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五十一ページ目

 総勢二十人に上る儀式の参加者は、上半身のみが白骨体となった中年女性を最後に現れなくなった。そして、それまでその場からほとんど動くことはなかった神官長は広げていた教本を閉じると、他の祭具を持ってそそくさと広場から立ち去っていく。神官見習いたちも入ってきた時と同様に箱を引きずって広場を後にした。周囲の観客たちの様子からも、どうやら儀式が終わりを迎えたらしい。

 儀式が続いていた時間ばざっと二、三時間といったところだったが、見ているだけとはいえ人間が異形の外法遺骸アンデッドに変わっていく様を見続けるのはなかなかにくるものがあった。観客の中には顔を青くして立てなくなっている者もいるようで、儀式が終わった後もすぐに観客席が空になることはなさそうだ。


 特に急ぐ用事もないので隣にいるハリットに彼が儀式を受けた時のことを聞いてみる。ハリットは二十年近く前に儀式を受けたらしいが、”頭古ヘディ屍者ゾンビ”特有の高い記憶力により当時のことは鮮明に覚えているという。だが、彼からしてみればその記憶はできれば忘れたいもののようで、顔をしかめながらその記憶を語ってくれた。

 とはいえ、生前の彼はまじめだけが取り柄の二流あるいは三流の商人で、とある縁でこの王都を訪れたそうだ。そのまま流されるままに人としての年月を経た彼は、やはりこの王都に住む人間のほとんどが選択する通りにアンデッドになるための”繰生の儀”を受けたのだ。

 その結果彼が身を堕としたのは、儀式を受けた者たちの大多数が変異するという屍者ゾンビであった。幸いにしてハリットが変異したのはゾンビの中でも高い知能を保持できる種族だったが、多少知能が高くともゾンビの身では肉体労働程度の仕事にしか就くことはできない。そして運が悪いことに、頭古ヘディ屍者ゾンビは知能の代償であるかのように非常に脆弱な種族だった。膂力がないのは当然として、その耐久性は泥にも例えられるほどで、一抱えほどの石など持ち上げようとしただけで腕がちぎれることもあるらしい。そのためゾンビが唯一できる力仕事すら得ることができず、腐肉街に流れついてしまったわけだ。

 なんとも救いようのない話だが、腐肉街にいたゾンビたちの境遇など大体似たようなものだ。コレクションにできたゾンビたちはおよそ百体ほどだったが、王都グリッサムの歴史の中で腐肉街を訪れたアンデッドの数はその何百倍、あるいは数千倍に上るだろう。それにもかかわらず腐肉街にたった百体のアンデッドしかいなかった理由は、ひとえに腐肉街に踏み込んだほぼすべてのアンデッドが狂い果て、やがては泥濘と化してしまうからだ。ハリットのように数十年も腐肉街にいて理性を保つことができるアンデッドなど極稀であり、皮肉にもそれが彼のたった一つの特殊能力であったのかもしれない。


 そんな話をしているうちに周囲の観客たちの数も減ってきた。そろそろ頃合いだろうと席を立つが、そのタイミングで背後から声がかけられる。振り向いた先にいたのは、一言で表現するならば布の塊だった。おそらくは服を身にまとっているのだろうが、その上からターバンのような黄色い布を全身に巻き付けている。その布の量が多すぎて、正確な体型を推し量ることすら難しいが、声の調子からおそらくは女性であることが伺えた。その何者かは布の奥からくぐもった声を発して用件を伝えてくる。どうやら神殿の中でも位が高い神官の一人がこちらに興味を持ったらしく、可能であれば少し話を聞きたいということのようだ。

 ……非常に怪しい。怪しすぎて逆にその真意を確かめに行きたいくらいなのだが、腐肉街での一件があった後で大人しくそのあとについていくのは愚行以外の何物でもないだろう。

