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異譚~スイセラの救済~

「おい!そっちに抜けたぞ!早く仕留めろ!」


 星空の下で怒号が響き、普段は徒党を組まないはずの冒険者たちがこぞって魔物を仕留めるために武器を突き立てる。その光景を見ながら、スイセラは懸命に治癒魔術を紡いだ。


「あ、早く、早くしないと……ぬ、”縫えよ、白光”」

 

 目の前で腹部から血を流して倒れていた名も知らぬ冒険者は、スイセラの魔術により治療を受けると、短く礼を言って戦闘の只中へと戻っていった。彼女自身はその後ろ姿と彼が向かう先で繰り広げられている激しい戦闘の様子を眺めていることしかできない。それを諫めるように、スイセラの背後から駆けてきた数人の冒険者が彼女の両脇を抜けて、暴れ狂う魔物へと武器を振るう。


 今スイセラやほかの冒険者がいるのは”雑える封界”の中ではない。魔境の入口にほど近い”魔境区”の一角だ。ではなぜ魔境の中にしかいないはずの魔物が町中に沸いて出ているのかというと、それの理由はただ一人の冒険者すらも分かっていなかった。これまで長年探索が続けられていたシロテランでは一度たりとも魔境の外に魔物が現れたことはなく、誰もがそれが魔境の常識だと思っていたのだ。

 だが、その常識も今日の日暮れと時を同じくして破られることとなった。最初に異変に気付いたのは”雑える封界”の入口そばの広場で採掘を行っていた新人探索者ルーキーたちだった。広場には魔物が現れないため、武器を身に着けていないものも多い。一応管理局による衛兵が配置されているが、それは魔物の対応というよりは、冒険者同士の諍いを事前に防ぐ目的が大きい。そのため、何の前触れもなく魔物が魔境の入口に向かって大挙してきた際は、まず多くの新人探索者ルーキーたちが魔物の犠牲となった。何かに急きたてられるように魔境の外へと殺到する魔物たちの体には一体残らず黒い刺青のような模様がついており、通常の個体と比べると明らかに獰猛になっていた。普段より激しく暴れ狂う魔物たちは空の下に飛び出ると、手近にいた人間に襲い掛かる。魔境区にいるのはそのほとんどが冒険者だが、不意の襲撃に即座に対応できたものはそれほど多くなく、そこでも犠牲が増えることとなった。被害が広がりきる前に、状況を把握した管理局と冒険者たちにより防衛線が構築され、だれもが予想だにしなかった魔境区での戦闘が巻き起こることとなったのだ。


 管理局により、すぐさま冒険者が招集され、スイセラもそれに応じて”雑える封界”入口そばにたどり着いたのだが、目の前の光景は彼女の予想をはるかに超える悲惨さであった。魔物に襲われた冒険者が折り重なるようにして倒れており、周囲は鮮血が充満しているような鉄臭さに支配されている。

 冒険者としてはまだ日が浅いスイセラにとって、その惨状は言葉を失うほどに衝撃的なものだった。


「だ、だすげで……」


「おい!た、頼むから起こしてくれ!右腕と右足の感覚がないんだ!」


 猛獣を象った【白亜の仮形】に脇腹を食いちぎられた剣士と、覚えるリンバ・書紙ラーパに右半身を取り込まれた魔術師が折り重なって助けを求めている。その眼差しはどちらもスイセラに向けられているが、スイセラはそれに込められた死への恐怖を感じ取り、思わず息をのんだ。震える足を無理やりに動かし助けを求める冒険者に向かおうとしたスイセラだったが、彼女が一歩を踏み出すより早く、頭上から降り注いだ純白の巨岩により冒険者たちは一瞬で地面の染みになり果てる。


「い、いやっ……」


 目の前にそびえたつ自分の十倍はあるであろう巨躯を誇る岩の巨人を見上げて、スイセラは無意識のうちに後ずさりをした。巨人の名は切り出されるコウト不形のイグラプ・白岩ホトック。二階層の最奥で冒険者を待ち受けているはずのその存在は、魔境から解き放たれた自由を謳うかのように眼下のちっぽけな敵に向けて岩でできた両腕を振り上げた。


「あ……」


 自分はここで死ぬのだと悟ったスイセラは、数秒後に自分に向かって振り下ろされるであろう岩塊を見つめることしかできない。魔境での失態により機能しなくなったパーティーを見捨てたスイセラを守る者など、今や一人もいないのだ。

 だが、パーティーはおらずともいずれかの神はまだスイセラを見放していなかったようだ。巨人の両腕が伸び切ったまさにその瞬間、輝く三つの光球が激しく岩の身体を打ち据えた。人の頭部ほどの大きさの光球はよほど硬く、威力があったのか、衝突した部分に浅くはない陥没跡を残し、岩の破片を巻き散らかせる。その威力によりもんどりうって倒れる巨人を呆然と見つめるスイセラの背後から、不自然に甲高いハスキーな声がかけられた。


