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異譚~ハリネスの空想~

「おい、積み荷はこれで全部か?」


「へい、旦那。遅れて着いた荷もちゃあんと積んでまさあ。出発しますかい?」


「そうしてくれ。仕事ができない仲介屋のせいでとんだ足止めを食った。日も落ちそうだし、飛ばしていくぞ」


「へい、分かりましたよっと」


 雇いの御者が手綱を軽く振ると、馬車につながれた馬が急かされるようにして歩き出す。それを見ながら、シロテランで商社を営むハリネスは、その神経質そうな顔をさらに険しくしながら手の中の懐中時計を眺める。懐中時計は日没が近いことを示しており、それはすなわちハリネスが荷を届けるための時限が迫っていることを意味していた。荷台から見える空はすでに暗さを帯び始めており、うっすらと”青月”が姿を現している。


「まったく、新しい業者を使った途端これだ。昼のオークションといい、今日は厄日だな」


 そうして口に出すと、頭の奥に追いやったはずの忌々しい記憶が思い起こされる。今回のオークションで出品される品については事前に情報を得ており、中でも二つの有用な商品に目をつけていた。そのためにできる限りの準備を整え、十分な軍資金を用意していた、はずだった。

 すべての誤算はあの奇妙で不気味な男だ。彼の商売敵・・・であるレナが連れ立っていた男は、一目見たところ商売に慣れているふうでもなかったし過去のオークションで見たこともなかった。オークションの最初の商品は派手なだけで有用でもない目を引くだけの品と相場が決まっているのだが、案の定男はその商品を競り落としていたし、大方物見遊山で見物に来たのだろうと考えていた。


 彼の商社はこの街でも有数の規模で、街にいる多くの商人とのコネもある。彼が狙っていた王都の借用書については、競り合うことになるであろう相手とはオークション前にあらかた話をつけていたし、王都の一級品の工房から出品された【星鳴の風車】こそ情報が遅れたせいで根回しはできなかったが、彼の財力をもってすれば問題なく競り落とすことができると踏んでいたのだ。

 なのにあの男ときたら、こともあろうにハリネスが狙っていた両方の品を、彼の提示金額を軽々と超える入札金額で落札してしまった。自らの財力が男のそれにかなわなかったことはもちろん悔しいのだが、今回の二つの品があれば今後計画している王都への進出も容易くなるはずだったという事実が何よりも悔やまれる。せめてもの救いは、土地の借用書が男ではなくレナの手に渡ったと思われることくらいだ。無論、土地は自分のものにするつもりだったのだが、レナのものになるなら少しは溜飲が下がるというものである。


「くそ、あれがあれば王都に店を開けたのに。そうなれば、レナとの合同店舗も……」


 一瞬馬車が強く揺れ、脳内で思い描いていた空想が宙に霧散する。積み荷の一つに腰を下ろしてもう一度時間を確認したが、このペースで行けばギリギリ時刻に間に合いそうだ。


「何とか間に合いそうだな」


「へい、荷物も急いで積みましたからなあ。それにシロテランを走らせれば、あっしより速い御者なんておりませんよ」


 そう言っている間に馬車は荷物の届け先、封印区への入場口に到着した。いつも通り衛兵に許可証を提示し、荷下ろし用の場所に馬車を停める。馬車の荷台から飛び降りたハリネスは、同業者の馬車がもう一台停まっていることに気づいた。すでに時刻は入場口が閉鎖するぎりぎりで衛兵からも小言を言われたのだが、どうやら彼らも遅れてきた業者にイラついていたらしい。御者と一緒に馬車から積み荷を下ろしていると、もう一方の馬車の主と対面する。それは、ついさっきも見た彼のライバルであり想い人でもある商人、レナであった。


「や、やあ!こんなところで何をしているんだい!?」


「……なにって仕事に決まってるじゃない。あなたこそこんな時間にどうしたの?」


「業者のミスで荷物が遅れてね。こんな時間になってしまった」


「ふーん、それよりもちょっとそこどいてくれる?」


「ご、ごめん!」


 ハリネスが慌ててその場から後ずさりすると、そこを荷を持ったレナが早足で歩いていく。それを見たハリネスは、レナの馬車の荷台にまだ大量の荷が積まれていることに気づいた。


「レ、レナ!わたしも手伝うよ!」


「はあ?あなた何を言ってるの?なんで自分の仕事が終わる前にこっちの仕事を手伝うのよ」


「それは……」


「旦那あ、淑女一人に力仕事をさせるのはよくないんじゃないですかい?」


「そ、そう!その通りだ!君はそこで休んでいてくれたまえ!」


「だから手伝わなくていいって言ってるでしょうが!ちょっと!勝手に荷台に上がらないで!」


 制止するレナに構わず、ハリネスは荷台に積まれているいくつかの荷物を運び出す。持った荷物の重さによるものか、何かにぶつかったようにハリネスはよろめくが、レナの役に立っているのがよほどうれしいのか、駆け足に近い速さで門の前に荷物を積んでいく。御者によりハリネスが乗ってきた馬車の荷物も降ろされ、馬車二台分の荷物が積み上げられることとなった。

 普段であれば、荷下ろしの区画にあるもう一つの門から担当の衛兵が現れ、封印区の中に持ち込んでから中身の検分を行う。だが、今回はハリネスたちが置いた積み荷を衛兵たちがその場で開けだした。

