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四十五ページ目

 目覚めたゾンビ青年はアサームと名乗った。彼が語る言葉は”屍者ゾンビ”特有の感情を感じさせないものだったが、その内容はなかなかに興味がそそられるものだった。話を聞く限り、助力を求めてこの店に飛び込んできたらしいアサームに協力をするならば、グリッサムの最下層区画に当たる”腐肉街”に赴く必要がありそうだ。

 常人であれば踏み入れることすら難しい腐肉街に、何の関係もないゾンビのために行く必要があるのか。レナがそう声を上げかけるが、ゲレンがそれに待ったをかける。ゲレン曰く、アサームはシロテランで彼と同じパーティーに所属していた元探索者だというのだ。それについて審議を確認しようとした矢先、突然店の壁の一角が激しく揺れた。衝撃に耐えられなかった壁はもろくも内側へと崩れ、その向こうから大男が現れる。

 ただれた皮膚と不自然に盛り上がった筋肉を身に宿したそれは”皮肉レット屍者ゾンビ”と呼ばれる下級外法遺骸アンデッドの一種であり、他の存在に使役されることもある知能が低い種族だ。どう間違っても標的に奇襲を仕掛けるような種族ではないのだが、これは明らかに第三者の意図があってのことだろう。

 今いる場所は決して治安が悪くはない平民街だし、、少し歩けば貴族街に着くような立地だ。こんなところで大騒ぎをすれば目立つことこの上ないのだが、どうやら目の前の巨漢の思考からはちょうどよくそのことが抜け落ちているらしい。所かまわず腕を振り回そうとする皮肉レット屍者ゾンビだったが、さすがにこんなところで好きに暴れられてはたまらない。全書から即座に【牢獄鏡】を取り出し、わずかな体内魔力オドと引き換えに無粋な乱入者を鏡の中に取り込んだ。

 そうして何とか事なきを得ることができたが、襲撃がこの一回で終わるとは思えない。さすがに突然壁をぶち破られるような恨みをこの街で買った記憶はないので、この襲撃の原因はアサームであると考えるのが自然だろう。残念ながら捕らえた皮肉レット屍者ゾンビは言葉を話すほど賢い種族ではないため、襲撃の意図を尋問……否、教えてもらうことは不可能だ。ここはアサームとともに移動して店舗を離れながら、さらに詳細な事情を聴くのがよさそうである。


 店を壊されたことに憤るレナを宥めつつ、とりあえずアサームの目的地である腐肉街へと向かうことにする。そもそも腐肉街とは、このグリッサムにある五つの区画のうち、最も身分が低い者たちが済む地域の名だ。住民は下級屍者ゾンビがほとんどであり、まさに動く死体といっても過言ではない住人も多いと聞く。まともな理性を持っている者のほうが少ないため、当然ながら治安も悪い。旅人などは近づくことすらしないし、住民であってもよほどの用がなければ足を踏み入れることはないだろう。

 そんなところにわざわざ赴くのだからしっかりと準備をしたいところだが、謎の襲撃者を確認した今ではそんな悠長なことを言っている暇はない。幸いなのは道中の街中には多くの人々が行きかっていることだ。こんなところで暴れてしまえば人目に付くことこの上ないし、街の自警団によってすぐに鎮圧されてしまう。如何に理性が欠けた襲撃犯とはいえ、そのようなリスクを冒すことはないと考えていいだろう。


 まだ安全な場所にいるうちに、今後の行動について話し合っておくことにする。まずアサームについてだが、先ほども聞いたとおり、彼は生前にゲレンと同じパーティーで”雑える封界”に挑んでいた探索者だったらしい。シロテランでの探索に見切りをつけた彼は、次の拠点としてここグリッサムを選び、そして種々の事情により屍者ゾンビへとその身を堕としてしまったのだ。

 そんな彼の望みはとある人物を助け出すことだという。そのためにわざわざ襲撃者から逃れながら、ゲレンに助けを求めようとしたのだ。ゲレンがこの街に来ていることを知った彼は、少し前から接触の機会を窺っていたようだったが、そのファーストコンタクトが果たされる前に追われる身となったアサームは、命からがらレナの店に逃げ込んだとらしい。

