六十一ページ目
死にかけの兵士を拾ってから先に進むことはや数時間。今見える光景もこれから目にするであろう光景も、どちらも相変わらず死骸と残骸が積み重なった殺伐とした草原だ。空から滴る雨もいまだ止む様子はなく、身体をすっぽりと覆う【鱗粉染めの外套】がなければ今ごろ寒さに震えていたかもしれない。この外套は以前にレナが率いる商隊から譲り受けたものなのだが、外套の表面に塗られた鱗粉が光をねじ曲げ、着た者を他者から認識しづらくするという一風変わった物品だ。別に着用者を見えなくするというわけではなく、潜入の助けにもならないほどの性能なのだが、もし離れた場所から矢を射かけられるようなことがあれば、多少狙いをつけづらくはなるだろう。それになにしろこの外套には撥水効果がある。雨から身を守るには十分すぎる性能だ。移動は【脚歩きの水体】に任せているのでぬかるむ地面に煩わされることもない。やや後方を歩く兵士は足場に少々難儀しているようだったが、遅れずついてきているあたり、別に進む速度を変える必要もないだろう。
コナックと名乗った兵士は、自前の薄いが水を通さないマントのような布を頭から被って雨を凌いでいる。泥に足をとられる彼の姿を見かねて先ほど【脚歩きの水体】に乗るか尋ねたのだが、こちらの好意にもかかわらずにべもなく拒否されてしまった。そのため今は黙ったまま、這いずる【脚歩きの水体】の後をついてきているのだが、こちらのペースに遅れることはなく、かといって近づくこともないままひたすら足を進めているようだった。その距離感の原因は、周囲に存在する自慢のコレクションたちだろう。
現状で全書から出しているのは、移動用の【脚歩きの水体】と護衛用の自動人形が二十体ほど。さらにいざというときに身を守れるよう、【瘴気愛す夢死姫】にも傍を歩かせている。加えて、見える範囲の物品をできるだけ回収するために【垂涎する食箱】や【腐灰の餓鬼珠】などの自律的行動が可能なコレクションを総出で働かせており、自分でも【三叉の金触腕】を使って届く範囲の物は回収しているため、全書には休む間もなく物品が集まっていく。
手に入れた物品は、とてもではないが数えきれるほどの数でも種類でもない。だが、手に入れた大量の物品のおかげで、多くの生成候補も現れている。すでに生成が可能な物品もいくつかあるので、戦力の増強も兼ねて、早速作ってみることにしよう。
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【メイコツ汽車】
分類:進精魂機・機体
等級:B-
権能:【車走】【血燃駆動】【鉄車掌】
詳細:生物の生命力を燃料に駆動する鉄汽車。一度動き出すと方向転換すら難しいが、立ちはだかるものをなぎ倒しながら進み続ける。
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【研ぎし爪狼】
分類:偽造変命・肉人形
等級:C
権能:【裂爪】【獣化】
詳細:肉から生まれたキメラが”巡りし平丘”に取り込まれた姿。もともと異質だった存在は、魔境によりさらにゆがんだ存在へと昇華した。
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【追いたてる赤鉄兵】
分類:進精魂機・鉄人
等級:C-
権能:【鋼体】【追走】
詳細:人を模して造られた鋼鉄の兵装。量産を目的としており使える武装も限定されているが、主の命令に従いどこまでも標的を追いかける。
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【地削り馬虫】
分類:進精魂機・鉄人形
等級:D+
権能:【鉄足】
詳細:物資を取り込み、のたうちながら目標地点へと進む機械虫。攻撃性はもたないが、ただの人間が正面からぶつかれば瞬く間に肉片へと変えられてしまうだろう。
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【変錆させる腐り血】
分類:魔水・魔血
等級:C+
権能:【錆蝕】【腐肉】
詳細:持ち主すら不明な不浄の魔水。肉も鉄も等しく朽ちさせる液体は、器に留めることすら難しい。
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【三重奇面蛇】
分類:偽造変命・肉人形
等級:C-