 そういう訳なので、その要求に対しては拒否の返答を返そうとしたのだが、こちらが言葉を発するより早く、あちらの願いを叶えた場合の対価について言及してきた。状況が状況だ、物ごときにつられてほいほいと敵の思い通りになるわけにはいかない……のだが、これから会いに行く神官は無類のコレクターでもあり、歴史あるグリッサムでしか目にすることのできない名品珍品を多数所持しているそうだ。今回わざわざ使いをよこした理由も、有体に言ってしまえばコレクションの自慢、もといお互いのコレクションを鑑賞して可能であるなら取引をしたいということのようだ。

 同じ収集家、さらにはグリッサムで長く活動してきているということは相当な物品を所持しているのだろう。まだまだグリッサムに来て日も浅いので、同志と取引ができるのならば収集の大きな助けになるに違いない。諸々の事情を鑑みて神官にあった場合の損得を脳内の天秤にかけていたのだが、その答えが出たころにはすでに布の塊の後をついて神官の部屋に向かっているところだった。


 残念ながら我が物欲はなけなしの理性など容易く無視してしまうほどに強いもののようだ。隣を歩くハリットの視線からも何やら複雑な感情が放たれている気がするが、こうなってしまっては仕方ない。今更逃げ出すわけにもいかないので、おとなしく目的の場所に着くのを待っていると、狭い道をいくつか曲がった後にようやく神官とやらが待つ部屋に到着した。部屋の入口は何の変哲もない木のドアだが、布の塊はやはり布で覆われた手でまるで神聖な何かを扱うようにドアを優しくノックする。

 ノックの音が鳴りやむ前に部屋の中から入室を促す声が漏れる。その声に従って部屋に踏み込んだのだが、まず目に入ってきたのはうずたかく積まれた本の山だった。部屋はかなり広く、普通に生活をしていたとしても十分に余裕があるほどなのだが、今は床のほとんどの範囲が本により埋められている。まさに足の踏み場がないという有様なのだが、しばらく入り口で待っていると散らばった本がひとりでに浮かび上がり、部屋の中に進むための道が作られた。浮かび上がった本たちは壁際に設置された本棚や本の山の上に移動していったが、そこで初めて部屋の棚に飾られた様々な物品が目に入る。

 一見しただけでは用途すら分からないものも多いが、中には剣や絵画など見慣れたものもいくつかある。棚は部屋の壁全面を覆うようにして設置されているのだが、その中はほぼすべてが物品で埋められていた。まるでそれらに見下ろされているかのような印象を受ける異様な部屋だが、その主の姿もやはり常軌を逸したものだ。本の山の中から現れたのは、一本の紐であった。くねくねとくねる紐は宙を揺蕩いながら人の形を象ると、本の山の頂上に腰かけるようにして着地した。さらにそれぞれの棚から宝石やネックレスが飛び交い、紐により作られた人型の顔部分に収まる。


 それにより意思が宿ったわけはないだろうが、紐人間は目の代わりに配置された白と黒の宝石を瞬かせ、真珠のネックレスを唇のように動かしてしゃべり始めた。一体どこからか響いているのかが分からない声によると、どうやらその紐こそが今回の呼び出しの主である神官であるらしい。その見た目からは想像もできない美声を鳴らす神官は、歓迎の言葉と共にいつの間にか現れていた椅子をすすめてくれた。

 それに腰かけて話を始めたが、まず紐神官はスキラートと名乗った。彼は王都の外にある物品を収集するため、こうしてことあるごとに外部の旅人を招いているそうだ。棚に飾られている物品は彼が持つコレクションのほんの一部だというが、その中にはそうして取引で手に入れたものも含まれているのだろう。

 お互いの自己紹介もそこそこに、さっそくコレクション談議が始まる。天井に備えられたシャンデリアと燭台により照らされた部屋はそれほど明るいわけではないが、お互いの自慢の逸品を披露するには十分な程度だ。最初こそスキラートの説明を聞きながら彼のコレクションを眺めているだけだったが、次第にこちらのコレクター魂にも火が付き始め、それほど時間も経たないうちに自慢合戦となる。


