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六十三ページ目

 "巡りし平丘"に入ってから生成した【メイコツ汽車】は、重々しい金属のパーツを組み合わせて作られた動く要塞のような頑強な汽車だ。どういう原理か鉄路もないのに平然と走行を続ける汽車は、時折外から加えられる攻撃をものともせず、なだらかな丘をその斜面に沿って進み続けている。

 内部の空間は【星鳴の風車】のように拡張されており、外から見ても大きい汽車はそれ以上の広い容積を有していた。さらに外からの振動もかなり緩和されているようで、丘に沿って上下しているはずの汽車の中は、優雅に茶をすすれるほどに静かだ。


 そしてそんな快適な車内にいるにも拘らず、同乗者であるイーデンとヒルダの表情は実に暗い。グリッサムで購入した精神を落ち着ける効能がある【アネーナ茶】を出してやったのだが、ほとんど口をつけることもなく陰鬱な面持ちを崩すことすらない。彼らの前に用意されたテーブルに二つのティーカップを置いたリエッタも、不思議そうに二人を見ながら茶と菓子に舌鼓を打っている。

 汽車の中には簡単な調理設備も設置しており、そこでは【骨人形(スケルトン)調理師(コック)】が軽食を作るために腕を振るっている。食事にも話し相手にも困らない状況なわけだが、彼らはいったい何が気に入らないのだろうか。


 そもそも、こうして二人が汽車に乗っているのも、もとは彼らが言い出したとある提案のためだ。ヒルダの懇願(その時は彼女の名前を思い出すことはできていなかったが)に応えて、イーデンが率いていた部隊を救出してからしばらく後、彼らが率いるグレルゾーラ軍はひとつの選択を迫られていた。【メイコツ汽車】による移動は外敵の攻撃に煩わされることもない優れた移動手段なのだが、その分、乗ったまま素材の収集や生存兵の救出を行うことはほぼ不可能だ。そのため、回収班として割り当てた兵士や自動人形たちには、収集品を持って【メイコツ汽車】の後を追ってくるように指示していたのだが、それにより救出された生存兵が予想以上に多かったのである。

 数だけで言えば予想される生存者の人数に達したようだったので、救出班の成果としては上々といったところだろう。そのため、部隊はその場で踵を返して帰還するのかと思いきや、どうやらそうもいかない事情があるらしい。

 というのも、まだ彼らは先発部隊の長に当たる人物を発見できておらず、そしてその人物を回収(・・)することこそ、彼らに課せられた最大の任務なのだという。だが、まだ任務も半ばであるにも拘わらず、イーデンはこれ以上魔境の奥に進むべきか大いに悩んでいた。その要因はひとえにここまでの道中で被ってきた救出部隊の損害が大きすぎることだ。今いる場所は、進行度でいうとまだ広大な魔境の半分にも達していない。それに反して、部隊の戦力は当初と比べればかなり目減りしており、それと反比例するように守るべき怪我人の数は増えている。この状況で、より肉獣や機獣の攻撃が苛烈になると思われる魔境の奥地に進むのはどう考えても無茶だったのである。

 これ以上進んでも被害をいたずらに増やすだけで、望める戦果は少ない。かといってここで踵を返して国へ戻るわけにもいかない、というジレンマに悩んでいたイーデンは、苦しみながらもある答えを捻り出した。


 それが、部隊の中から選び抜いた少数精鋭だけを連れて魔境の奥へと進む、というものだった。部隊の大多数と怪我人はここまで乗ってきた魔導戦車、【グレルドーラ軍式魔導機装車】に詰め込み、出来るだけ敵を避けながら帰還の途につく。そしてイーデンたちも敵を避けつつ奥へと進み、目的の部隊長を見つけ次第、魔境を離脱する。作戦と呼ぶのも憚れるような策だが、それが彼らが今とれる最良の手段であるらしい。

 彼らが魔境へと持ち込んだ戦車は当初十台あったらしいが、度重なる激戦により走行可能な台数は七台にまで減っていた。その内の一台はイーデンたちが移動するための足とし、残った六台に千人近い兵士を搭乗させることになる。【グレルドーラ軍式魔導機装車】も例に漏れず内部空間の拡張が行われているようだが、それを踏まえてもさすがにこの人数は許容量を越えているだろう。乗員のなかには怪我人も多く含まれるため、一刻も早く治療を行える場所まで移動する必要があり、搭乗を終えた兵士たちは別れの言葉を交わすのも惜しいと言わんばかりにすぐにその場を去っていった。


 そして、残されたイーデンとヒルダ、さらに生体装甲と呼ばれる【ファイネ式試作夜叉鎧・雷型】という名の兵器を纏った五名の精鋭兵士も戦車に乗り込んですぐに移動を開始する、かと思いきや、そうはならなかった。なんと彼らは、ふてぶてしいことに【メイコツ汽車】に自分達を乗せろと言ってきたのだ。

 すでにかなりの時が経っているが、彼ら、特にイーデンとヒルダが"轟く鉄滝"でした仕打ちは忘れていない。あのせいでこちらは数回の命の危機を味わうことになったのだ。確かに"轟く鉄滝"では有用な物品を収集することもできたが、それはそれ、である。過去の行いについての謝罪をするどころか、高圧的に協力を強いるなど言語道断。こちらとしては彼らを助ける義理など欠片もない。


 そういうわけで彼らとはここで別れて先に進もうと思ったのだが、堪りかねたヒルダと五人の兵士たちが、謝罪を述べながら取引を持ちかけてきた。話を要約すると、こちらが望む物品を譲るから、少しの間だけ協力してくれ、ということだ。確かに彼らは今だ手に入れていない貴重な物品を持っているのだが、そもそもここまでヒルダを【メイコツ汽車】に乗せてきて部隊を助けたのも、彼女が持つ【カルミナの機巧魔杖】に加えて別の物品を渡す、という約束があったからだ。未だその報酬すら受け取っていないのに、これ以上信用することもできない。

