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五十七ページ目

 着慣れない正装に身を包み馬車に揺れること、早二時間ほど。サイフォースで荷を満載にした馬車は、ゲレンに操縦され今は王族街の中ほどを進んでいる。レナに頼んで新調してもらった服はグリッサムでは一般的な正装らしく、ぱっと見は少し窮屈なタキシードといったところだろうか。

 アンテスから披露宴についての諸々の依頼があってからすでに一か月ほどが経っており、その間ゲレンとレナはその準備に奔走していた。寝る間を惜しむのはもちろんのこと、他の案件を後回しにしてでもなんとか期限に間に合わせるために働いていたようだ。その甲斐あって、披露宴の前日となった今日、こうして城へと荷物を運ぶことができていた。


 ゲレンも含め城へと赴くのは今回が初めてなのだが、すでに彼はかなり緊張しているらしい。荷馬車には高額な商品が満載されているので当然と言えば当然なのだが、城までまだ距離があるのに手を震わせるほど緊張するのはどうなのだろうか。これでは城にたどり着く前にゲレンの心臓が止まってしまいそうである。

 緊張をほぐすためにしゃべりかけても、馬車の操縦に手一杯のようで碌な返事すら返ってこない。しょうがないので周囲の景色に目を向けてみるが、腐肉街や石棺街とは違い、今いる場所では敵襲など起こるわけもない。見えるものと言えば、通りに立ち並ぶ店舗と商売をするアンデッドたち、そして時折すれ違う石畳の道を走るほかの馬車くらいなのだが、それは決して退屈するようなものでもなかった。

 馬車といっても、荷車部分を引いているのはどれもただの馬ではない。今乗っている馬車こそ城に行くということで美麗な白馬を使っているが、アンデッドたちは馬以外のものに馬車を引かせるほうが好みのようだ。今目の前をすれ違った荷車の先頭には身長二メートル半ほどはありそうな人型のアンデッドが繋がれており、気色の悪い人力車のように中に乗った貴族を運んでいる。ほかにも蜘蛛の足に見える節足が四本生えたカエルのような生物に引かれた馬車が見えたりと、なかなか普通の感性では受け入れられない光景を見ることができた。

 ヘメンディレスの屋敷を訪れてからも王城街には何度か足を運んでおり、種々の物品を購入しているのだが、まだまだ訪問していない店舗も多い。馬車の上から眺めているだけでも興味を惹かれる店舗をいくつも見つけることができたため、機会を見つけて行ってみることにしよう。


 そんなことを考えているうちに、いよいよ目的の城が近づいてきた。この王都グリッサムは城を中心として王城街、貴族街、平民街、石棺街、腐肉街が半ドーナツ状のような形で広がっている。城はかなり大きく、特に王都全体で高低差があるわけではないので平民街まで離れるとさすがに城は見えないのだが、貴族街まで入ればどこからでもその先端が見えるほどのサイズだ。無論グリッサムで見たどんな建造物よりも大きく、石棺街にあった儀式場をしのぐ大きさである。

 外から見る限りでは、城は大きく分けて四つの建物で構成されているようだ。中心にそびえる居館を囲むように三方を尖塔が囲っており、さらにその周りを堅牢な城壁が守っている。城の正面には当然ながら巨大な門が設置されており、王城街を横断する石畳の大通りがそのまま門につながっていた。

 城の建材には漆黒の石材と純白の石材の二種類が使われているようだが、その色と質感のため遠目では石でできているようには見えない。十はあろうかという屋根部分はどれもが空に漂う雲を串刺しにしようとしているかのように鋭く、さらに建材には何かを模した細かい彫刻も施されているようだ。距離があるためなんの形が彫られているのかはわからないが、きっと手の込んだものが施されているに違いない。


 門の横には通りを挟むように二人の門番が立っているようだが、目がおかしくなっていないならば巨大な門とそれほど変わらないほどの巨人のように見える。まさかあれほど大きなアンデッドはいないだろうとゲレンと話しながら馬車を走らせていたのだが、どうやらそれは幻でも見間違えでもなかったらしい。

