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四十三ページ目

 石壁によりかかりながら、遠ざかっていく衛兵の声に耳を澄ます。やがて数時間が経ち周りから完全に物音が聞こえなくなったころ、ようやくアンテスとゲレンの二人と共に移動を開始した。

 レナの馬車に隠れることで何とか封印区に入ることができたのはよかったが、そのままで馬車から降りればもちろん衛兵に見つかってしまう。早速困ったことになったと思ったのだが、その問題はアンテスが解決してくれた。

 誰かが馬車に近づいてくるのを察知したアンテスが何かの呪文を小声で呟くと、隣にいたはずのゲレンとアンテスの姿が突然掻き消える。二人はどこへ行ったのかと辺りを見回すが、しばしもしないうちに自分の身体が透明になっていることに気づいた。手や腕はもちろんのこと、身に着けていた服や全書までもが透明になってしまっている。透明になった部分は消えたわけではなく、感覚もそのままで残っているのだが、あるはずのものが見えないというのは何とも気持ちが悪いものだ。


 とはいえ、これは事前の打ち合わせ通りだった。アンテスの魔術により透明になった後は馬車から降り、積み荷を運ぶ衛兵に紛れて中へと侵入する作戦である。封印区の奥につながる門には侵入者を察知する魔具が仕込まれているらしいが、その魔具はこうして透明になってしまえば素通りできるそうだ。そもそも透明な侵入者などを想定しろという方が無茶な気もするが、門はあっけなく通過できそうである。

 だが、そう思って油断したのがいけなかった。馬車から飛び降りたところで、なぜか馬車に駆け寄ってきた男と軽くぶつかってしまう。ギリギリで避けたため腕が軽く当たっただけではあったが、いくらなんでもこれでは気づかれたに違いない……そう思ったのだが、男は全く気付いていない様子で馬車の荷物を下ろし始めた。

 どこかで見覚えがあるような気がするその男がレナの馬車の荷物を下ろす理由はない気がするが、どうやら仕事に夢中でぶつかったことに気づいていないらしい。胸をなでおろしながら門の横で侵入の時を待つことにするが、ここで衛兵たちは事前に聞いていたのとは違う行動をとった。聞いていた話だと、馬車から降ろされた積み荷はそのまま奥に運ばれるはずだったのだが、楽をしようとでも言うのか、衛兵たちはその場で積み荷の中身を検め始めたのだ。事前の予定では積み荷を運び入れるタイミングでバレないように侵入することになっていたので、結果的に門の横で待たされる時間が伸びることになってしまった。透明になっているメンバーについては様子を確認しようがないので別にいいのだが、それに気づいたレナがはた目からも分かるほどに焦り始めてた。隣にいる男はそれに気づく様子もなくレナに延々と喋りかけているため、衛兵たちもレナの様子の変化には気づいていないようだ。


 検分に時間がかかればアンテスがかけてくれた魔術の効果が切れるかも、と不安がよぎったが、衛兵たちはすぐに積み荷を封印区の奥へと運び始める。積み荷自体には何の問題もないので当然なのだが、そこでようやく門をくぐることができた。見えないので確かめようがないが、他の二人も同じく門を超えたことだろう。

 多少作戦との相違があったものの、これでひとまずは安心だ。魔術が切れるまで一旦門の傍で待機することになっているので適当な物陰に隠れていると、日が完全に沈みあたりが暗闇に染まったころ、ようやく見慣れた自分の右手が目に映った。物陰から周囲を探るとすぐに二人を見つけることができたので、ここから本格的な侵入が始まることとなる。


 初めて足を踏み入れた封印区の様相は、生活区や魔境区とも異なるものだった。建物は正確に区分けされた土地に理路整然と並んでおり、すべての建造物は同じ規格で造られているようだ。景観など度外視にし、機能性のみを追求して構築されたその区画は、あたりの暗さと淡い照明も相まって、ひやりとする冷たさを放っている。

 建物の間を駆ける三人の脚には【息呑む音吸い】が履かれており、いくら強く石畳を蹴っても僅かの足音がすることもない。頼りない照明も相まって、このまま走っていても目的地にたどり着けそうな気さえする。

 だが、そう上手くいく訳がない。前を走っていたゲレンが足を止め、それに従って三人ともがその場に集まる。近くの建物の影に隠れて様子を窺っていると、石畳を歩む金属質の足音が聞こえてきた。やがて明りのもとに現れたのは、一体の自動機装オートマタだ。だが、その姿はこちらが所持している他の自動機装オートマタと比べて少し変わっている。全身を構成しているのは鎧ではなく、寄り集まった極太の鎖だ。その鎖が四肢などの人の造形を模して、ゆっくりと歩いているのである。当然服などは身に着けておらず、鎖が足を踏み出すたびにカツン、カツンと足音が鳴っていた。