 なぜアサームがほかの屍者ゾンビに追われているのかという話はまた込み入った事情があるのだが、それについて話し合う前に平民街で利用することのできる【乗合骨車】に乗車することにした。

 【乗合骨車】とは平民街の中でのみ運行している公共機関だ。様々な骨を組み合わせ、それに肉と皮をかぶせたそれは異形の巨大昆虫にも見える様相なのだが、乗り心地は存外悪くなく、さらに安価で利用できるということもあって住民の間に広く普及している。

 そんな【乗合骨車】の一角で席を確保し、ようやく一息つくことができた。この【乗合骨車】が向かっているのは、平民街と腐肉街の間に位置する”石棺街”だ。石棺街には”繰生の儀”と呼ばれる特殊な儀式を行うための施設があり、そこで生者から外法遺骸アンデッドへと変わるための”返生”をすることができる。自ら進んで外法遺骸アンデッドになるなど正気の沙汰とは思えないが、”繰生の儀”を希望する者たちは存外多いという。返生を希望する理由は様々なようだが、やはり一番はアンデッドになったことで得られる不死性だろう。不死性といっても本当に不死身の身体になれるものはほとんどいないようだが、それでも多くの場合は生者のそれと比べて長い寿命を得ることができるし、単純に寿命の延長と考えれば希望する者が多いことにも頷ける。

 後学のためにも是非一度は目にしておきたいのだが、残念ながら今回はそのような暇はない。数時間【乗合骨車】に揺られて辿り着いた石棺街は、平民街と比べると何とも不気味な街並みだ。良くも悪くも日々の生活を過ごすために特化した平民街と比べると、どこか濁った空気と腐臭にも似た異様な臭いが体にまとわりつくようだ。街の建物自体は歴史を感じさせる重厚なもので、多くにゴシック調の装飾が施されているため、荘厳さに近いものも感じる。だが、夜の暗さと空気が醸す陰気さが、街全体に薄暗いベールをかぶせているようだ。


 【乗合骨車】は石棺街では運行していないので、ここからは馬車で移動することにした。”骨肉屍者ボットゾンビ”の御者により操られる馬車は、不穏な軋み音を上げながら道を進んでいく。過ぎ去る景色はやはり重々しく陰鬱で暗い影のような闇をまとっているようだが、その中に浮かび上がる住民たちのうつろな視線は逆に妙な熱を持っているように感じられた。生気とは真逆の病的な熱さを伴った目の持ち主たちは、ある者は顔の半分が腐り落ち、またある者は両腕だけが霞のような霊体に変異してしまっている。中には顔全体が猛獣のような形に変わっている者までいるが、住民たちの動きからは総じて気力、というものが欠落しているように感じられた。そのふらふらとした足取りを見ていると、こちらまで力が抜けてくるようだ。

 歩いている住民の数こそ疎らなままだが、石棺街の奥に行くほどその姿は悪夢から抜け出してきたような奇怪なものへと変貌していく。中には腫瘍に手足が生えたような見た目の者までおり、もはや魔境に現れる魔物と言われても疑う余地がないほどだ。理性などとうに捨てたといわんばかりの容姿を持つ住民が増えてきたころ、やはりトラブルに見舞われることとなる。


 その火ぶたを切ったのは、なんと馬車を走らせていた御者だった。道の真ん中で馬車が止まったかと思うと、御者が急に馬車から飛び降りる。馬車の荷台に取り残される形となったこちらに向かって、建物の陰から現れた十体ほどのアンデッドが襲い掛かってきた。アンデッドたちが放り投げた松明によって馬車はすぐに炎に包まれ、このまま荷台の中にいれば蒸し焼きにされてしまうことだろう。

 どのみち馬車の中にいてはアンデッドたちを迎え撃つことはできない。全書から出した【轟割の自動岩塞】で馬車の壁を粉砕して外へと躍り出るが、すでにアンデッドたちは各々が手にした武器を振り上げている。武器はどれも碌に手入れもされていない様子で、中には農具のようなものを振り回している者もいるとうだ。当然その動きは洗練されたものではなく、理性が残っているのかも怪しい。一応待ち伏せという手段をとっているのだから思考能力はありそうだが、いざ戦闘になってしまえば本能で容易く塗りつぶされる程度の理性しか残っていないらしい。