 門の前に到着すると、まず両脇に立つ十メートルはあろうかという巨人アンデッドに見下ろされることとなった。アンテスからの手紙に同封されていた招待状をゲレンが震える手で巨人門番に掲げようとするが、その前に巨人門番に隠れるようにして控えていた侍女が要件を訪ねてくる。その侍女に招待状を見せたところ、合図を受けた巨人門番がゆっくりと門を開けてくれた。見上げるほどの巨人が二人掛かりで開らく扉とは、いったいどれほどの重さを誇っているのだろうか。


 門を見上げながら城の敷地に入ったが、当然すぐに建物に入ることはない。特に今回は披露宴の荷物を搬入するために来ているので、いうなれば裏口に向かうことになる。同じような業者がすでに多く来ているのだろう。敷地内には道案内のための兵士が配置されており、その兵士の指示に従って中庭を移動することになった。中庭もやはりけた外れに広く立派なのだが、広すぎてまるで天然の迷宮のようである。ところどころに配置された兵士たちがいなければ、目的地にたどり着くまでに倍の時間はかかったのではなかろうか。

 何はともあれ目的だった搬入口にたどり着いたが、そこにはすでに多くの馬車が停まっていた。馬車と搬入口の間では使用人や商人たちが荷物を持って慌ただしく往復しており、見たことのない物品たちが次々と城へと搬入されている。近くにいた使用人に声をかけたところ、見た通り城への搬入が追い付いていないらしく、邪魔にならないところで少し待っているようにと指示された。その際にアンテスの護衛役として訪れた旨を伝えると、すぐに迎えの者をよこすというのでやはりゲレンと待つことにする。

 荷下ろしを手伝ってもよかったのだが、ゲレンの順番が来る前にこちらの迎えの兵士が来てしまった。馬車の中にはかなりの量の荷物が積んであるのだが、悪いが荷下ろしはゲレン一人に頑張ってもらうとしよう。恨みがまし気なゲレンと別れ、兵士の後をついていよいよ入城する。

 城のような建物と言えばつい最近訪れたヘメンディレスの屋敷が思い出されるが、やはり王城となるとその規模だけでも頭一つ、いや三つくらいは抜け出ているような印象を受ける。ヘメンディレスの屋敷は全体的に静謐といってよい第一印象だったが、王城の内装はそれと比べればずいぶんと明るく、豪奢なようだった。使われている【光幽水】も一般に流通しているものではないらしく、通常の【光幽水】は青白い光を発するのに対して城に設置されたものは柔らかな白光を放っている。床や壁も白を基調とした明るい装飾がされており、アンデッドの国の王城というよりは普通の人間の王が住んでいても不思議ではない作りだ。


 広すぎる城内を歩くこと十数分、ようやく目的の部屋に到着したらしい。兵士に従って王子がいるにしてはずいぶんと武骨な木製の扉を開くと、そこは修練場のような広場だった。室内ではあるもののその部屋はかなり広く、相当の人数が同時に体を動かすことができそうだ。なぜこんなところにアンテスがいるのかと彼の姿を探してみるが、妙なことにその姿は見えない。ただ、その代わりというかのように部屋の真ん中には一体のアンデッドが立っていた。全身鎧をまとったアンデッドは手に持った戦鎚を床に着けて仁王立ちしていたが、こちらの姿を見とめると低い声で語りかけてくる。

 話を聞くに、彼は今回の披露宴でアンテスの護衛を取りまとめる立場にあるらしい。護衛のメンバーや計画は彼が立案しており、すでに万全を期した体制が整っているという。そのため、今更外部の護衛が来てもやることはなく、むしろ不確定要素が増えて護衛の任務が滞る可能性があるというのが彼の弁だ。

