異譚~ネズミの算段~
「ほうほう、巨大な外法遺骸に破壊された壁かい。だが、あの店はそんなに柔な造りはしてねえはずじゃねえか?頑丈な壁をあんだけ派手に壊せるアンデッドが暴れたってなら、建物ごとなくなっても不思議じゃねえだろうがい」
「シラナイ。コワレテタノハ、カベダケ」
「他に壊されてたものはなかったと……それなら暴れたアンデッドはどこに行ったんだって話だが……まあいい。ありがとよ、ほれ、駄賃だ」
放り投げた銀貨を四つの手で大事そうに掴むと、大工業に勤しむ多腕屍者はこっちを振り向くこともせずに立ち去っていく。その後ろ姿から漏れ出る思念を読むに、どうやら奴の頭の中はすでに今晩の晩酌のことで一杯らしい。
王都にアンデッドは数いれど、そのほとんどは奴のような脳足りんばかりだ。ろくな思考もままならないアンデッドも多く、そういった奴らは思考を読み取るのも容易い。そうして手に入れた情報が、俺の重要な金づるになるのだ。
「”封都”から来た商人一行、それだけ聞いたら何も面白いところはねえが、時期が時期だ。特にあの変人は確実に堅気でもねえ……もっと情報が欲しいところだ」
最近の俺の注目株は、シロテランから移住してきたらしい商人一行だ。そいつらはしばらく空き家だった店舗を買い取ったらしいが、まずこの店舗がかなりの曰くつきである。
もともとベレッタという敏腕商人がそこで店を開いていたのだが、最初こそ優れた立地と商人としての実力が重なってかなり繁盛していた。だが、とある日から何かしらの異常が起き始めたらしく、急速に店主がやつれていき、それほど日が経たないうちに失踪してしまったのだ。もともとは精気あふれる生身の人間だったのだが、失踪する直前はゾンビと見まがうほどの見た目になっていた。俺自身も何が起きたのか調べようとしていたのだが、何が起こったのか知る前に店主が消えてしまったため結局真相はわからずじまいだ。
さらに最近シロテランで起きた"封印区の襲撃事件"。入ってきた情報によると、襲撃者は見張りに見つかることもなく封印区の最奥にたどり着くと、そこで施設を半壊させるほどの大暴れをしたらしい。その行動理由もよくわからないが、さらに解せないのが封印区の見張りたちが現場に駆け付けた時には襲撃者の姿は消え失せており、さらにその襲撃では何の物品も奪われなかったという報告がされていることだ。
普通に考えれば、わざわざ封印区に忍び込んで暴れるだけ暴れて帰るなどありえない。そのため、俺は何かが奪われた事実をシロテランが隠していると踏んでいるのだが、問題は何が奪われたのか、ということだ。現時点で持っている情報を精査するに、怪しいのは半周紀ほど前にこの王都から運び出された謎の荷物だ。俺がもつ伝手や能力を駆使してもその中身がなんなのかを調べきることはできなかっただが、唯一その荷、【剛鉄鋼】で造られた巨大な檻がシロテランの封印区に輸送される、ということは掴んでいた。襲撃のタイミングを鑑みれば、襲撃が起きた時には封印区にその檻があったとみて間違いない。
「……ま、これ以上は考えるだけ無駄ってか。あのエルフ野郎といい、最近は外から来る奴らの生きがいいねえ!これぞ情報屋の腕の見せ所ってな!」
実は最近興味を持っているもう一組の旅人がいる。それは件の商人一行のすぐ後に王都を訪れたエルフの男が率いる冒険者たちだ。王都に来る前の行動には怪しいところはなさそうだが、まずその組み合わせが突飛すぎる。
まずリーダー格の男エルフはシロテランに現れる以前の行動履歴は不明。それ自体は別に珍しいことではないが、不自然なのはその高すぎる戦闘力だ。シロテランで発生した原因不明の魔物の異常発生を、彼はなんとほぼ独力で鎮圧したという。にわかには信じがたい話だが、信頼できる筋からの情報なので間違っていることはないだろう。
さらにそれに付き従うのはシロテランでも一、二を争う強さを誇っていたケシミーナと優れた回復魔術を扱うスイセラという新米の冒険者だ。スイセラはともかくケシミーナはとがりすぎた特徴と性格故これまで単独で魔境の探索を行っていたはずだが、単独でも”雑える封界”の奥に進めるほどの実力の持ち主だ。そんな彼がいったいどういう訳で誰とも知れないエルフと行動を共にしているのか。”ネズミ”などと呼ばれ始めてから結構な時が経っているが、これほど突飛な組み合わせもなかなか見ない。
「それに分らんのはあの坊主だ。エルフだけならともかく、あんななりのガキが俺の”読心”に気づくとは……俺も焼きが回ったかねえ」
