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異譚~アンテスの依頼~

「ええ、ですが心配する必要はありません。ナナシさんにはあくまでも私の護衛として城に来てほしいのですよ」


「”護衛”?お前、シロテランで確か城のことを我が家と呼んでいただろう。なぜ家に帰るために護衛が必要なんだ」


 眉をひそめるナナシを前にして、アンテスは小さくため息をつく。


「それが私、実は父親とあまり仲が良くなくてですね……今まで王都の外で活動していたのもそれが主な原因なのですが、特に父の派閥は面倒な輩が多いんです」


「身の危険を感じるほどの面倒な輩とは、随分と嫌われているんだな。キシシシ」


「……」


 こするような笑い声をあげるナナシを、アンテスの隣に座るカシーネが睨む。それに気づいたアンテスがカシーネの頭を優しくなでると、カシーネは安心したようにその肩にもたれかかった。


「ええ、とはいえ、城の中には私の味方となってくれる家臣も大勢います。彼らがいれば父といえどそれほど派手な手を取ることはできないでしょう。ですが、念には念を、ということもあります」


 話の内容の割に、アンテス自身はそれほどことを重く考えていないようだ。そう感じたナナシは、やはり納得がいかずに質問を重ねる。


「だが、護衛とはいっても俺はそう長い間お前の近くにいるつもりはないぞ?やらなくてはならないこともあるのでな」


「その心配はいりません。ナナシさんに働いてほしいのはたった一日だけですから」


「一日だけの護衛?家に帰るということはそのあとは城に留まるんだろう?その間もその父親の派閥とやらは近くにいるのだろうに」


 ナナシの疑問に、アンテスは自分の方にもたれたままのカシーネの肩を抱いて答える。


「それがですね、私たち、結婚するんです!」


「……お、おう?」


 突然の報告にナナシは思わず目を白黒させるが、それに構わずアンテスは言葉をつづけた。


「ただ、私も身分が身分なのでただ結婚します、だけではなかなか済まない部分もありまして……そこで、近いうちに城で披露宴をやることになっています」


「なるほど、その披露宴の間の護衛をしろということなんだな?」


 納得がいったナナシが言葉を継ぐと、アンテスが頷いた。彼はそのまま愛情を込めた目でカシーネを見る。


「その通りです。説明が難しいんですが、披露宴さえ終えてしまえば、父もその派閥も大人しくするほかないはずなんです。逆に披露宴が失敗なり妨害されると、カシーネや私にどんな危害が及ぶかわかりません。そのために万全を尽くしておきたいんですよ」


「護衛が必要な披露宴とは……王族や貴族というのは何とも面倒くさいものだなあ」


 ナナシの同情とも捉えられるつぶやきに、アンテスは小さく肩をすくめる。


「王都での披露宴なんて多かれ少なかれこんなものです。今回は城の中に手引きをしてくれる味方もいるので、まだマシな方ですよ。あ、祝いの品はそれほど高価なものでなくても大丈夫ですので」


「あほう。なぜ俺がお前らに品を送らなければならんのだ。それにただで働く気はないぞ。シロテランの時も結局それほど多くの物品を手に入れることもできなかった。同じ轍を踏むつもりはないからな」


 ナナシは嫌なことを思い出したとでもいうように苦い表情を浮かべた。アンテスの記憶では、ナナシはシロテランの封印区への侵入の際にいくつかの物品を手に入れていたはずだが、どうやら彼としてはその成果に不満があったらしい。

 そのがめつさに半ば呆れながらも、アンテスはそれを表情に出さず目の前のグラスを手に取った。グラスは琥珀色の液体で満たされており、口をつけたアンテスの鼻を酒精と甘い香りがくすぐる。このバーはアンテスが王都を離れることになった前から彼自身が愛用している店だ。何も言わずとも彼が好む料理や酒が提供されるため、今テーブルの上にあるのもすべてが彼の好物である。