権能:【三顔】【口蛇】
詳細:口から延びる三匹の大蛇を従える奇怪な肉人形。常に飢え続けている肉人形は、大蛇を操り獲物を集め続ける。
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【鋼貝の怨み槍】
分類:武器・機械槍
等級:C+
権能:【転突】【貫縫】
詳細:駆動する槍先により獲物を翻弄する機械槍。使いこなすには相当の訓練が必要だが、熟練者が使用すれば身体構造を超えた動きが可能となる。
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【骨魔女の血療瓶】
分類:薬品・魔法薬
等級:B-
権能:【湧薬】【快癒血】
詳細:飲めば瞬く間に傷が癒える魔法薬が湧き出る魔瓶。長年にわたって常用を続けると、身体が徐々に異なる物質に書き換えられていく劇薬でもある。
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【グレルゾーラ式自動剣歩兵人形】
分類:自動機装・戦人形
等級:D
権能:【自戦】
詳細:魂核を動力として稼働する魔導人形。グレルゾーラ軍式の歩兵装備を素体としており、グレルゾーラ軍剣歩兵と同様の戦力を持つ。
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【グレルゾーラ式自動剣歩兵人形】を収集しました
【グレルゾーラ式自動盾歩兵人形】を収集しました
【グレルゾーラ式自動騎馬兵人形】を収集しました
【グレルゾーラ式自動銃剣歩兵人形】を収集しました
【グレルゾーラ式自動魔導兵人形】を収集しました
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やはり戦場で手に入れた物品が素材となっているだけあって、どれも新たな戦力として申し分ない逸品ばかりだ。個人的には久方ぶりに新たな自動人形が手に入ったことも嬉しい。戦場には持ち主がいなくなった鎧や武器がいくらでも落ちているため、是非とも全種類の自動人形を揃えたいものだ。
武器や薬となる物品も手に入ったが、生成した物品のうち【メイコツ汽車】、【追いたてる赤鉄兵】、【地削り馬虫】の三つは、全書によると”進精魂機”に分類されるものらしい。ゴーレムと言えば、ずいぶん前に手に入れていた【躍心の鉄童】がそれに該当するコレクションだったはずだ。言われてみれば、【追いたてる赤鉄兵】などは体の作りが似ているかもしれない。と言っても、全身が金属でできた人型である、というくらいしか共通点はないのだが……。
それに機獣や肉獣の素材を手に入れるのも久しぶりだ。これまで訪れた場所でいくつかの物品は収集していたが、こうしてまとまった量が手に入ると色々と気づくところもある。例えば今回のようにその死骸や残骸を使って物品を生成すると、素材のもととなった肉獣や機獣を再現できることがあるのだ。機能や姿かたちはそのままにこちらの命令通りに動くそれらは、戦力として十二分に働いてくれる。素材も文字通り地面を埋め尽くすほど転がっているので、気になることを実験がてら試すこともできた。
以前に【躍心の鉄童】と肉の巨人と見まがう【反芻する凝肉】にそれぞれ機獣と肉獣の素材で生成した物品を与えたところ、どちらもそれを身体に取り込み利用することができた。それ以来与えられる物品がなかったので彼らの強化を図ることができなかったが、ここでならいろいろとやれそうだ。
早速試しに生成したばかりの【変錆させる鉄血】と【鋼貝の怨み槍】を【躍心の鉄童】に、【研ぎし爪狼】と【骨魔女の血療瓶】を【反芻する凝肉】に与えてみると、予想通りすぐにそれぞれの体内に吸収された。【研ぎし爪狼】などは少々グロテスクな狼男を思わせる風情なのだが、それが巨人の体に溶けるように吸収される様は、見ていてなかなかくるものがある。現にそれをそばで見ていたコナックは今にも吐いてしまいそうな顔色になっていた。
だが、それにより得られた能力は大きい。【躍心の鉄童】は身体から金属を急速に朽ちさせる赤色の液体と鋭く長い機械槍を出すことができるようになり、【反芻する凝肉】は【研ぎし爪狼】と瓜二つの肉獣を生み出せるようになったのだ。それぞれの能力を行使しても自身に何かしらの損傷が発生することもないようなので、この調子でほかの物品も吸収させていこう。ちなみに、【反芻する凝肉】が生み出すことができる肉獣の数は、吸収させた肉獣の数と等しくなるようだった。そのため、今後は手に入れた肉獣の半分は【反芻する凝肉】に取り込ませるくらいでちょうどいいだろう。
