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五十六ページ目

 何事にも対価は必要だ。それが得たいの知れない外法遺骸(アンデッド)の屋敷に訪問し、妙な毒を盛られそうになりながら大事なコレクションを渡す、などという心労極まりない仕事のあとであれば尚更である。

 取引で手に入れた【命廻死巡之異文書(ネイレパスオレア)・序巻】もレイナードに渡さなくてはならないので、こちらとしては特に得たものがあるわけではないのだが、少なくともこれでレナが営むサイフォースの評判はまた上がることだろう。今日の商談結果としては散々なものだったが、高位貴族の屋敷を訪れ商品の紹介をしたという事実は、その内容がどうあれ貴族たちの間に広まるはずだ。その噂が新たな顧客を呼び 、それら全てが金の生る樹へと成長するのである。

 間接的にゲレンもその恩恵を得るのだから、なにか礼をしてもらわなければならないだろう。そこで、ゲレンを引き連れて今回訪れた"王城街"の観光もとい調査を行うことにした。

 だが、誘ったゲレンの反応がどうも芳しくない。何かと理由をつけて店舗に帰ろうとするので話を聞いてみるに、どうやら王城街の観光はレナと一緒にしたいらしい。確かに王城街には貴重な物品やそれを扱う優秀な卸業者が多い。店主であるレナと共に周ることができれば、新たな販路を開拓することもできるだろう。

 それ以外にも非常に個人的な理由がありそうだが、それについては別にこちらから無理に言及することもないだろう。彼の想いがレナに届く未来は遠いように思うが、何事においても挑戦は大事なことだ。


 そそくさと平民街に戻っていくゲレンを見送り、一人で王城街の散策を始める。だが、やはり一人だけで歩き回るとなると不都合なことも多い。そこで最近はいろいろと世話になっている頭古(ヘディ)屍者(ゾンビ)であるハリットを供にすることにした。ゾンビである彼は王城街に入るのはこれが初めてと言うが、まだまだグリッサムの常識に疎い部分もあるのでいくらかの助けにはなってくれるだろう。

 準備もできたので早速出発……と思ったのだが、出てきたばかりの屋敷から、先ほどまで屋敷の案内をしてくれていた少女アンデッドと簀巻きアンデッドが現れた。話を聞いたところ、なぜか今後はヘメンディレスではなくこちらの世話をしたいと申し出てくる。屋敷を首になったという訳ではないようだが、十中八九何かしらの裏があるだろう。とはいえ、アンデッドである彼女たちならば一度全書にしまってしまえば意図しない悪さをされることもない。コレクションが向こうから転がり込んでくれたようなものなので、こちらとしては大歓迎だ。

 そんな少女アンデッドの名はリエッタと、そして簀巻きアンデッドはクナツナズというらしい。二体のアンデッドのうちリエッタは貴族の屋敷で働いていたこともあり王城街に詳しいそうなので、彼女を先頭に街中をめぐることにする。クナツナズはいったん全書で大人しくしておいてもらう。


 色々と気になるものはあるが、まずは主張が激しくなってきた空腹を収めたい。日が落ちてすでにそれなりの時間がたっており、すでに夕食には少し遅い時間帯だ。平民街であればすでに店じまいを始める店舗もある時間だが、貴族街や王城街の店は基本的に夜通し営業している。それは店に並んでいる品々や提供されるサービスが娯楽に偏っていることが原因だ。人間の欲も日が落ちてから刺激されるものだが、やはり死してもその習性は変わらないらしい。


 入ったのはリエッタがおすすめしてくれた飲食店だ。落ち着いた様子の店内は魔具による空調管理がされており、楽団による物静かな曲が演奏されている。居並ぶスタッフたちも小綺麗な衣装に身を包んでおり、グリッサムでは珍しい非常に丁寧な接客態度だ。

 提供される料理の質も非常に高く、記憶をなくして以来口にした中でも最も美味な食事だった。あまりにも美味だったため、いくつかは全書に収納して材料さえあればいつでも生成できるようにしておく。


