06
グロスくん視点。
最後の一瞬だけ覚えている。
「あ」
これはヤバい、そう思った時にはもう暗転していた。
まさか、平和だ安全だと言われまくっていた日本で、銃弾に眉間を貫かれて死ぬとは思わないじゃないか。
前日に警官が公衆便所に置き引きにあったなんて…流れていたニュースだって、隣町なことに「へー」としか思わなかったし、それより同年代アイドルのグループからの卒業のほうがよっぽど身近なニュースだった。
学校帰りに立ち寄ったコンビニの裏手からヘンな声がすると思って覗いてみたら、女の人が襲われていた。
「マジかよ!」と思ったけれど「もしかして企画モノ?」とも思ってしまった思春期男子の気持ちも分かって欲しい。
さんざん動画で見たリアリティのない作り物のようなベタな犯罪現場だったのがいけない。
通報するのを躊躇して生唾を飲み込めば、射るように刺さる視線。
「助けて!!!!」
そう叫ばれた瞬間、女の人を押さえていた手を外し、血走った目で素早くトリガーを引かれた。
「あー…思い出した、ツイてねぇ」
ったく、どこのプロだよ、銃社会の人間でも狙ったって眉間なんか当たらないんじゃなかったのか?
つーか置き引きに合うなよ、税金ドロボー。俺の命返せ。
「帰してあげたいのは山々なんだけどねぇ…ってなんで山じゃないとダメなんだろうね?海々でもいいと思うんだけどどう思う?」
「あ!?」
びっくりした!暗闇の中、急にぼんやりとした光を纏った、隣にしゃがんで頬杖ついてうーんと唸っている子どもが現れた。
「やっぱり山のほうが生きやすいからかな?」
「俺に聞かれても…」
「いや、君に聞かないと意味ないもん。山と海ならどっちで人生やり直したい?」
何だその2択。
やり直すも何も死んだんじゃないのか?
「このままリサイクルされるのはもったいないなーと思って僕が輪廻の輪から拾っちゃった」
「話さなくても聞こえてんのかよ…」
「まー細かいこと気にしないで、気軽に生まれ直しちゃってよ」
「気軽に…って」
部活が終わって買い食いして、家に帰ったら風呂入って母さんとくっだらないバラエティでも見て飯食って、さぁ寝るかって段階で洗濯物出し忘れてたのを慌てて出して怒られるっていう…、いつもの、どこにでもあるような毎日を、全部…全部失ったってことだろ?嘘だろ?全然実感なんてないのに。
気軽にリセット、やり直せって、俺の人生そんな簡単なもんだったのか。
――確かにノーベル賞を獲るだとか、国民栄誉賞を獲るだとか、そんな大層な人生を送る予定もなかったけど。
「言っとくけど、僕と会えるだけでラッキーなんだからね?安全なところに落としてあげられるんだから」
「落とす?」
「あーー、ちょーーーっっとお尻に痣が出来るくらいだけど、ホラ!産み落とす母親がいない分、その母親の分の痛みが生まれる側にあるだけだと思って」
焦っているような子どもの姿がぼやけて歪み始める。
船酔いでもここまで酷くはならないだろう、というくらいに気持ち悪い。
「ホラ!早く決めて!山か海か!セクシーなのキュートなのどっちが好きなの!?」
そんなもん決まってるだろ。
16歳男子が選ぶのは1択。
ぐるぐると視界が揺れて歪んで少しの浮遊感の後、ものすごい勢いで落ちていく感覚と、重力に吸い付かれ地に叩きつけられる感覚で血を吐きそうになりつつ肺に息を吸い込む。
あいつ…なーにが尻に痣が出来るくらい、だ!ヒビくらい入ってそうに痛ぇぞ!!
あまりの痛みに転がり身を縮めて耐えていたら黒い影が後ろから伸びて近づいてきた。
首を後ろに逸らしてみれば、逆行でシルエットしか見えない。
「あーあ、また畑ダメにしてくれやがったわね」
シルエットしか見えない、が。
どうやら望み通りになったらしい。
ちゃんと顔を見たいと起き上がろうとして痛みが走る。
「痛ッッッ…!!!…悪ぃ…?」
太陽の下、目が慣れてくるとテレビや雑誌でしか見たことの無いような、背景の自然が全く似合いもしない妖艶な美女がそこに居た。