 それを知ってか知らずか、ナナシもアンテスに続いて酒と料理に手を付けた。思いのほか味がよかったのか、顔をほころばせて手を動かし続ける。


「おいしいでしょう?ここは料理の腕もいいし、口も堅いのでよく使うんですよ」


「うむ、さっき入ったレストランもなかなかだったが、ここも悪くない。酒を飲むならばこっちの方がいいかもな」


 そう言うと、ナナシはグラスに入った酒を一気に呷った。それほど弱い酒でもないのだが怯んだ様子もないナナシを見て、アンテスは意外そうにつぶやく。


「おや、ナナシさん、意外とお酒強いんですね。王都の酒はアンデッド向けなので、普通の人間には強すぎると聞いていましたが」


「ん?まあ確かに酒精は強い気がするが……王都の酒は味がいいからな!」


 なおも手が止まらないナナシを見て微笑みアンテスだったが、十数秒ほど経った後にナナシが声を上げる。


「いや、酒がうまいのはどうでもいいんだ。それよりも報酬のことだ!」


「残念、お酒だけではごまかせませんでしたか。しかし、報酬……うーん、そうですねえ」


 ナナシは腕を組んで考えこむアンテスを睨みつけるが、アンテスはその視線に気づかないように口を開く。


「披露宴が終わってしまえば王城にあるものでしたら大体お渡しできるとは思うんですが……そうだ、そうしたら城の宝物庫にある財宝をいくつか……いえ、二つお譲りしましょう。きっとただの金貨銀貨よりナナシさんもそちらの方がよいでしょう」


「ほお、宝物庫にあるものだったらなんでもいいのか?」


「ええ、どうせほとんどは仕舞われているだけの無用の長物です。時の果てまで宝物庫に安置されるよりは、ナナシさんが持っていた方が幾分か価値が出るでしょう」


 ナナシからしてみれば破格といってもいい対価が掲示され、さすがの強欲も気が済んだらしい。満足したかのように柔らかな座椅子に深く身を沈めると、ナナシは顔に笑みを浮かべる。


「よかろう、お前の依頼を受けてやろうではないか。依頼内容はあくまでもお前とカシーネの護衛ということでいいんだな?」


「ええ、それで構いません。あ、ところでゲレンさんとレナさんはご健勝ですか?お二人にも少しお願いしたいことがあるんですが」


「ゲレンとレナか?あの二人であれば店の経営で忙しくしているが、何か用事でもあるのか?」


 ナナシの答えを聞いたアンテスは笑いながら言葉を続ける。


「せっかくなので、お二人のお店に披露宴の準備を一部お願いしたいと思いまして。さすがにすべてを任せるにはまだお店も小さいですが、彼らなら必ず期待に応えてくれるでしょう」


「王族の披露宴の準備を依頼されるとは、サイフォースも随分と出世したもんだ。そういうことなら二人も喜ぶだろうな」


「ええ、とはいえ、私が直接店を訪れてはまたいらぬ迷惑がかかるかもしれません。なので、お二人にこれを渡していただけますか?」


 そう言ってアンテスがテーブルの上に置くのは、少しの厚みがある封筒だ。きれいに封がされたそれを、ナナシは珍しいものを見つけたような手つきで手に取る。


「その中の手紙に準備してほしい諸々が書いています。もし準備に必要な資金が足りないようでしたら私の方でお手伝いしますので、このバーの店主にその旨を伝えてください」


「……随分と親切なものだ。まあ、資金の心配はいらないだろう。最近随分と稼いでいるみたいだからな」


「それはよかった。ちなみに、手紙にも書いていますが披露宴まではまだいくらか日にちああります。その間に準備を進めてもらうようにお願いします」


「伝えておこう。俺が準備するものはなにかあるのか?」


「いえ、ナナシさんは特には……あ、いや、ひとつだけ」


 不自然に言葉を切ったアンテスにナナシは不審げな視線を送るが、アンテスはその視線に微笑みを返す。


「依頼とはいえ、王族の護衛をしてもらう訳ですからね。恥ずかしくない格好、要するにドレスコードを守ってきてください。ナナシさん、そういうのはすこし不得意でしょう?」


「……それは確かに面倒だな」


 何度目かの渋面を浮かべるナナシを、アンテスとカシーネは楽し気に見つめるのだった。

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