――――――――――

【鏡湖産魚介を使ったカルパッチョ】を収集しました

【羽耳兎のパテ・アン・グルート】を収集しました

【銀生桃とロゼワインのグラニテ】を収集しました

【死女牛のソテー~ラメリーソースを添えて~】を収集しました

――――――――――


 作れるようになったのはいいが、やはりというか希少な材料が多く使われているようなので、これらを自由に食べれる時が来るのははるか先だろう。食事をしながら全書の機能をハリットとリエッタに説明したところ、なぜかリエッタが俄然素材の収集にやる気を出した。好きな料理が好きな時に食べれる、ということが大層気に入ったらしい。

 そうして腹を満たすこともできたので、いったんレストランを出て本格的に散策を始めることにする。


 王城街には当然のことながら手ごろな日用品を売っている店など存在しない。すべての店舗のすべての商品が高級志向であり、食器一つとってもどこにそんな金がかかっているのかと言いたくなる値段のものばかりだ。それらすべてを買っていてはさすがに軍資金もすぐに尽きてしまう。そのため有用、あるいは希少な物品を探して購入していく形となった。

 幸い王城街の店舗は総じて接客態度が非常に良い。自分で探さずとも用件を伝えれば良さそうな商品を見せてくれるのだが、それに反してなかなか食指が動くものに出会うことはできなかった。自分よりもなぜかハリットやリエッタの方が物欲を刺激されている始末で、ハリットは特に希少な魔具が、リエッタは装飾品などに興味があるようだ。

 少し気になったので話を聞いてみたところ、ハリットが生前商人として働いていた時はこういった魔具を中心に商売をしていたそうだ。そのため、すでに職を辞して久しい今でもつい商売人の目で魔具を見てしまうのだろう。リエッタの方は特に理由があるわけでもなく、生前、そして死後も好きだったということだった。

 二人のこれまでの身の上話を聞いているのもそれなりに面白いのだが、なかなか購入意欲が湧くものに出会うことができない。街中に並ぶ店舗の数に反して、数個の物品を購入しただけで時間が過ぎていく。


――――――――――

【命香湧く夢見水】を収集しました

【ワイン・ガデルポーネ】を収集しました

【メイロー製特級紙時計】を収集しました

【ランテル儀礼用衣装棚】を収集しました

幽体(ゴースト)能黒金貯音機】を収集しました

【貯音用幽玉】

――――――――――


 不満点は数が少ない点だけであって、手に入れた物品の質は非常に高いものだ。中でも【命香湧く夢見水】と【幽体(ゴースト)能黒金貯音機】はこのグリッサムにおいても目を瞠るほどの逸品だ。

 【命香湧く夢見水】はただの人間には何の効果もないただのいい香りのする水なのだが、アンデッドたちがこの水を一口でも飲めば、本来眠らないはずのアンデッドが”夢を見ることができる”のである。生命と同時に手放したはずの睡眠と夢を見るという体験が味わえるというのは、長い寿命を誇る彼らには甘露に等しい価値があるようで、ただの薬にしては異常な高額で手に入れた逸品だ。

 さらに【幽体(ゴースト)能黒金貯音機】は、【貯音用幽玉】というカートリッジと併用して使用することができる録音機だ。この魔具は周囲の音を単純に録音するのではなく、流れる楽曲の音のみを抽出して録音し、それを【貯音用幽玉】に閉じ込めることができる。一度録音した楽曲はいつでも聞くことができるため、これを使えば疑似的にではあるが楽曲のコレクションが行えるのである。


 こうして新たなコレクションのすそ野を広げることができそうな物品も手に入ったわけだが、王城街まで来たのだからぜいたくを言うともう少し多くの物品が欲しい。そう思ってグリッサム特産の物品をいくつか追加で購入していたのだが、二十軒目の店舗を出たところで聞き慣れた声に呼び止められる。

