六十二ページ目
先走ったコナックに追いついた頃には、戦闘はほぼ終盤に差し掛かっていた。一様の装備に身を包んだ兵士たちがまばらに残った肉獣と機獣を陣形を保ちながら各個撃破している様は、遠目から見るとエサに群がる虫の集団にも見える。手持ちぶさただったはずのコナックも集団のひとつに加わっているのか姿が見えないが、彼を見つける前に敵の駆逐が済んでしまったようだ。
周囲にはこれまで見たなかで最も多くの残骸がうず高く積み重なっているが、さすがに他人の戦果を目の前で横取りするのは心象も悪くなりそうだ。今は【脚歩きの水体】と最低限の自動人形を残してコレクションは全書にしまっているので、手持ちのコレクションを使った残骸の回収はとりあえず控えることにする。
だが、残したコレクションたちだけでも兵士たちを警戒させるには十分だったようだ。こちらの規模を小さくしたのが災いし、武器を手に持った手隙になった兵士たちにより、すぐに包囲されてしまった。これまでもいくつか手に入れた【グレルゾーラ式装甲鎧】を身に付けた兵士たちは、それぞれが特色ある"機巧武器"を手に持ち、油断なくこちらに視線を向けている。地面を覆う死骸を築き上げたのは彼らのはずだが、その装備はどれも損傷したような痕跡もない。兵士たちの精悍かつ隙のない所作などからも、彼らの高い戦闘力をうかがい知ることができた。
だが、そんな強力な兵士たちも判断がつかないのか、すぐにこちらに斬りかかってくることはなさそうだ。武器を突きつけられたままというのも気分が悪いので、今のうちになんとかして誤解を解きたいところである。
こんなときに事情が分かっているはずのコナックが周囲を説得してくれれば助かるのだが、生憎彼の姿は近くにはない。結局待つことしかできないまましばらく兵士に囲まれていると、部隊の長と思われる細身の女兵士が現れた。
雨から身を守るためか丈が長いローブとフードを纏ったその人物は、こちらを見定めるとなにかに気づいたかのように動きを止めた。フードで相手の顔が隠れていることもあり、こちらとしてはあまり心当たりもないのだが、とにかくまずは誤解を解かなければならない。そこで兵士に囲まれたまま、声を張ってこれまでの道中についての説明をした。この魔境に入ってすぐコナックを助けたこと、こちらの目的はあくまでも"巡りし平丘"の中心にたどり着きたいだけだということ、そして問題ないならば周囲の残骸を回収したい、という三点を伝えると、兵士たちは思案するように互いを見合う。
それから数分経ち、ようやく兵士たちは包囲を解いてくれた。まだ警戒は続けているようだが、すぐに襲われるようなことはないだろう。ついでに残骸も好きにしていいと言うため、早速コレクションを総動員して周囲に転がるお宝をかき集める。突然現れたコレクションたちにまたしても兵士たちが戦闘態勢をとるが、さすがに面倒になってきたため、心配はいらない旨の説明をするだけにとどめた。
残骸の回収を進めている途中で、部隊は先へ進むための準備を整えたらしい。やはり見覚えはあるがどこであったか思い出せない女部隊長曰く、彼女らも先行する本隊に合流すべく魔境の中心の方向へと向かっているという。なぜ彼女らが本隊と別行動をとっているのか気になったので聞いてみたところ、なにやら諸々の面倒な事情があったようだ。
話をかいつまんでまとめるとこうだ。もともとこの"巡りし平丘"では肉獣と機獣たちが小競り合いを続けていたのだが、彼らが所属する国家(とはいってもグリッサムのように勝手に国を名乗っているだけだ)、"グレルゾーラ"が普段よりも規模が大きい戦闘の予兆を察知した。それを抑制、あるいは鎮圧するために中規模の部隊が派遣されたが、予想以上の戦闘の激しさに部隊は壊滅。その部隊の救出と事態の収拾を目的として、彼女らが所属する本隊が派遣されたのだ。
だが、彼らに命令が下ってからここに辿りつくまでにもかなりの時間が経過していた。彼ら、というより軍は高性能の移動用車両を有しているらしく、普通では考えられない速度で魔境まで移動することはできたが、それを鑑みても一人でも多くの生存者を助けるには一刻の猶予もなかったのだ。
そこで救助に赴いた本隊を二つに分けることにしたのである。ここまで乗ってきた車両に戦力の大部分を乗せた先行部隊と、先行部隊が切り拓いた道を進みながら少しでも多くの生存者を集める救援部隊。彼女らはそのうちの救援部隊だったというわけだ。
そう言われてみれば、確かに部隊のなかには歩くのもやっとという怪我人もちらほらと見受けられる。だが、その数を助けた生存者だとすると、あまり救助の成果はでていないようだ。実際、コナックを助けた場所もここからずいぶんと魔境の外側にいったところだったし、救援部隊が取りこぼしている生存者もまだ残っていることだろう。
女部隊長もそれは分かっているのだろうが、他に打つ手もない、というところらしい。彼らは数こそ二百人を越えていそうなほどだが、もし肉獣や機獣が襲ってくれば集団で立ち向かわなければならない。それを考えると、索敵範囲をあまり広くできないのも無理はないだろう。多少被害がでても、全書による補完が可能なこちらとはあまりにも事情が違うのだ。
