04
「じゃ、まず名前を決めなきゃねぇ」
食事が済んだのを見計らってお茶を出し、食器を下げる。
上げ膳据え膳が居心地悪いのか、椅子を立とうとしたのを片手で制止し、金庫のダイヤルを回す。
まぁ別に盗りに来る人間も居なければ私は別に盗られてもいいんだけど。
中から取り出したのは銀色に鈍く光るチップが埋め込まれたカード。
あちらと違って再発行不可で、本来なら生まれてすぐ病院で発行されるか、産婆と共に母親が役所で受け取る、こちらの世界のマイナンバーカードだ。
「学生服着てるし…このへんの年齢、で…男…あー、以外と減ってるし…マミヤに発注しなきゃなぁ」
テーブルに座る青少年の前にカードを5枚並べる。
「これが貴方の身分証明書になります。好きなの選んでチップのところに血か唾液、…なんでもいいから貴方のDNAを刻んでちょうだい」
「だえき…」
「カードに刻まれているのは名前と年齢、出身地と出生を認めた村長の名ね」
「そんちょう…?」
そう呟いて窓の外を眺めている。
うん、異論は認めよう、窓の外に広がる森に民家はポツンとここ1軒。
「一応200人未満の村ってことになってるの、―――違和感あるかもしれないけれど文字も読めるでしょう?」
漢字やひらがなのような形が一切ない、流れる線のような文字。
似ているものを挙げるなら…一般人には無縁の議事録の速記だろうか。
読み書きと言語はあっちとは全くの別物。
だからひとまずはと、私も気をつけて今は日本語で話している。
何故なら補正が掛かり過ぎると圧が掛かり過ぎて慣れないうちは頭痛と眩暈に悩まされることになる。
それは気密性の高いクリーンルームに居続けて体調を崩すように、それは慣れない高山で走って罹患するような高山病のように。
読み書きだけじゃなく言葉まで急に補正が掛かれば短時間で疲労は溜まってしまう。
1つ1つクリアしていくまどろっこしいチュートリアルが必要なのは、心も身体も慣らしが必要だからだ。
スキップしたがるような命知らずのバカも居るには居るらしいけど、私はお目にかかったことがない。
「コロル…コンセル…グロス…デルノ…ロイス…はは、見事に掠りもしねぇ」
「まぁ元の名前に執着があるなら、どこかで仕官して身を立てないと無理よ」
この国なら、まぁ比較的穏やかに中央に入り込むことは可能だと思う。
私たちみたいな転生者を捕まえて上手く転がしているんだから。
「いや、いい、これくらい違うほうが未練も無くせる気がする」
甘いなぁ、なんて言いそうになるが堪える。
この家で、私が使う寝室以外からは排除しているものがある。
きっとこの先、変わらぬ姿を鏡を見る度に、今までの常識とかけ離れたものや人と接する度に未練は募る。
なぜ、どうしてと嘆いても、それが報われることは一生ない。
「てか年齢の幅広くないっすか?」
「タダで手に入るモノに文句を言うんじゃない」
制服着て落ちて来たんだから…一応見た目年齢を裏切らない年を選んだつもりだ。
それにどの町へ出ても「田舎から出てきた世間を知らずだし仕方ないな」と言ってもらえるように。
コロル26歳、コンセル14歳、グロス38歳、デルノ19歳、ロイス21歳。
「年齢的にデルノとロイスの2択か…」
「アルデバランの成人は18歳からだからどっち選んでもお酒飲めるけど、無償の職業訓練場を使えるのは18歳までだからタダで学校行きたければコンセル1択よ」
「えぇ…」
「あと30過ぎたら家も購入できるわよ。あ、基本貴族じゃなきゃ賃貸のほうがメリット高いけど」
「じゃあ3択でいいか…どうすっかな…」
「いいの?ピノ…いわゆるビザの発行許可に年齢制限があるんだけど国外に渡航できるようになるのが、この国だと基本的に30歳からなのよ」
「?」
「ここはソンブレイユ大陸の東側なんだけどね?西の果てにある国だと米も味噌もあるわよ、もどきじゃなくて、コシヒカリにササニシキはもちろん、ゆめぴりか、ななつぼし、選び放題」
「!!!???」
「ピノは30歳以下の平民にはまず下りることがないからコンセルだと16年以上先になるわよぉ~~」
「4択!!!!」
テーブルに拳を叩きつけ、恨むような目でカードを睨みつける食べ盛りの青少年。
郷愁に囚われて動けなくなるよりも頭を空っぽにして、なるようになると開き直って生きたほうがいい。
「あっはっはー、悩め悩め。でも明日までしか待たないからね」