09
「――そう、そのまま1つキツめに腹帯を固定して…鐙の長さも穴ひとつ分短くしてみて」
「うわっ…と!」
天気にも恵まれているので洗濯や観賞用の庭から離れた畑の畝の近くで鞍の点検をさせている。
通常の馬装はもちろん馬に乗ったまま点検くらい出来ないと長旅に送り出すのも不安だ。
グロスひとりで馬の世話を一通りし、鞍をつけ乗馬をさせながら少し離れたところから指示を飛ばす。
鞍の点検は乗ったままやるのは初心者ではなかなか難しい。
もたつき嫌がる馬を眺めながら畑を耕し、次になに植えようかなぁと配達で得た種を思い浮かべる。
「サンの村の村長さんは優しいねぇ」
「そう?」
10日程度で最低限を仕込んで合格スタンプ押して後は知らんとポイっとさよならするだけの簡単なお仕事。
そう、仕事なのだ。
村から外へと、ひと1人送り出せばその分の補助金も毎月入ってくる、めっちゃくちゃ簡単なお仕事。
普通の村と違ってここは見ず知らずの人間が落ちてくるから情も何もあったもんじゃないし貧しい村みたいに身内を売るようなドナドナ気分にもならない。
この人里離れた森で暮らすには不定期に降ってくるチャンスをしっかり現金化できる、ありがたーいシステムである。
養うべき人間はおらず、すでに不労所得で値段を見ずにちょっとした贅沢品でも買物が出来るような、まぁまぁの金持ちになってしまった。
多分このままいけばそこらの領主よりも金持ちになってしまう。どうしよう。
「落ちてもふっかふかの土に、馬と旅の装備一式、しかもあの中に職人見習いの初任給くらいの現金も入ってるよね?」
「3ヶ月で回収できるくらいの特典はいくら私でもつけるわよ」
即死亡!なんてことになったらちょっとしたお見舞い金で終わりじゃない。
出世はしなくてもいいから細々とでも是非長生きしていただきたい。
「いやいやいやいや、普通はさ3日分の食料と安宿1泊分くらいのお金で出て行かせるからね?」
「それは元々ここで暮らす人たちだからでしょ」
「いや田舎者にとっては村から外は異世界!っていう状態なのは一緒だからね?」
「まぁヨソはヨソってやつよ、じゃあそろそろ襲ってきてちょうだい」
少し重い、刃を潰した剣に目を向ける。
「えぇ~、今日は配達だけって書いてなかったぁ?」
「便利屋でしょ、つべこべ言わずに迷える若人の希望を打ち砕いて!安定した職に就けるように!」
「ええ~面倒くさいーー!」
「今夜はオムライスにしようかしらね?ペンタ」
「わふっ」
「チーズイン!チーズインでお願いします!!!」
「じゃあ行ってこーい!便利屋マミヤ!!」
あ、ペンタも走って行っちゃった。
1人と1匹の襲撃でも落馬せず逃げ切れたなら、とりあえず追い出しても大丈夫な最低限だろう。
その後どんな困難があろうが美人局に身包み剥がされるようなことがあっても自己責任だ。
ここは戻ってこれる故郷に成り得ないと意識づけられたらそれで終わり。
「ま、チュートリアルの村に青い鳥は居ないってね」