 とは言っても、こちらもアンテスから直接の依頼を受けているのだ。それに護衛ができなければ約束していた報酬を受け取ることもできない。わざわざこのために正装も準備してきたのに、ここで帰ってはそれらの準備がただの無駄になってしまうではないか。

 とてもではないが、彼の言葉に従って城をあとにすることなどできない。そう伝えたところ、鎧姿のアンデッドは床に着けていた戦鎚を肩に担いでこちらに近づいてきた。歩きながら彼が語る内容を聞くと、どうやらこちらがアンテスの護衛をするに足る実力があるかどうかを見極めたいらしい。これで彼のお眼鏡にかなえば、晴れて護衛に参加できるということだ。

 こちらとしては別に実力を示す必要はないのだが、無理に依頼を達成しようとしてもどのみち彼との衝突は避けられないだろう。ここは大人しく彼の相手をすることにするが、いかにも戦い慣れしている様子の相手と直接戦っては、勝負にすらならないに違いない。そのため、全書から【鳴砦の銀剣】と【聖地佇む炎剣士】、【祓い流れる水体呪剣】を出して相手をさせる。突然現れた三体の自動人形たちに彼も驚いたようだったが、戦闘が始まってみると、鎧姿のアンデッドは三体の自動人形を同時に相手してもほぼ互角に立ち回れるほどの実力であることが分かった。今出した自動人形たちは手持ちのコレクションの中でも比較的戦闘力が高いものだったのだが、それらと拮抗して鎚を振るう鎧姿のアンデッドも相当な実力の持ち主ということだ。

 だが、手合わせはあくまでも拮抗しており、双方決め手がないまま剣戟だけが繰り返される。さすがに何分も待っている気もないので、手持ちの自動人形を二十体ほど出して突撃させた。最初の数体は強烈な戦鎚の打撃により弾き飛ばされてしまったが、自動人形が一体でも取り付いてしまえばあとは数に任せてねじ伏せるだけだ。数秒で地面に押し倒されたアンデッドは、四肢を自動人形たちに拘束されながらもなんとか自由を取り戻そうともがいている。そんな彼の目の前に行き話をしたところ、このようなやり方など到底認められない、卑怯な手を使うような奴を護衛にするなどありえない、と言ってきた。

 全く困ったことだが、このままでは護衛として働くことはできないし、この状態で彼を自由にしてはこちらにどのような危害が及ぼされるか分からない。さてどうしたものかと腕を組んで考えていると、修練場に三人の兵士が入ってきた。兵士たちは三人とも似たような形状の鎧を着用しているが、その中の一人はまっすぐにこちらへと近づいてくると、床に抑えられたままのアンデッドの頭を思い切り殴りつけた。無論兜の上からの殴打なのだがその威力はすさまじく、なんと兜の一部が凹むほどのものだ。そのまま兵士は怒鳴るように説教を始めたかと思うと、こちらに自動人形たちをどかすように言ってきた。特に拒否する必要もないのでおとなしくその指示に従って自動人形たちを全書に戻すと、自由を取り戻した鎧姿のアンデッドを残った二人の兵士が引っ張って外へと連れていく。


 それを見送っていると、先ほど兜をへこませた兵士がこちらに謝罪をしてきた。どうやらあの鎧姿のアンデッドは確かに護衛の責任者ではあるらしいが、アンテスが依頼した護衛を断るような権限は持たないらしい。ではなぜあのようなことをしたのかという話になるが、こういった事例は初めてではないらしく、彼の性格の問題なのだろう。

 兵士は謝罪を繰り返すが、別にこちらとしては無事にアンテスの護衛ができればそれで問題ない。そう伝えたところ、兵士がようやく”本当の”アンテスの居室に案内してくれることになった。幸先が危ぶまれるが、これでなんとか報酬を受け取ることができそうである。

【光幽水】:五十ページ目初登場

【鳴砦の銀剣】:二十ページ目初登場

【聖地佇む炎剣士】:二十五ページ目初登場

【祓い流れる水体呪剣】:三十九ページ目初登場


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