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六十四ページ目

 満点の星空を見たとき、人はその光景を『星が降ってきそう』などと表現するが、本当に降ってくる星を見ながらその台詞を言った人物は恐らくいないであろう。だが、せっかくその第一号になれそうな機会に巡り会ったとしても、残念ながらそんな余裕はないことが分かった。なにせ、空から降ってくるのは人一人など簡単に下敷きにできるほどの巨大な岩塊だ。五月雨のごとく降りしきる流星群を前にしてできることなど、何か頑丈なものの中に隠れるか、襲い来る星々を必死に避けるかのどちらかだけだ。


 ここに辿り着くまでに乗ってきた【メイコツ汽車】も、さすがに隕石の豪雨の中走り続けるのは難しい。

 汽車の中で"火雨"をやり過ごした後、車掌の頭部に"岩雨"という言葉が表示されたかと思うと、【メイコツ汽車】は急に走行を止めてしまった。そのときは故障でも起きたのかと心配したが、おそらく車掌は"岩雨"という現象の危険性を踏まえ、これ以上の走行が不可能であると判断したのだろう。今は【瘴気愛す夢死姫(パラモセス)】の結界と【樹衣の鬼猿代(カラネルソー)】が作り出した樹木の大盾に守られながら少しずつ進んではいるが、いつその防御を突き破って岩が襲いかかってきやしないかと、身体の前に肝が潰れてしまいそうな具合だ。

 それは同行している兵士たちも一緒なようで、彼らも我がコレクションによる"傘"の中に入ってはいるものの、いつ何が起きても対応できるように常に臨戦態勢だ。


 だが、空からひっきりなしに岩が落ちてくるとは、一体どういう天気なのだろうか。透明な【瘴気愛す夢死姫(パラモセス)】の結界を透かして上を見上げてみれば、空は分厚い茶色の雲に覆われている。まさか、普通の雨が雨雲の中で形成されるように、この降りしきる岩もあの雲の中で作られている、とでも言うのか。雲から次々と頭を出す岩を見ていると全くもってその通りな気もしてくるが、もしそれが真実ならばこれまで目にしてきた魔境での現象の中でも、"巡りし平丘"のそれはとびっきり突拍子もないということになる。

 試しに地面に落ちた後の岩を回収してみるが、どこで生成されているにしろ、やはりこの岩自体も魔境特有のものであるらしい。


――――――――――

【浮雲の隕石岩】

分類:鉱石・岩石

詳細:”巡りし平丘”内の特異な環境でのみ生成される岩石。環境に応じて質量を変化させる特性があり、加工は難しいが希少な武器にも利用される。

――――――――――


 いくら岩の豪雨の中を進み続けても、茶色の雲が途切れることはない。しかも、この辺りでは戦闘が行われていないのか、はたまた降りしきる岩の下敷きになってしまったのか、敵の残骸すら見つからなくなってしまい、進み甲斐がないことこの上ない。

 せめて岩以外の何かが降ってこないものか、そう願って空を見上げると、落ちてくる岩の中に銀色に光る何かが混ざっていることに気づいた。みるみる内に大きくなっていくそれは、岩と変わらない速度で落下してくると、けたたましい衝突音と共に【瘴気愛す夢死姫(パラモセス)】の結界に激突した。岩を上回る重量だったのか、激突の負荷により結界が一瞬だけ明滅したが、なんとか堪えたようだ。

 結界に弾かれて地面へと墜落した金属塊は、バラバラと部品を飛ばしながらも地面の上でのたうち回る。

信じがたいことに、空から降ってきたのは狼を模したかのような一体の機獣だった。結界の向こうの機獣はなんとかからだを起こそうと悶えているが、その前に降ってきた岩によりただの残骸に変わってしまう。

 言葉もないまま機獣の末路を見届けてしまったが、その一体を皮切りに次々と空から機獣や肉獣が降ってくる。ほとんどの獣たちは落下の衝撃に耐えきれず地面から立ち上がることもできないようだったが、時折獲物に牙を剥こうとするかのように、あるいは助けを求めるように結界ににじり寄る獣もいた。

 一体か二体の魔物がそうして近づいてくるだけならば、遠距離から攻撃を加えるだけで簡単に倒すことができる。だが、それが次から次に落下してくる魔物の群れとなれば話は別だ。落下してくる魔物たちは次第に数を増していき、やがて全ての岩ととって代わり、空一面を覆いながら大地へと降り注ぐ。

 それはまさに地獄のような光景だ。魔物とはいえ意思がある生物たちが、意味もわからぬまま地面に叩きつけられ、その命を散らしていくのである。肉がつぶれる音、あるいは金属の部品が破砕する音が、雨音の代わりに周囲に響き渡る。時間が経つごとに魔物の残骸が地面にうずたかく積みあがっていく反面、どうやらそれにより落下の衝撃が和らいでいるらしい。当初より多くの機獣や肉獣が生き残り、何が憎いのか迷いもせずにこちらへと襲い掛かってくる。