「あんた、なーにボケっとしてんのよお!そんなとこに座ってたら、魔物じゃなくてわたしに踏まれちゃうわよお!!」


 背後を振り向いたスイセラは、先ほどとはまた違った衝撃によりその動きを止めることとなった。おそらく彼女を助けてくれたのであろうその人物は、女性の魔術師がよく好んで身に着けるタイトローブを身にまとっているのだが、その巨躯を完全に覆い隠すには明らかに布地が足りていない。布の隙間から垣間見える腕と足には筋が立つほどの発達した筋肉が搭載されており、魔物など一撃で殴り殺せそうなほどだ。

 鳥の巣のような頭髪の下にある顔は上品な化粧で整えられているが、顔以外の独特すぎる見た目のせいで余計に不自然さが際立っている。そんな彼女、否、彼のことはスイセラも知っていた。名をケミシーナというその異色すぎる冒険者は、シロテランでも名が知れた冒険者だ。その奇抜な容姿も彼が有名である所以の一つなのだが、それを差し置いて彼自身の戦闘力が数多くの冒険者がいるシロテランの中でも名をはせている一番の理由である。


「あんた、どうやら治癒士みたいだけど、攻撃魔術の一つや二つ使えないわけー!?それでもシロテランの冒険者なのかしらー!?」


 ぶしつけな言葉に歯噛みするスイセラは、鋭い視線でケシミーナを睨みつける。


「私の力は神の代わりに人々を癒すためのもの。そのような野蛮な使い方はしないのです」


「あら、ずいぶん殊勝なお考えですこと。でも、そんなことじゃあ、自分の身も守れないんじゃないかしらあ」


 そう言い放つケシミーナの視線の先では、今しがた倒れた【切り出されるコウト不形のイグラプ・白岩ホトック】がすでに立ち上がりかけている。それと並行して両腕を構成する岩石が音もなく変形していき、数秒後には両腕に戦斧を携えた巨人が二人の前に立ちふさがっていた。先ほど巨人を打ち据えた光球はその繰り手であるケシミーナの周囲を漂っているが、彼が目の前の敵を指し示すと、風切り音を立てながら標的へと殺到する。

 だが、今回の攻撃は巨人に損傷を与えるには至らなかった。その巨大さに反して軽やかに振るわれた戦斧により、すべての光球が中空で打ち据えられてしまったのだ。あえなく霧散した光球を見て、ケシミーナは眉間にしわを寄せた。


「……なかなかやるわねえ。さすがは二階層のヌシってところかしらあ。急に魔境から魔物があふれてきたかと思ったら、ヌシまで出てくるなんて。前の”初期化”のズレといい、一体何が起きてるのかしらあ……”集えよ、星屑”」


 ケシミーナの呪文により現れた小さな火の周囲に風が渦巻き、雷光を弾かせながら光球が生成された。その数は先ほどよりも多い五個。徐々に輝きを増していく光球の威力は確実にさっきのものより増していると思われたが、それを受ける巨人もただ待っているだけではない。岩でできた全身が波打ったかと思うと、まるで粘土のように容易く形を変えていく。自らの体を構成していた岩を用いた全身鎧を纏うことで巨躯をさらに一回りほど大きくした巨人は、ついに哀れな虫けらを轢き殺そうと足を踏み出した。まるで要塞が突撃してくるような圧力の中、やはり光球がそれを迎え撃つ。

 だが、威力を増したはずの光球はあっさりと巨人の鎧にはじき返されてしまった。何の痛痒も受けていない巨人の足はもちろん止まることなく、ケシミーナに向けて両腕の斧を振りあげる。


「あら、これはやばいかも……」


「”翳せよ、輝盾”」


 回避行動に移ろうとしたケシミーナだったが、彼がそこから飛び退るより早く眼前に半透明の輝く壁が構築された。巨人が振るった二振りの斧がその壁に激突するが、硬質な音を立てるだけで壁はびくともしていない。


「あなた!なかなかやるじゃない!神がなんだの言ってたけど、少し見直したわ!」


「それは結構ですが、さっきも言ったとおり私にはあの魔物を倒すすべはありません。あなたはもっと強力な魔術は使えないのですか?」


「使えないことはないけど、あんまり私の好みじゃないのよねえ。できればイケメンな王子様が助けに来てくれるのを待ちたいところなのだけれど!オホホホ!」


「この期に及んで何を……」


 ケシミーナが高笑いをしているうちに魔術の効果が切れたのか、輝く壁が音もなく消え去る。阻むものがなくなった標的に対して、巨人は再び吶喊を開始した。スイセラが防御のための魔術を紡ごうとするが、なんと巨人は右手に備えられた巨大斧を投擲した。斧の刃幅は一度に五人の人間を両断できるほどで、そんな大質量の斧が横向きに回転しながらスイセラに迫る。

