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数十日ぶりに対面したアンテスの様子は、前に会った時とほとんど変わっていないようだった。身なりこそ一段と小ぎれいにはなっているものの、元の容姿が良すぎるのでそれほど受ける印象も変わらない。
アンテスは、城の主と呼んでも差し支えないであろう立場のはずだが、兵士や使用人たちに接する態度は非常に丁寧なものだった。兵士に連れられてアンテスの居室を訪れた際も、兵士と接する彼は終始柔らかな声音で接しており、敬うべきである兵士たちのほうが恐縮していたほどである。
アンテスと再会した場所は、おそらくは歓待用の客間だった。護衛として雇われているのだからもっと適当な対応をされるかと思っていたのだが、こちらに対する兵士たちの態度も変に丁寧である。不思議に思って訪ねてみたところ、どうやらアンテスはこちらのことを”護衛を任せることのできる信用に足る友人”として兵士たちに紹介していたらしい。彼らからしてみれば、主君の大事な知人であり、だからこそあの鎧姿のアンデッドの行動に、他の兵士たちは血相を変えて対応していたのだろう。
ひとまずは祝いの言葉を述べつつアンテスとの談笑を楽しむことにする。彼の隣にはさも当然のようにカシーネが寄り添っているのだが、人見知りと思しき彼女もようやくこちらの存在に慣れてきたようだ。話の内容はほとんどがアンテスとカシーネのお互いの惚気話ではあったが、将来をこれから共にしようという前日なのだ。幸せにあふれた二人の話をただ聞くのも、今日くらいは我慢してやってもいいだろう。
披露宴前日にこんなのんびりしていていいのか気になるところだったが、彼ら自身がするべき準備はもう終わっているらしい。確かに準備するのは城で働く使用人たちなのだから、式に参加する本人たちがあくせく動くのも変な話だ。
話が途切れたタイミングで護衛の仕事について確認してしておくが、先の兵士から聞いた話のとおり、やはり城に駐在する兵士たちも特設の部隊を作って護衛に当たっているらしい。現に今も客間の隅には二人の兵士が立っており、剣は抜いていないものの油断なく警戒を続けている。そんな中で本当に追加の護衛が必要なのか疑問だが、アンテスには彼なりの心配の種があると思われた。城、ひいては王都に何の関係もない護衛がいると安心できると言うので、そういうことなら彼に付き合うことにしよう。
だが、突然の襲撃などが起こってしまえば、残念ながら自分自身が力になれる可能性は少ない。そのため、アンテスに断って二体の自動人形を彼の警護として配置することにした。一体は先ほど鎧姿のアンデッド(兵士曰くあれが今回の警護部隊の隊長らしい)の相手もした【鳴砦の銀剣】だ。この自動人形であれば敏捷性も十分なので、とっさの事態にも対応できることだろう。そしてもう一体はシロテランの魔境、”雑える封界”で手に入れた素材で作ったアンデッド、【封霊魂の呪霊】を見張りに就かせる。これで仮に魔術や霊体による襲撃があってもある程度の迎撃ができるはずだ。あとは全書を使えば毒見のようなことも簡単にできるのだが、それはアンテスもカシーネも必要ないという。確かにアンデッドには毒も効きづらいだろうが、それにしても少々油断が過ぎるのではなかろうか。
こちらの心配をよそに、アンテスとカシーネの話は明日の披露宴についてのものへと移る。王族の婚姻を祝う席とあって、参加者は百名を超えるらしく、そのすべてが余さずやんごとなき身分の貴族である。その中のいずれかがアンテス達に危害を加えかねない、という訳でもないらしく、他の貴族たちはアンテスが城の主になることにはそれほど興味がないようだ。かといってアンテスと敵対している彼の父親の味方という訳でもなく、貴族たちは王家の仲違いにはほぼ関与していないと思われた。要はお互いの身分が高いだけのただの親子喧嘩である。