そう一人で納得していると、それまで押し黙ったまま女部隊長の話を聞いていたコナックが突然声をあげた。いつのまにか近くまで移動していたのか、こちらを指差しながらコナックが提案するのは、彼らの救援活動への助力だ。
余計なことを喋るなとつい毒づきたくなるところだが、確かに彼の言うように自動人形たちを駆使すれば、探索できる範囲も助けることができる生存者の数も増えることだろう。だが、こちらとしても自動人形には素材の回収という大事な仕事を指示しているのだ。それを疎かにしてなんの関係もない兵士たちを助ける義理もない。
それにコナックの話を聞く兵士たちも彼には懐疑的な視線を向けている。今全書から出しているのは腰かけている【脚歩きの水体】と周囲を守らせている【瘴気愛す夢死姫】と【聖地佇む炎剣士】、【祓い流れる水体呪剣】の四体のみ。どれも異様な見た目をしているとは言え、コナックが言うような多くの自動人形が全書に仕舞われているなどとは信じられないのだろう。だが、そのなかでたった一人だけコナックの言葉を信じた人物がいた。そしてこちらとしては非常に都合が悪いことに、そのたった一人とは部隊のなかで最も大きい発言力をもつ女部隊長だった。まるで以前に見たことがあるような力強さでこちらの助けが必要であることを彼女が力説すると、兵士たちも次第に考えを変えてしまったようで、やにわに騒がしくなっていく。当の本人を置いてけぼりにしてだ。
さっきも言ったが、こちらとしては兵士を助ける義理など欠片もない。むしろ探索な速度が落ちかねない行為など願い下げである。だが、彼らへの助力を断ろうと口を開いたとたん、周囲を囲む兵士たちの目付きが急に鋭くなる。直前まではこちらのことなど気にもしていなかったのに、助けになると分かった途端この扱いだ。あまりの変わり身の早さに感嘆の溜め息すら漏れるが、こちらの気持ちはよそに、場の空気は非常に悪くなってしまった。
なぜか武器に手を掛けている者までいるこの場から脱出しようとすれば、間違いなく戦闘は免れないと思われた。自動人形たちをうまく使えば切り抜けられないことはないだろうが、混戦になれば義手と義足が災いしてどんな被害を被るかも分からない。魔境に入ってそれほど時間が経っていない今、リスクはできるだけ避けたいところだ。
喉元まででかかった拒否の言葉をなんとか飲み下し、ひとまず交渉してみることにする。こちらとしては自分のやりたいことを我慢して彼らを助けようというのだから、やはりそれ相応の報酬を貰わなければならない。その申し出を聞いた兵士たちは一様に怪訝な表情を見せるが、まさか彼らはこちらが無償で助けを申し出るなどと考えていたのだろうか。自分達が多数派であることから生まれる傲慢ゆえか、兵士たちはこちらの要求に対して頑なに頷こうとしない。これ以上話したところで埒が明かないと強行突破を考え始めた頃、ようやく女部隊長が重たい口を開く。彼女はこちらの助力を願い出ると共に、その報酬として今彼女が手にしている魔杖を譲ると言ってきた。
どうやら女部隊長は魔術師らしく、確かに手のなかに握られた杖はなかなかの逸品のようだ。試しに全書で解析した結果を見ても、それなりの価値があることは間違いないだろう。
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【カルミナの機巧魔杖】
分類:機巧武器・長杖
等級:C+
権能:【代替魔力】【代替制御】【機術親和】
詳細:稀代の機巧士カルミナにより作られた魔術杖。持ち主の魔術を飛躍的に効率化させ、相応の知識があれば”機術”と呼ばれる特異な技術を使用するための助けとなる。
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いろいろと考えた結果、ひとまずは【カルミナの機巧魔杖】を報酬として彼らからの依頼を受けることにした。【カルミナの機巧魔杖】にはこちらの労力に見合う価値がありそうだし、ペースは落ちるが生存者を探す片手間に素材の回収を行うこともできる。探索の範囲を広げることでコレクションへの損害が増える可能性はあるが、それは報酬を手に入れるための必要経費と割りきろう。
そうと決まれば、早速自動人形たちを全書から出して探索を開始させる。"巡りし平丘"で増えた分を合わせれば、動員できる自動人形の数は五百近くにものぼる。数だけで言えば彼らの三倍弱といったところで、探索範囲も一気に広がることだろう。
だが、自動人形たちは単純な命令しか実行できないため、自動人形だけに生存者の救助を任せるわけにもいかないだろう。突然現れた大量の自動人形に仰天している兵士たちのなかには、自らはこれ以上働く気がない不届きものもいるようだが、そうはいかない。これまでの経験から察するに、自動人形ができるのは生存者の"発見"まで。救助をしようとすれば逆に弱った生存者に止めを刺してしまうことも十分に考えられるため、兵士たちにはこの先も存分に働いてもらうとしよう。
【脚歩きの水体】:二十ページ目初登場
【瘴気愛す夢死姫】:異譚~カシーネの歓喜~初登場
【聖地佇む炎剣士】:二十五ページ目初登場
【祓い流れる水体呪剣】:三十九ページ目初登場
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