 あれは【メンスン型警鎖】という名の、この封印区を守る自動機装オートマタの一つだ。その機能のすべてが侵入者を捕縛することに傾けられており、夜間の巡回はほぼこの自動機装オートマタに任せられているらしい。【メンスン型警鎖】の構造はいたって単純で、侵入者を発見次第、全身を構成する鎖で対象を雁字搦めにするのである。鎖には【昏睡】と【封魔】のルーンが刻まれており、鎖にまかれた者は衛兵に発見されるまでそこで這いつくばることになるわけだ。

 一度見つかってしまえば対象を捕まえるまで諦めることはないし、この封印区の中を逃げ続けることも難しい。数もかなりいるらしいので、このまま進み続けるのも厳しいだろう。なので、余裕がある今のうちに考えていた対処法を試しておこう。


 ゲレンとアンテスをその場に残し、単独で明りの下へと出ていく。当然【メンスン型警鎖】はまっすぐにこちらへと向かってくるのだが、こちらが捕らわれる前に鎖を丸ごと収集してしまうのだ。手を触れずとも十分な距離に近づけば収集は可能なので、思った通り安全に【メンスン型警鎖】を手に入れることができた。


――――――――――

【メンスン型警鎖】

分類:自動機装オートマタ・鎖

等級:C-

権能:【自警】【昏睡】【封魔】

詳細:一本の鎖で作られた警備用自動機装オートマタ。対象の捕縛に特化しており、それ以外の機能は付随していない。

―――――――――


 全書の説明にあるように、【メンスン型警鎖】には警報などもついていないので、この方法で問題なく先に進むことができそうだ。驚いた様子の二人を手招きし、気を取り直して目的地に向かう。

 今回の目的地である”実験棟”は事前に聞いていたように封印区の最奥にあるのだが、まるで城のような見た目のその建物は封印区に足を踏み入れた時から視界に入っている。行こうとすれば門からまっすぐ進んでたどり着くこともできるのだが、当然その道には何人もの衛兵が待ち構えているため、今は封印区の中央を迂回するようにして進んでいた。

 当然脇道も衛兵などによって見回りが行われているため、時には物陰に隠れ、時には己のコレクションを増やしながら慎重に先に進む。先に進む際も封印区に忍び込む際に使ったアンテスの魔術を利用できればよかったのだが、透明化の魔術はかけられた対象が少し早めに歩いたりすると解除されてしまうらしい。さらに目に入る自動機装オートマタを片っ端から回収してしまえば、さすがに衛兵たちも異常に気づくだろう。なので湧き上がる衝動を必死に押し殺しながら、最小限の敵を無力化しながら先を急ぐ。

 封印区を守る自動機装オートマタは【メンスン型警鎖】以外にもう一種類おり、それは大型犬の頭部を巨大な鈴に置き換えたような見た目の 【メンスン型警鈴】だ。見た目の通り侵入者を見つけた瞬間にけたたましい音を鳴らすのだが、これは【メンスン型警鎖】と同じ方法で対処するのは難しい。そのため、つい最近生成で手に入れた【牢獄鏡】を使うことにした。

 【牢獄鏡】は大の大人でも優に全身を映すことができるサイズの鏡なのだが、鏡に映った対象をその中に閉じ込めるという機能を持っている。普通は持ち運びができるサイズではないのだが、全書さえあればサイズや重量など何の問題にもならない。【牢獄鏡】自体の所持数はそれほどないのでやはり無節操に捕獲することはできないのだが、特に危なげもなくそれぞれの障害に対応できていると言えるだろう。


 有用で貴重な物品が眠っているであろう種々の建物を素通りしながら、三人で封印区の奥へと突き進んでいく。少しくらいいいかと思って何回か建物に忍び込もうとしたのだが、そのたびにゲレンに止められてしまった。彼曰く今は先を急ぐべきとか、帰りに好きなだけ寄っていけということなのだが、ここまでの道のりは至極順調だし、一回くらいならば問題はないはずだ。

 どこかのタイミングで何とか忍び込んでやろう、そう考えていたのだが、結局その機会はないまま目的だった実験棟に到着してしまった。巡回の衛兵は数多くいるものの、定位置に留まっている見張りは少なくとも夜間ではいないようだ。それは実験棟周辺も同じようで、巡回兵をやり過ごしてしまえば、しばらくの間は周囲は安全になる。


 実験棟の正面玄関は鉄柵の門により封鎖されている。鉄柵の隙間はかなり狭く、また実験棟を囲む石塀は高いため、無理やりに入り込むのは難しそうだ。だが、そんなときに役立つのが事前に作っておいた【錠壊しの銀鍵】である。

 門の錠に【錠壊しの銀鍵】を差し込んで捻れば、なんの抵抗もなく開錠される。日々丁寧に手入れされているのか、一切の軋み音もなく門は内側にゆっくりと開いた。

 さて、ようやく目的であった建物に入ることができるわけだが、次はこの広い建物の中から救出する人物を探し出して、無事に脱出しなければならない。帰り際に諸々の用事を済ませるためにも、実験棟の中でも隠密を心掛けながら行動することにしよう。

【息呑む音吸い】:四十一ページ目初登場

【牢獄鏡】:三十九ページ目初登場

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