 現状、防御自体はできているが、上空からの魔物の落下はまだ続いているため、あまり結界に負荷をかけたくもない。そのため、結界のふちに自動人形たちを配置し、そこから襲い来る魔物たちを撃退することにした。兵士たちとも協力しながら結界の向こうの敵を駆逐していくが、数は多いもののほとんどの個体は落下の衝撃で小さくない損傷を抱えているため、撃破自体はさして難しいことではない。ただ、問題になってくるのは刻一刻と量が増えていく魔物の残骸の山だ。

 すでに見える範囲の大地は隙間なく残骸が敷き詰められており、戦闘はおろか普通に進むだけでも怪我をしかねない状態だ。身の安全だけを考えるのならばここで立ち止まり敵の迎撃に専念したいところだが、視線を上にあげてみれば岩雨の時に空を支配していた茶色の雲はいつの間にかなくなり、今は青白い怪しい光を放つ積乱雲が頭上に立ち込めている。見る限りでは、その雲から魔物たちは落下してきているようだが、青白い雲は大きいものの広がる範囲としてはそれほどでもない。諦めずに歩き続ければ、時間はかかれども雲の下からは逃れられそうだ。

 そのため、戦闘はいったん兵士と自動人形に任せ、行く手を切り開くことに注力することにする。【流伝する宝水体】と【変錆させる腐り血】、そしてほかのいくつかの物品を材料として生成した【律流の輝紅水】を傍に浮かばせ、さらに広い範囲から素材を回収することができる【幽融の奇双男(ゴゾリアオ)】や【垂涎する食箱】を総動員して進行方向に横たわる残骸を片っ端から回収していく。

 【律流の輝紅水】は【変錆させる腐り血】によく似た、赤くきらめく水に包まれた手のひら大の水晶玉だ。水晶の中には青色と赤色の液体が渦巻いており、持ち手の意思により二種類の液体を自由に操作することができる。赤い液体は【変錆させる腐り血】と同じ効果を持ち、触れたものを自由に腐食させることができる一方で、青い液体を触手や壁のような形状に変化させ、操作することもできる。

 水が届く範囲はかなり広く、さらに水が触れている物品であれば全書での回収も可能だ。最初こそ水の操作に慣れておらず効率が悪かったが、慣れてしまえば一度全書を起動するだけで目の前にそびえる山のような残骸が一瞬で消え去る。

 そうして微々たる速度ではあるが先に進んでいると、風にでも吹かれたのか、雲が急速に後ろへと流れだした。雲の中心点から離れるごとに、降り注ぐ魔物の数は減っていき、頭上から日の光が差したころ、ようやく魔物の雨は止まる。


 これで小休止できると一息ついた矢先、次は足元に異変が起きる。突然心なしか身体が軽くなったと思うと、地面から沸き立つように雫が現れ、それが空に向かって打ちあがる。下から顔を打つ雫を手でよけながら行く先を見据えてみると、ここからしばらくはこの”逆さ雨”の中を進んでいく必要があるようだ。

 しばらく続いていた厄介な雨たちとは違い、逆さ雨には特に有害な物質が含まれていたりはしないようだ。雨と一緒に浮き上がってくる砂利が少々うっとおしいものの、丈が短い草が広がる草原から雨が浮き上がるさまは、この世離れした幻妖な景色を作り出している。打ちあがる雫に陽光がきらめき、やがて上空に達した水は重力に引かれ、普通の雨のように地面へと落下してくるようだ。そのせいで感じる雨量は実際の二倍近いが、雨雲があるわけでなく太陽を遮るものは何もないので、天然のシャワーを浴びているかのような爽快な気持ちさえしてくる。

 向かうべき方向には壁のようにも見える山脈がそびえているが、妙なことにあれほどの大きな山々にもかかわらず全く見覚えがない。突然現れたかのような不穏な山を眺めていると、心なしか山脈が徐々にその高さを増していっているように見えてくる。まさか山が成長しているとでもいうのかと突拍子もない考えが頭をよぎるが、しばしの観察の後、事実はより突拍子もなかったことが判明した。

 どうやら今見えている山脈は、少しずつだがこちらへと近づいてきているらしい。見晴らしがよく目印となるものがないので遠近感が分かりづらいが、山に見える巨大な何かは確実にこちらとの距離を縮めてきている。速度は遅いものの、このままここにいれば確実にあの山に飲み込まれてしまうだろう。

 イーデンたちもそのことに気づいたらしく俄かに騒ぎ始めるが、果たしてあの山はどのように対応したものか。進行方向から避けようにも山のすそ野は広く、歩いて移動していては間に合わなさそうだ。また【メイコツ汽車】を使ってもいいのだが、不意のトラブルや未知の現象にまた襲われないとも限らないので身軽なままでいたいという思いもある。

 とにかくこのままじっとしていてはまずそうなので、さっそく行動に移るとしよう。まだまだ目的としている魔境の最奥は遠い。あの程度の壁で足を止めるわけにはいかないのだ。

【メイコツ汽車】:六十一ページ目初登場

瘴気愛す夢死姫(パラモセス)】:異譚~カシーネの歓喜~初登場

樹衣の鬼猿代(カラネルソー)】:三十四ページ目初登場

【流伝する宝水体】:二十五ページ目初登場

【変錆させる腐り血】:六十一ページ目初登場

幽融の奇双男(ゴゾリアオ)】:異譚~カシーネの歓喜~初登場

【垂涎する食箱】:三十九ページ目初登場


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