 すると、ヒルダは悩みながらも【カルミナの機巧魔杖】をこちらに差し出してきた。さらに、破損はしているが地面に横たわったままになっている【グレルドーラ軍式魔導機装車】を回収することに加え、彼らが目的を達成した暁には【ファイネ式試作夜叉鎧・雷型】を一機譲ると申し出てくる。それを聞いたイーデンがなぜか烈火のごとく怒り始めたが、ヒルダのしっ責まがいの説得により静かになった。

 取引の内容を聞いてしばし考える、が、もはや悩む必要もない。【グレルドーラ軍式魔導機装車】は勝手に回収しておくつもりだったものの、【ファイネ式試作夜叉鎧・雷型】は明らかに他では手に入らない希少で有用な物品だろう。彼らを【メイコツ汽車】に乗せるだけでそれが手に入るならば、これほど嬉しいことはない。そうして取引に応じた結果、彼らを【メイコツ汽車】で輸送することになったのである。

 ちなみにヒルダが差し出してきた【カルミナの機巧魔杖】は一旦彼女に返却している。ここで受け取ってもいいのだが、こんな魔境の中で同行者の大事な戦力を下げるのも悪手だ。確かに一刻も早く全書の中に収集したいところではあるが、ここは鋼の精神力で耐えることにする。ぜいたくを言うならイーデンが持つ【機熱鋼膜(サリネスク)】も欲しいところだが、それは機会があったら頂く程度に考えておこう。


 汽車のなかには質はそれほどよくないが座椅子も用意されており、十数人は座れるほどの広さがある。だが、今椅子に座っているのはイーデンとヒルダの二人だけであり、他の兵士たちは思い思いの寛ぎ方で時間を潰しているようだった。

 一口に精鋭兵といっても、当然それぞれは全くことなる人間たちだ。名前を覚えるのは数が多くて面倒なのだが、自分の武器の手入れをしている者もいれば、【メイコツ汽車】の内装を興味深げに眺めている者、あるいは全書から出したリエッタやハリットと談笑している者までいる。

 ヒルダを乗せてイーデンたちの救出に向かっている間は、コレクションの中でも自然な会話ができるリエッタやアサーム、ハリット、アリアナを話し相手にして暇を潰していたのだが、今彼らは兵士たちとの会話に興じていた。仕方がないので座椅子に腰掛け、どこを見るでもなく視線をさ迷わせる。

 【メイコツ汽車】の内側は、外見と同じく非常に武骨な作りをしている。壁に這う配管は吹き出しになっており、時折用途も不明な蒸気が太いパイプから吹き出す。中の気温は調整されているようで特に不快感はないが、何をやるでもなく座っていると、まるで鉄でできた胃袋の中にいるような心地になってきた。いつの間にか張っていた緊張も途切れ、睡魔の背が遠くに見えてきた頃、汽車の先頭に位置する操縦室から一体の進精魂機(ゴーレム)がでてくる。

 現れたのは【メイコツ汽車】の機能の一つとして付属する機械仕掛けの"車掌"だ。一抱えほどの鉄球に自在に動く金属性の触手を十本ほど取り付けた珍妙な見た目のゴーレムは、鉄球部分に備わる電光板にメッセージを表示する。


 こちらの言語で書かれたメッセージは、訳すならば『次は"火雨"』というところだろうか。だが、"火雨"などという言葉は今まで聞いたこともない。思わず首をかしげるが、すぐにその正体に思い当たった。

 というのも、今いる"巡りし平丘"は数ある魔境の中でも一風変わった環境となっているそうだ。名前からするとその特異性は大地のみにしかないように思えるが、この魔境の真骨頂は領域として区切られたその空間自体にある。この"巡りし平丘"に漂う雲やそこから降る雨、さらには空に浮かぶ太陽や月、煌めく星々すらが魔境の影響を受け、特有な性質を持っているのである。魔境の外周に近い部分では、不自然に天候が急変するなどの影響しかないが、魔境の奥に行くほど起る事象は過激に、そして予測ができないものになるという。

 車掌が警告してくる”火雨”を確認するために壁にある窓から空を見上げてみる。魔境に入った時から降り続けていた雨は雨雲ごと消え失せており、空には普通のものと比べて燃えるような赤色に染まった太陽が浮いている。どう間違っても雨など降りそうにない天気だが何が降ってくるのかとしばらく景色を眺めていると、驚いたことに空から雫が落ちてきた。だがそれは水滴ではない。それは例えるのならば、燃え盛る薪からはじけた火の粉を無理やりに雫の形に収めたような、まさに燃える雨であった。

 なるほど、これが車掌が知らせに来た”火雨”なのだろう。思わず上げた感嘆の声を聞きつけて、兵士や外法遺骸(アンデッド)たちも”火雨”を見ようと窓のほうに集まってくる。

燃える雨といっても、一滴一滴の火力はそれほど強いわけでもなく、仮に生身で外に出てもちょっとした耐熱装備があれば進めそうなほどだ。当然、【メイコツ汽車】の走行には何の問題もなく、その速度が緩まることもない。気になるのは”火雨”を回収することはできるのか、ということだが、それは追々試すとして、今は幻想的な燃え盛る雨の景色を楽しむとしよう。

【メイコツ汽車】:六十一ページ目初登場

【星鳴の風車】:四十二ページ目初登場

骨人形(スケルトン)調理師(コック)】:五ページ目初登場

【カルミナの機巧魔杖】:六十二ページ目初登場

機熱鋼膜(サリネスク)】:異譚~イーデンの安息(前編)~初登場


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