 グリッサムで長く収集を続けていることもあって、スキラートのコレクションはどれも歴史を感じさせる重厚感のあるものだった。さらに事前の説明通り、普通の商取引などでは手に入らないであろうばかリだ。

 スキラートのコレクションたちを見るに、彼は主に装飾品や歴史的に価値のある遺品、古書を集めているようだ。実際、部屋に飾られている物品は宝石や貴金属が使用されているものが多く、床に散らばっている蔵書の量も相当なものである。さらに集めているコレクションの数に応じてそれについての知識も増えていくものだが、彼の知識もやはり相当なものだった。話し始めてから一時間ほどはコレクション談義を続けていたが、互いの会話のネタは全く尽きることなく、久方の同志との交流ということもあって言葉が途切れることもない。

 会話の内容は次第に互いのコレクションの収集方法、さらには取引についてのものとなった。スキラートとは違い、こちらは特に収集品の分野を定めているわけでもないので、手に入るものは何でも欲しい。それもあって、基本的にはスキラートが持ち出してきた物品についてこちらからその対価を提示する、という形になった。


 スキラートのコレクションたちは非常に魅力的なものだ。歴史的に価値はあるものの平凡な物品、といったものにはあまり食指が動かないのだが、そういったものを差し引いてもスキラートのコレクションは実に多彩なものがそろっていた。

 捕らえた敵の魔力を消費して、その近しい人物を呪い殺す【愛毒の呪枷】、今いる場所で過去に起きた事件を小説として自動で書き記す【アンキー著:古読する灰歴史】、中に閉じ込められた霊体を自由に使役できるが、持ち主は必ず凄惨な死を迎えるといわれている【恋乞宝子(アーバレット)】など、提示される物品は歴史や霊にまつわる物品が多い。まさにグリッサムにふさわしいコレクションたちと言えるものばかりで、ついついその全てを譲ってもらおうと対価も多めに出してしまった。

 当然スキラートが好みそうなものを選んで取引に臨んだわけだが、彼が最も関心を示したのは【宝樹拝する玉座】というほぼすべてのパーツが宝石で作られている豪麗華美な玉座だった。なんでも時の王がこの玉座を使っていたらしく、歴史的にも相当な価値があるそうだ。”轟く鉄滝”で手に入る素材だけで作れることもあって、正直言うとそこまで価値があるものとは思っていなかったのだが、喜んでくれるのだったら何よりだ。それに材料さえあればいくらでも全書で生成できるので、対価として差し出しても全く問題はない。こういった取引での全書の有用性をつくづく痛感していると、ひとしきり取引を終えたスキラートがこれまでとは違う調子で話を切り出してきた。


 どうやらこれまでの会話や取引はあくまでも前座のようなものであり、その本当の用件を伝えるに値するのかを見定めていたらしい。一体どんな基準があったのかは知らないが、スキラートのお眼鏡にかなった結果、非常に興味深い話を聞くことができた。

 その要件の内容を一言でいうと、とある珍品を手に入れて持ってきてほしい、ということだった。なぜ王都でそれなりの身分を持つスキラート自身でそれを手に入れようとしないのかということが気になったが、話を聞くうちにその理由も理解できた。確かに事情を聴く限り、それを手に入れるには生身の身体を持った人間でないと難しそうだ。しかも目的の物品は貴族街、あるいは王城街までいかないと手に入らないため、浮浪者まがいの旅人に任せるわけにもいかなかったのだろう。その要件をこなすことができれば、相応の礼もするという。これまで目にした彼のコレクションを踏まえれば、その礼にも期待が持てそうだ。

 そういう訳で、二つ返事で彼の依頼を受領することにした。依頼をこなすための諸々の情報を聞きながら、今後の行動を脳内で組み立てる。まずはこの石棺街を出て、平民街に向かう必要がありそうだ。ちょうどゲレンたちが無事に帰りつけたかも確認したかったので、まずはレナの店舗に向かうとしよう。

【宝樹拝する玉座】:二十四ページ目初登場


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