちにより、エヴァンは白目を剥きながらその場に倒れ込んだ。
信じる者は救われる