四十九ページ目
ようやく腐肉街の中心地へと戻ってきたが、やはりというべきかその景色は出発したころの惨状と何も変わっていなかった。四本あった木塔のうちの一本は外法遺骸の襲撃により倒されており、その残骸はいまだ泥の上に放置されたままだ。だが、腐肉街に住む屍者たちは残骸の存在についてはそれほど気にしていないようで、残骸を避けるか踏みつけるかして好き勝手にさ迷っているように見られた。
だが、さすがに残骸が山積みになっている場所は気になるし、なにより移動の邪魔だ。全書に回収してしまえば嵩張ることもないので、見える範囲の残骸はすべて回収する。
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【腐木の霊廟の残骸】を収集しました
【腐木の霊廟の要柱】を収集しました
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象徴的な建物だとは思っていたが、ちゃんとした名称がある建物だとは思わなかった。ゾンビたちもこれらの建物は単に”塔”と呼んでいたため、おそらく塔の名称を記憶している者は一人もいないのだろう。思わぬ形で新たな素材を手に入れることができたが、なんと残骸を手に入れたことで塔自体が生成候補として現れる。
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【腐木の霊廟】を生成します
以下の物品を消費する必要があります
|腐木の霊廟の要柱30%/100%
霊祈の聖水0%/100%
清浄する金絹織物0%/100%
ガシアの古大樹 200%/100%
巨屍の死肉 5%/100%
巨屍の死血5%/100%
霊魂の祈心0%/100%
物品が不足しているため、生成を行えません
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見覚えがある物やそれが何かの検討すらつかない物など様々な物品が材料として必要なようだが、とりあえず今すぐ生成することは難しそうだ。ただ、材料さえあればすぐにでも欲しい物品には違いないので、頭の片隅に置いておくことにしよう。
残骸も立派な素材になると分かったため、地面に散らばったままの残骸を求めて移動を始める。その間に塔の周辺について改めて観察をしてみるが、やはりふらふらとその辺りをさ迷っているゾンビたち以外に目立ったものはなさそうだ。ここに住むゾンビを含めた外法遺骸たちは活動するうえで食事も睡眠も必要としない。そのため、普通の居住地にあるはずの食糧生産の場や休息を行うための住居もここにはほとんど作られていなかった。おそらく休もうと思ったゾンビは一人残らず塔へと向かっているのだろう。そのため、塔から少し離れてしまえば、目にする住民の数はかなりまばらになる。
塔という存在があるため、一応はコミュニティとしての体裁が保たれているが、そもそもとしてこの腐肉街には長のような管理者も存在していないという。というのも、この腐肉街にいるゾンビたちからは存在意義と呼べるものがすべて抜け落ちているのだ。”繰生の儀”を経てアンデッドとなった彼らだが、この腐肉街にいる者のほとんどは儀式の結果、最下級アンデッドととして転生した者たちだ。生前と比べて知能もかなり低下しており、かろうじて理性は保っているものの、瘴気の影響でいつ発狂するかわからない。そうして二度目の人生すら諦めた者たちが、この腐肉街に集まっているのである。そんな彼らだからこそ、無償で彼らを救った聖女を懸命に守ろうとしたのだが、そうした出来事がなければこの腐肉街に漂っているのは無気力以外の何物でもない。
だからなのだろう。共に腐肉街の奥地へと向かい、さらに腐肉街にいるゾンビの中でも最古参に数えられる”頭古屍者”のハリットは、奥地からここまで戻ってくる道中で思わぬ提案をしてきた。その提案自体、こちらに不利益があるものではなかったので快く承諾したが、果たしてハリットの思うようにことが進むのだろうか。今、ハリットはその提案を叶えるため、残った三本の塔で腐肉街に住むゾンビたちと話をしているはずだ。
あまり期待せず待つことにして、塔の残骸を回収して暇をつぶしていると、ハリットが戻ってきた。どうやら住人たちとの話がついたようで、後ろに百人はいそうなゾンビたちを引き連れている。ハリットに確認したところ、腐肉街のすべての住人が彼の後ろにいるようだ。ということは、ハリットの考えを現実のものにできるということになる。まさか本当にその提案を実行することになるとは思っていなかったので、念のためハリット以外のゾンビたちにも意思を確認するが、一切違わずにこれから起こることを理解しているようだ。
それならばもう遠慮する必要はない。ハリットの提案通り、腐肉街のすべてのゾンビたちを我がコレクションにしてしまおう。これまでアンデッドのコレクションはいくつか持っていたものの、それはすべて全書により生成されたものだった。もともとアンデッドとして存在していたものを収集したことはつい先日までなかったのだが、実は奥地からの帰還の際、すでにハリットをはじめとする同行者たちを全書で収集していたのだ。彼らのように自己意識を持つアンデッドも収集できることはその際に初めて判明したのだが、収集されたゾンビたちに異常が起きることはなく、さらに全書の中にいる間はまるで眠っているような状態になっていることが分かったため、他のゾンビを収集することも可能だと判断したわけである。
いろいろと試した結果、収集される側の承諾が必須であるということが分かっていたため、心置きなく全書で収集したところ、ゾンビたちは一人残らずその場から消え去った。後に残るのは、風の音すら聞こえない静寂だけだ。