 店の出口にいたのは、一ヶ月ほど前に会ったきり音沙汰がなかったアンテスだ。隣にカシーネを連れ立った彼の顔には少しの疲労感が浮かんでいるようだが、相変わらずの端正な顔のままこちらに微笑みかけてくる。彼は挨拶もそこそこに話があると切り出し、場所を移したいと申し出てきた。急な話ではあるが、ゲレンもレナもいない今の方が逆に都合がいい。アンテスの美貌に見惚れるリエッタを小突いて、彼が指定するバーに向かうことにした。


 到着したバーは薄暗くもテーブルなどは綺麗に磨き上げられており、貴族街でネズミとあった酒場とは雲泥の差だ。こちらもそれほど広い店ではないのだが、店主はアンテスの顔を見るなり一番の奥まった個室へと案内してくれた。

 その席に各々が腰を下ろすとようやくアンテスは口を開こうとしたが、その前に何か言いたげにハリットとリエッタを見る。どうやら二人にも聞かれたく内容の話のようなので、二人はさっさと全書に収納することにした。リエッタも問題なく収納できたあたり、本当にヘメンディレスの元に戻る気はないらしい。

 そうまでしてようやくアンテスが口を開くが、彼から語られた計画とそれに関係する依頼内容はなかなか込み入った内容だった。依頼を受けることを承諾するにはこの王都とそしてアンテスの身の上話を聞く必要があったのだが、その内容もなんとも壮大なものだ。すべての話を聞き終える前に、五回ほど今聞いている話は事実なのかと確認してしまったのだが、どうやらすべてが実話らしい。


 話を聞き終えてしばし熟考する。今の話を聞く限り、アンテスの依頼を受ければシロテランの時のように王都にいられなくなることも考えられる。王都に来て二ヶ月近く、精力的にコレクションの収集を行っていたとはいえ、まだまだ手に入れていない物品も多い。ここで満足にコレクションを集めようとすれば少なく見積もっても一年、いや二年ほどの期間は必要だろう。彼の計画がうまくいけばまたグリッサムに戻ってくることができるかもしれないが、その保証もない今、こんな博打に乗るべきであろうか。

 それにまだスキラートからの依頼も完了していない。目的のものは手に入れているのであとは依頼主に届けるだけなのだが、中途半端にするわけにはいかないだろう。それをアンテスに告げると、アンテスは店主に何事かを伝えた。去っていった店主を見送りしばらく待っていると、個室に見覚えのあるフードの男、ネズミが現れる。

 アンテスも彼の素性を知っているらしく、曰くなんとネズミが【命廻死巡之異文書(ネイレパスオレア)・序巻】をスキラートのもとに届けてくれると言う。本当にネズミを信用してよいものかと悩むところだが、ネズミはアンテスの指示に逆らえない事情があるようで、さらにスキラートがこちら支払うはずだった報酬も先に渡してくれるという。確かにネズミがテーブルに並べる品々はスキラートに譲ってもらうはずだった希少な魔具に相違はない。そういうことならとネズミに【命廻死巡之異文書(ネイレパスオレア)・序巻】を渡すと、彼は現れたときと同じ唐突さでその場をあとにした。


 だが、スキラートの依頼を終えたからといって、アンテスの依頼を受ける義務もない。すると、迷うこちらを見かねて、アンテスが報酬について言及してきた。もちろんことが計画通りに進んだ前提の話なのだが、それはなんとも魅力的なものだった。おそらくは今回を逃せば今後手に入れるの至難の業であろう物品の数々。それを聞いた時にはすでに遅かった。正気を取り戻したのは、アンテスと力強く握手を交わした後だ。またしても自らの物欲に首を絞められる形となった気もするが、協力すると言ってしまったからにはしょうがない。まさか王都まで来て王城に殴りこむことになるとは思わなかったが、まあなるようになるだろう。

御霊(ミタマ)】:異譚~ベンゼラーの義務~初登場

命廻死巡之異文書(ネイレパスオレア)・序巻】:五十三ページ目初登場


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