 今更ケシミーナが操る光球を向かわせても、勢いを多少減退させることしかできないだろう。もちろんスイセラ自身が魔術で防ごうとしても、魔術の起動は到底間に合わない。スイセラにできることは、刻一刻と近づいてくる斧を見ることだけだ。


「ひっ……!」


 死の恐怖に負け、思わず目を瞑るスイセラ。彼女は数瞬後に訪れるであろう激痛を予感して身を縮ませるが、数秒経っても自分の身体が切断されることはない。恐る恐る目を開けたスイセラの目に映ったのは、直前までは確実に存在していなかった大樹だった。舗装された石畳を突き破って生えている大樹の幹には、巨人が放った石斧が絡めとられており、その刃先はスイセラの眼前で止められている。目の前の状況を観察する限り、突如生えた大樹によってスイセラの命は救われたらしい。だが、このような巨大で頑強な樹が一瞬で生えるなど、俄かには信じがたかった。

 そのまま思考に沈みそうになったスイセラだったが、斧による攻撃を防いでも、巨人が自分に向かってきているはずだと気づいた。大樹により見えなくなっていた前方の状況を確認するために、その陰から顔を出した彼女だったが、その先にいた巨人の姿を見てやはり驚きに目を瞠ることとなる。

 先ほどまで一切の障壁を粉砕する勢いで猛進していた巨人は、太い木の根によりその動きを封じられていたのだ。巨人も拘束から逃れようと身をよじっているが、時が立つほどに巨人の身体を這う根の数は増えており、ものの数秒で巨人の動きは根により完全に止められてしまった。


 唖然としてその光景を見つめていたスイセラとケシミーナだったが、そんな二人の背後から一人の男が現れた。深緑色の長髪を靡かせる美麗の青年は、動きを封じられた巨人を目を細めて見つめる。根の圧力により巨人がピクリとも動かなくなったことを確認すると、青年は杖を抱えたスイセラに微笑みかけた。


「お嬢さん、怪我はありませんか?なんとか防御は間に合ったと思うのですが」


「は、はい、ありがとう、ございます……」


 青年に見惚れるスイセラだったが、彼女が二の句を継ぐ前に、走り寄ってきたケシミーナが青年に飛びつく。


「やあーん!!わたし怖かったわー!」


「あはは。とにかく無事でよかった。僕はこの街に来たばかりなんですが、ずいぶんと賑やかですね?」


 やんわりとケシミーナを押しとどめながら、青年は周囲に視線をめぐらす。まだ周囲には巨人以外の魔物もいたのだが、そのすべてが巨人と同じように根により雁字搦めになっている。それを確認した青年は右手を前に突き出し何かを握りつぶす動作をすると、それと同時に魔物を捉えている根が球体に変形し、捉えていた魔物を押しつぶしてしまった。切り出されるコウト不形のイグラプ・白岩ホトックも例外ではなく、その体積を十分の一ほどまでに凝縮され、一瞬にして物言わぬ岩塊と化した。


「この街では魔物は魔境の中にしかいないと聞いていましたが……ずいぶんと話が違いますね」


「そ、それが、急に魔境から魔物が出てきたんです。こんなことは今までなかったのに……」


「なるほど。あちらの方からよくないものが流れてきているようですが、もしかすると今回のことと関係があるのかもしれませんね」


 そう言って青年が目を向けるのは、ちょうど封印区がある方角だ。そのことにスイセラが気づくが、青年は気を取り直したように自分に向かってくる魔物に注意を戻す。


「とはいえ、まずはここにいる魔物たちの相手が優先ですか。まったく、やっと長旅が終わったと思ったらこんな目に会うとは……」


 ため息をつく青年にスイセラは思わず問いかける。


「あの、あなた、いったい何者なの?こんな強力な魔術を使う冒険者がこの街入るなんて、聞いたことがないわ」


「ははは、なにせ私がこの街に着いたのはつい先ほどですから。故郷からとある男を追ってここまで来たんですが、彼を探す前に厄介ごとに巻き込まれてしまいました」


 そう笑う青年が髪をかき上げると、髪の下から先端がとがった耳が現れた。それは彼が緑人エルフである証だ。


「目的の達成を優先したいところですが、今回の旅は社会勉強も兼ねていますからね。それにこの状況は森の外での腕試しにもってこいだ」


 端正な顔に獰猛な笑みを浮かべながら、エルフの青年、ケラスタは魔物の方へと足を踏み出すのだった。

本話が2020年最後の更新となります。

本年も拙作をお読みいただき、誠にありがとうございました。

お礼の続きは活動報告にて書かせていただきます。

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