話を聞く限り、思っていたより面倒ごとは少なそうだ。そう考えてアンテスの話に引き続き耳を傾けるが、それは城の外に限った話で、今いる城内はアンテス派と現王である”ゴルタラ”派に二分されているらしい。兵士たちがアンテスを警護していることからわかる通り、アンテス側に着くのは”将軍”を中心とした軍属派、そしてゴルタラを擁護しているのは”宰相”を中心とした内政派だと言う。別にどちらが勝っても、というより明日の披露宴が無事に終わっても終わらなくてもグリッサム自体にさしたる影響はできないようだが、それはあくまで事態を全体的に見た場合の話だ。
披露宴が失敗してしまえばアンテスとカシーネが城にいられなくなるのはもちろんのこと、ゴルタラが行う何らかの”実験”が進むことで様々な不都合が発生してしまうらしい。その実験とやらについて詳しく聞こうとしたが、アンテスはなぜか頑なにその内容を言おうとしない。だが、彼としてはどうしてもそれを阻止したいらしく、今回城に戻ってきた理由の半分はそのためだと熱弁してくる。いろいろと思うところがあるようだが、まあ、護衛さえ無事に終わって報酬をもらえれば、こちらとしては特に文句はない。
敵となる可能性がある宰相を中心とした内政派は、直接的な危害を加えてくるというよりは搦め手で攻めてくる輩が多いようだ。披露宴の準備を進めるのもなかなか難儀したようで、アンテスと彼に従う精鋭といってもよい従者たちがあらゆる手を尽くしたことで、ようやく実現にこぎつけたらしい。だが、そこまでやってもまだ安心はできないようで、こうして兵士たちに警護を頼んだり、宰相の息がかかっている可能性がない護衛を雇ったりと心配は尽きないと見える。
さらにアンテスを擁護する軍属派は、内政派と比べて小手先の技に弱いというか、有体に言うと脳筋なところがあるそうだ。先の護衛隊長の件からも分かる通り、こうと思えば突っ走ってしまう傾向があるため、それを制御しつつ内政派にいいようにされないために結構な心労を割いているらしい。だが、護衛にするならばこれほど頼もしい味方もいない。常に数人の兵士がアンテスの身を守っているため、正面から直接的な危害を加えてくることはないだろう。
聞いた話を脳内でまとめるが、アンテスとしてはできる対策は講じているものの、やはりまだ油断はできないというところだろうか。先ほども聞いたとおり、服毒による暗殺などは心配しなくていいようだが、アンテスが最も恐れるようにカシーネに毒牙が向かないとも限らない。基本的には信用できない者はアンテス達には近づけず、披露宴当日もできる限り二人から離れないほうがよさそうだ。
アンテスもそれに納得しているようだが、隣のカシーネはこちらの言葉に頷くアンテスを見てどこか不満げな様子である。ここしばらくはアンテスとカシーネは行動を共にしていたはずだが、披露宴の前日は二人きりで過ごしたいというところだろうか。彼女には少々気の毒な気もするが、かといってアンテスの意向を無視するわけにもいかない。ここは見て見ぬふりをして茶を濁すことにしよう。
必要なことも惚気話もすでに十分聞くことができた。今の時間はおそらくは正午を少し過ぎたころだと思われるが、主賓である二人にこれからの予定を聞くと、今日は特に何の予定もないという。彼らの護衛をする以上、今日と明日はできる限り行動を共にする必要がある。予定がないということは無為に時間を過ごすことになりそうだが、たまには休暇と思ってそういった過ごし方をするのも悪くないかもしれない。披露宴を間近に控えたカップルの惚気話を聞き続けるという少々億劫な仕事はあるが、それも一日と少しの辛抱だ。報酬を手に入れるためにも、それくらいの苦痛は甘んじて享受することにしよう。
【鳴砦の銀剣】:二十ページ目初登場
【封霊魂の呪霊】:四十一ページ目初登場
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