 それを見たレナが、ギョッとした様子で声を上げる。


「ちょ、ちょっと!なんでここで荷物の確認をするのよ!?」


「時間が遅くなったせいで担当のやつが上がっちまってな。ああ、受け渡しのサインとかは検分が終わってからやるから、お前たちはそこで少し待っててくれ」


 頭巾のせいで顔は完全に隠れているものの、そう言う衛兵の口調は実に気だるげだ。ハリネスとしてはレナの隣に居る口実ができたので寧ろ歓迎なのだが、レナは次の用事でもあるのか、妙にソワソワしているように見受けられる。


「レナ、落ち着かない様子だが、この後に予定でもあるのかい?」


「別にそういう訳じゃないわ。いつもと手順が違うから、少し驚いただけ」


「この時間にここに来るのは初めてかい?ここの門番はいい加減なやつが多くてね。時限を過ぎても、なんだかんだ言って荷物を受け取ってくれる時もあるんだ」


「そうなのね……」


 レナの気を引こうとハリネスは言葉を続けるが、当のレナは上の空の様子で検分が進む荷を見つめている。自分への興味を示してくれないレナに視線を向けるハリネスだったが、そこであることに気づいた。


「そういえば、昼のあの男は一緒じゃないのかい?大方、新しく雇った従業員かと思ったが」


「え!?ええ……彼はなんというか、お客さんなのよ。今は別の仕事をしているわ」


「ふん、あんな風に金を使えるとは、ずいぶんと稼ぎのいい仕事をしているようだ。まさか君の新しいボスなどとは言わないだろうね?」


「冗談言わないで。私が誰かに雇われるなんてありえないわ……だからいい加減諦めてちょうだい」


「そ、そんなこと言わないでくれ……」


 ハリネスの弱々しい返事に構わず、レナは荷の検分を終えた衛兵に近づいていく。封印区へと荷を運んだ際には、衛兵から受領を証明する印を貰わなければならない。レナは慣れた様子でそれを受け取ると御者台に腰を下ろし、自分の手で手綱を振るう。慣れた手つきで馬の方向を変えさせると、馬車はゆっくりと生活区につながる門に向かっていった。


「あ!ま、待って!このあと時間が空いてるなら食事でも一緒に……」


「ごめんなさい。このあとは用事があるの。それにあなたもまだ仕事が残っているでしょう?お互い、仕事を頑張りましょ」


「そ、そうだね……頑張ろう……」


 おそらくはハリネスの言葉が届く前に、レナが乗る馬車は門を通って出ていってしまった。それを切なげに眺めるハリネスの背を、御者の手が軽く叩く。


「旦那あ、その熱意は認めやすが、いい加減諦めた方がいいんじゃないですかい?毎月用意してる贈り物の金額もバカになりやせんし……それに受け取ってもらったことはないんでしょう?」


「うるさい!受け取ってもらってないだけで、嫌いとはまだ言われたことはないんだ!もっと稼げれば、いつかは振り向いてくれるさ!」


「……まあ、粘り強いのは旦那のいいところではありますがねえ。あ、手続きしてくるんで、いつものとこにサインお願いしやす」


 ハリネスがサインをしている間に、交代で入ってきた夜番の衛兵が近づいてくる。


「ふわあ……よお、ハリネスさん。相変わらず夜まで仕事してるんだな」


「そういうあんたはずいぶんと眠そうだな。夜勤だから仕方ないのかもしれないが、そんなことで見張りの方は大丈夫なのか?」


「なに、見張りは俺だけじゃないしな。それにここだけの話、奥につながる門には貴重な魔具が仕込んであってな?見張り全員が寝てても、透明人間でもなければ門をくぐることはできねえさ」


「そうか、それは安心だな」


 この時間の衛兵は職務態度に難あり、ハリネスは心の中にそう書置きしながら、衛兵からのサインを受け取った。商売の仕事をしている者にとって、どんな情報でもそれは利益の素だ。特にこういった、組織に付け込むきっかけになりそうなものならばなおさらである。

 積み荷を封印区の奥に運び入れる衛兵たちを尻目に、ハリネスは御者が操る馬車に乗って生活区へと戻っていく。今からレナを追う……のはさすがにやめておいた方がいいだろう。レナに言われたように残った仕事を整理するか、と考えるが、手綱を握る御者を見て、ふとある違和感を覚えた。


 それは先ほど話をしていたレナについてだ。レナは性格こそ勝気なものの力はあまり強くないので、荷下ろしなどは日雇いの従業員を使うことが常だった。しかし、今日の配送ではそれなりの量の荷物を馬車に積んでいたにもかかわらず、彼女はひとりで荷下ろしをしようとしていたようだった。

 少なくとも馬車に荷物を運んだ何者かは居たはずなのだが、時間が遅かったために人員を帰らせたのだろうか。ともかく、ハリネスがいなければ彼女は荷下ろしにかなり苦労をしたことだろう。


「とにかく、これで僕の株も上がったはずだ、ムフフ……」


「はあ、何を考えてるのか知りやせんが、旦那も懲りませんねえ。あっしの数倍稼いでるんですから、他にいい女性も見つかるでしょうに」


「何を言う!レナほどに魅力的な女性などいるものか!そもそも彼女は女性のみで商会を一から設立して……」


 レナの魅力を熱弁し始めた自らの雇用主を見て、御者は小さくため息をついた。だが、彼のそんな様子にも気づかずハリネスは言葉を続ける。先ほど彼の脳裏に浮かんだ小さな違和感など、その熱に溶かされるようにして跡形もなく消えてしまうのだった。

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