さらに【躍心の鉄童】は、周囲に存在する機獣を素材とした物品に対して、不可視の手段でもって指示というか命令を発することもできるようだった。正直増え続ける【追いたてる赤鉄兵】などに指示をするだけでもかなりの手間だったので、この能力はありがたい。それに【躍心の鉄童】が命令をすると、口で指示をするよりも機獣たちの働きもよくなるように思われた。なぜか【躍心の鉄童】に命令をさせると、機獣たちの動きがより効率的になり、こちらの指示に対しての理解度も向上するのだ。そういう訳で、【追いたてる赤鉄兵】たちにも素材の回収をさせつつ、それらが集めてきた素材でさらに回収用の自動人形たちを作る、というサイクルを回しながら先へ進む。
指数関数的に増えていく戦力兼コレクションにより進行速度も自然と速くなるが、いくら進めども見えるのは戦闘の痕跡を色濃く残す平地ばかり。コナックはそれでも諦めずに生存者を探しているようだが、生きた兵士はおろか動くものすら見当たらない始末だ。これまで進んできた限りだと、人間の兵士と思われる死体はコナックと出会った場所を覗くと散発的に見つかるだけで、人間の軍隊が壊滅しているような様子はない。ということは、やはりカナックが所属していた"グレルゾーラ軍"は魔境の奥に向かって移動しているのだろう。
しかし、いくら軍隊として強力な戦力を誇るとは言っても、これほどの肉獣と機獣が跋扈する場所で無事になどいられるのだろうか。戦闘痕から察するに、コナックから聞いたとおり、肉獣と機獣はどういうわけかお互いを殺しあっているように思われた。人間の死体が少ないのに無数の肉獣と機獣の残骸が転がっているのがその証拠であるし、お互いの体に爪や金属製の武器を突き立てあったまま絶命している死骸も見受けられる。放っておけば肉獣と機獣は勝手に潰しあうというのに、なぜ軍は奥地へと進み続けるのだろうか。
その理由も他の人間に出会えば分かるかもしれないが、戦場となっている"巡りし平丘"は非常に広く、これまで攻略してきた魔境のなかでも断トツの大きさを誇る。事前に調べた限りだと、ただ馬車で突っ切るだけでも平気で一ヶ月ほどはかかってしまうほどらしく、さらに魔境特有の特異な現象も発生するため、ここを踏破するのは至難の技だろう。それに加えて肉獣や機獣の相手もしないといけないのだから、ここを進む軍隊には同情を越えて哀れみすら覚えてしまう。全書とそれにより生成される物品がなければ、自分でもこんなところを進もうなどとは思わなかっただろう。
そうしてまだ見ぬ兵士たちに思いを馳せていると、ようやく進行方向に動くものを見つけた。残骸の山の向こうに目を凝らしてみると、どうやら肉獣と機獣、そして人間が入り混ざって戦っているようだった。その場所に近づくほどに、風が運んでくる戦闘音と錆び鉄を思わせる死臭が濃くなっていく。戦闘の規模自体はそれほど大きくもないようだが、三種類の存在がお互いに武器を振り上げる様は、どこか非現実的で、ふと今いるのは夢の中、しかもとっておきの悪夢の中なのではと勘繰ってしまうような光景だ。
コナックは今にも駆け出さんばかりの表情で戦闘を見ているが、今さら彼一人がそこに加わっても戦況に変化が出ることはないだろう。それにここから見る限りでは、兵士たちは決して不利ということもないようだ。確かに敵である肉獣と機獣は大きく、振るわれる攻撃は致命的なものばかりだが、兵士たちは陣形や連携を駆使して敵を各個撃破している。これならば別に助力をしなくても戦闘は兵士たちの勝利で終わりを告げるだろう。我慢できずコナックが戦場へと駆け出していくが、こちらとしては無理をする義理もない。ちょうど進行方向でもあるので、ゆるりと向かうことにしよう。
【鱗粉染めの外套】:三十四ページ目初登場
【脚歩きの水体】:二十ページ目初登場
【瘴気愛す夢死姫】:異譚~カシーネの歓喜~初登場
【垂涎する食箱】:三十九ページ目初登場
【腐灰の餓鬼珠】:二十ページ目初登場
【三叉の金触腕】:二十五ページ目初登場
【躍心の鉄童】:十四ページ目初登場
【反芻する凝肉】:十三ページ目初登場
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