そして何より気になるのが彼ら三人に付き従っている、正体不明の子供だ。王都についた時点ではそれなりに小ぎれいな格好にはなっていたが、あれはおそらく元奴隷だろう。いかにも栄養が足りていないと言わんばかりのやせ細った身体と落ちくぼんだ眼が、これまであいつが碌でもない環境で虐げられていたという何よりの証拠だ。そしてその身なりに油断し、軽率に心を読もうとしたのがいけなかった。それほど接近していなかったにもかかわらず、”心の目”を開いた瞬間にエルフとガキが確かに俺を認識しやがったのだ。これまでも上位のアンデッドに読心を察知されかけたことはあるが、あれほど明確に気づかれたのは”精心読む忌鬼”となって以来初めてと言ってもいい。
「やっぱエルフとつるむと碌なことにならねえ。”尖った切っ先と耳には気をつけろ”だったか。たまにはお師匠様もいいこと言うもんだ」
俺に情報屋としてのいろはを仕込んでくれたお師匠様も、そういえば最後はエルフが絡んだ厄介ごとに巻きまれてさらし首になっちまった。だが、相手がエルフだからと言って手を引いてしまえば情報屋としては名折れ以外の何物でもない。それに情報というのは余すことなくすべてを持っているからこそ有用なのだ。少なくとも奴らがなぜ王都に来たのかくらいは知っておかないとな。
さらに情報というのは転がせば雪玉のようにどんどんと大きく育っていく。現に先ほどの旅人のうちの一人、商人一行と一緒に行動していた隻眼隻腕の変人は、これから何らかの情報を求めて俺を訪ねて来るらしい。
あの変人の行動からして、おそらく俺の存在を知ったのは”フェリエサ儀堂”でのことだろう。ということは、十中八九スキラートの野郎が関わっているはずだ。奴にはこれまでも何度か情報を売っているが、気前はいいものの毎回呪われた指輪だの不幸を呼ぶ置物だの気味が悪い珍品の情報ばかり欲しがるのであまりいい印象はない。今回もどうせ碌でもない情報を欲しがるのだろうが、解せないのはわざわざ関係もない旅人を使いに遣すという点だ。
「今までも自分で俺に会いに来ることはなかったが、そん時は神官見習いとかをパシリにしてたからな。見習いたちに愛想着かされたって訳でもなさそうだし、何か理由があると思うんだが」
神官見習いでは対応できない理由……”フェリエサ儀堂”と言えば、王都の中でも優れたアンデッドたちが集まる場所だ。そこにいるアンデッドたちならば大抵のことは並み以上にこなせるはずだが、彼らではいけない理由があるのだろう。
「……まさか”あの本”か?それなら合点がいくが、上級神官といえどもさすがに貴族に手を出すのはしんどそうだが……それにあんなもん手に入れてどうするつもりだって話だ」
スキラートが熱心な収集家であるということは当然知っているが、ただのコレクションとしてあれを手に入れようというなら俺が思っていたよりも数段上の変人だということだ。”一部”とはいえあの本が持つ力は計り知れない。それ所持している現在の持ち主は絶対に手放さないだろうし、もし誰かに奪われるようなことがあれば何としてでも取り返そうとするだろう。
「なるほど、それで旅人を使う訳か。盗みに入った旅人からぶんどったお宝を、黙ったまま自分のものにすると……神官のくせに狡いこと考えるねえ。イヒヒヒッ!」
考えてみれば単純なことだが、それに気づけたという意味は大きい。現時点で旅人とスキラートがつながっていることを知っているのは俺だけだ。今後の状況を把握するのにこれ以上の強みはないし、展開によってはスキラートをゆするネタにもなるかもしれない。あまり自分では情報を利用しないようにしているが、身を守るくらいには使えるだろう。
そうと決まれば、まずはうまいこと変人に情報を与えなければならない。情報屋として稼いでいる以上、受け取った金額に応じた情報はごまかさずに伝えるが、しゃべり方や教える順番で情報が与える印象というのはだいぶ変わるものだ。そしてそうした工夫により生まれた揺らぎによりさらに事態は混迷し、有用な情報が生まれるのである。これこそが情報屋としての腕の見せ所という訳だ。
「そういうことなら、久しぶりに張り切っていくかねえ」
浮足立ちそうになる歩みを必死に抑えながら、いつもの酒場に向かう。サトリの能力を使えば、街を行く歩行者たちの意識の隙間をぬって誰にも気づかれずに目的地に辿り着くなど朝飯前もいいとこ。スキラートが払う報酬も相当なものだろうし、今日はうまい酒が飲めそうだ。
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