思わぬ形で百体近いアンデッドを新たに収集することができた。思わず顔が綻ぶものの、このような方法で再びアンデッドを収集することは難しいだろう。なんといっても収集される側の承諾が必要になる、という点が厄介だ。今回の場合は、腐肉街という場所の特性と彼らの置かれた状況がうまく重なりコレクションが増えることとなったが、他者の物になりたいと願うアンデッドがそう多くいるとは思えない。今後、同じことが起こるとはあまり思わないようにしよう。
腐肉街の住人が一人もいなくなってしまったため、残った三本の塔も無用の長物だろう。残しておくのも忍びないので、三本すべてを回収しておく。ついでに塔が立っていた土地そのものもごっそりと回収すると、その場に隕石でも落ちたかのようなクレーターができてしまった。
これにて腐肉街で手に入りそうなものはすべて収集することができただろう。晴れ晴れとした気持ちで腐肉街から出ることができそうだが、次の目的地はどうしたものか、と逡巡する。
というのも、奥地で出会ったアンテス曰く、カシーネやその関係者を狙った襲撃はこれから一旦ではあるものの、完全に止むと言うのだ。詳細を聞くことはしなかったが、アンテス自身が打った何らかの手により、敵は襲撃どころの事態ではなくなったらしい。そのため、少なくとも一か月ほどは敵の襲撃におびえることなく過ごすことができるという。
その間にもアンテスやカシーネは敵を叩くための準備を進めるらしいが、特にこちらがしなくてはいけないことはないそうだ。そのため、襲撃がない間はゆっくりとコレクションの収集にいそしむことができる。
いろいろと考えを巡らした結果、まずは腐肉街と平民街の間にある”石棺街”に向かうことにした。石棺街は腐肉街に向かう道中で通り過ぎただけの区画だが、その機能はこの王都、グリッサムにあって中心に位置していると言ってもいい。なにせこの石棺街で、生者からアンデッドへと変わるための”繰生の儀”を受けることができるのだ。儀式を自分で受けるつもりは毛頭ないが、見学くらいは是非ともしたいところだし、きっとまだ見ぬ物品も多くあることだろう。腐肉街と比べれば治安も文化レベルも遥かに高いため、様々な物品が取引されているに違いない。
そんなことを夢想しているうちに腐肉街の出口を無事に超えることができた。腐肉街に入る際は早々に戦闘を行うこととなったが、逆に石棺街側には動くものはほとんどいない。それも当然で石棺街からすれば今いる場所は街はずれもはずれ、めったなことでは住民たちも寄り付こうとしないはずだ。一刻も早くコレクションの収集を始めるため、【星鳴の風車】を全書から出して移動を開始する。腐肉街への道中でも襲撃を受けたが、石棺街の中にいても理性を失ったアンデッドたちによる襲撃の危険性は付きまとう。特にこのような目立つ馬車で移動していてはなおさらだ。そのため、全書からゾンビであるハリットとアサームを出し、道案内を頼むことにした。普段は腐肉街に住んでいた彼らだが、石棺街にも何度か足を運んだことがあるようなので、土地勘が全くないまま移動するよりはずいぶんマシだろう。
二人の案内の結果、一度も襲撃に合うことなく石棺街の中心付近にたどり着くことができた。街の中央には露店を主とした商店街も軒を連ねており、なかなか見る機会がない物品も売りに出されているようだ。石棺街は”繰生の儀”を受けることができる都合上、王都の外から来た旅人向けの商品や施設も多い。決して観光地のような派手さはないが、外から来た身としては下手をしたら平民街よりも過ごしやすそうだ。
そういう訳なので、さっそく売品の物色を始める。シロテランで稼いだ資金があるため、予算について心配する必要はないだろう。
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【除幽の祈祷石】を収集しました
【魂繋ぐ赤輝石】を収集しました
【防魔腐剤】を収集しました
【狂力の薬水】を収集しました
【忘痛の薬水】を収集しました
【増骨の薬水】を収集しました
【夢現の薬水】を収集しました
【木乃伊の削り粉】を収集しました
【腐乱真菌の源株】を収集しました
【屍蚕の灰絹服】を収集しました
【射当屍者の銃指】を収集しました
【硬筋屍者の肉鎧】を収集しました
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他にも多くの物品を購入することができたが、特に目についたものはこんなところだろうか。アンデッドたちが多く暮らしているため、身体への悪影響を度外視した薬品などが普通に売られているのはなかなか特徴的だ。他にも元となったのであろうアンデッドの身体の一部が道具として販売されているなど、生死についての概念がひどく曖昧なように思われた。
大体のものは購入し終えたのでひとまず気も済んだ。まだ日が暮れるまでは時間もあるため、次の目的地に向かうとしよう。目的地とは無論、石棺街の中央にそびえる”繰生の儀”を行う儀式場だ。巨大な墓標にも見える儀式場には、この都市では珍しい生ある人間たちが列をなして向かっており、それと入れ替わるようにしてアンデッドたちが出口から吐き出されている。
アンデッドになりたいわけではないが、早速その列に入る。儀式場に向かう人々たちの顔に浮かぶ表情は様々だが、あまり明るい様子の者はいないようだ。いくら自分の意識を保ったままとはいえ、儀式を受けるということはすなわち死を迎えるということだ。確かに恐怖に似た感情を抱くのも無理はないのだろう。そうして周囲の人間たちの様子を観察しながら、自分も墓標の中へと吸い込まれていくのだった。
【ガシアの古大樹】:八ページ目初登場
【巨屍の死肉】:四十七ページ目初登場
【巨屍の死血】:四十七ページ目初登場
【星鳴の風車】:四十二ページ目初登場
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