 数はいるといっても、そこらにいるようなアンデッドたちに自慢のコレクションが後れを取るはずもない。そもそも数の問題など、いまや百を優に超える我がコレクションたちの前ではあってないようなものだ。

 やはり予想通りアンデッドたちは自動人形により瞬く間に駆逐され、後に残ったのは動かなくなったアンデッドたちの死骸と燃え尽きた馬車の残骸だけだ。戦闘はすぐに終わったとはいえ、刃傷沙汰があったにもかかわらず街の住人たちがそれ以上騒ぐ様子はない。ということは、こういった騒動は住人たちにとっては日常的なものだということだろう。


 レナたちが店を構えている平民街では考えられないことだが、今いる石棺街は”繰生の儀”を行うための施設があるということもあって様々なアンデッドが徘徊、もとい生活している。まだあまり詳しい話を知っているわけではないのだが、転生の結果生じるアンデッドたちには、ある程度の”格”の違いがあるのだという。その”格”の差というのは、個々の戦闘力は言わずもがな、知性や思考能力にも影響を及ぼし、転生をしたものの半分、とは言わないものの、それなりの人数が生前より知性を大きく落としてしまうのだ。幸い、今同行しているアサームは階のゾンビに分類されるものの生前とほぼ変わらない知性を有しているようだが、平民街や貴族街から離れるほど、すなわち今向かっている腐肉街に近づくほど、そういった知性や理性が失われたアンデッドが多く在住している。在住というよりはほぼ追いやられているという感じなのだが、知性がないだけあって彼ら自身はどこに住もうがあまり気にしていないらしい。

 そういう訳なので、今後は目的地に近づけば近づくほど、こういった襲撃や戦闘が増えていくことだろう。救いがあるとしたら、知性が低いアンデッドというのは総じて格も低い個体となるため、戦闘力もさほど高くない点だ。要は有象無象の集団に近いため、数はいれどもそれほど脅威になることもない。その分、戦闘で得ることのできる戦果もほぼないわけだが、それだけが少し不満な点だろうか。


 だが、直近の問題は今の襲撃によって移動手段であった馬車が失われてしまったことである。さすがに腐肉街まではまだ距離があるし、歩いて向かおうにも今のような襲撃にまた遭うのは避けられないだろう。そのため、あまり気が進まないが、全書から【星鳴の風車】を取り出して乗り込む。馬車を引くための馬と御者はいつも通り【エスカ式自動軍馬人形】と【エリオン式自動軍馬人形】、そして【人飼の鎖竜】に任せ、馬車の中に設置された上等な座椅子に座って少し寛ぐことにしよう。この【星鳴の風車】はそこらの馬車とは比較にならない耐久性を持っているし、火や魔術に対しての耐性も抜群だ。アンデッドたちの襲撃に遭っても先ほどのようなことにはならないだろう。ただ、いかに頑丈といえども傷や破損が発生する可能性は十分にあるため、正直に言うとこういった治安の悪い場所ではこの馬車を使いたくない。大事なコレクションのため、修復が可能といえども大事に使いたいのである。

 しかし、その思いもむなしく、その後五回に及ぶアンデッドの襲撃を受けることとなった。特に最後の襲撃は五十体に及ぶのではないかという数のアンデッドが押し押せてきたため、馬車をすぐに収納して迎撃することになってしまった。自動人形たちを出し惜しみせずに迎え撃ったため、同行者たちには何の被害も出ることはなかったものの、その数の多さには辟易してしまう。そうして平民街の店舗を出発してから丸一日が経とうという頃、馬車はようやく腐肉街の入り口にたどり着いたのだった。

【轟割の自動岩塞】:二十五ページ目初登場

【星鳴の風車】:四十二ページ目初登場

【エスカ式自動軍馬人形】:十ページ目初登場

【エリオン式自動軍馬人形】:十六ページ目初登場

【人飼の鎖竜】:十六ページ目初登場


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