異譚~ジーンとの問答~
今回はいつもと少し違う書き方です。
「座り心地がいい。よい椅子だな」
「まあ、こんなところで立ち話もなんだからな。茶も飲むか?」
「いや、そこまで構わないでくれたまえ。それにこんなご馳走を目の前にしては、水も喉を通らないというものさ」
「心臓のことか。その口ぶりだと、これが何か知っているようだな」
「おや、君こそこれの正体を知らないのかい?それなのにこんな魔境の最奥まで来るとは、物好きなものだね」
「あいにく来たくてここに来たわけじゃなくてな。魔境の構造変化……”初期化”か?あれに巻き込まれたんだ」
「ふむ、あれのせいでここまで落ちてきたと。よくもまあ生きていたものだ、今日はあれのせいで大勢の探索者が命を落としだろうに」
「”雑える封界”の初期化は五日毎の日の出と共に始まると聞いていたんだがな。まだ日の出までにはかなり時間があると思ったんだが」
「その通り、これまでは寸分たがわず日の出と同時に初期化が始まっていたさ。だが、なぜか今日だけはその法則が変わってしまったようだね。わたしも魔境の様子がおかしいと思ってきてみたんだが、いやはやこんなことになるとはね」
「運が悪いんだかいいんだかわからないな。この魔境には詳しいのか?」
「詳しいと言えばそういうことになるかな。私は少し前にこの街に来てね。いろいろと調べて回っているのさ」
「ほお、それなら知っていることを教えてくれないか?この場所のこととか、分かりないことばかりなんだ」
「構わないが、今私も知ったことばかりでね。まず、ここはこの心臓のために用意された区画のようだ。この先の部屋には大量の墓標があっただろう?あれはこれを鎮めるための人柱、といったところだね」
「ということは、この心臓はここに閉じ込められているということか?」
「そういうことだね。君も知っていると思うが、”雑える封界”にある石材等はどれも封印に適したものだ。もしかしたら、それらの効力を期待してここに安置したのかもしれない」
「気になるのはこの心臓が誰のものなのか、というところだな」
「……【エリンケルヤの心臓】というらしい。”エリンケルヤ”というのは、古い歴史書にでてくる災厄の名だ。その詳細は伝わっていないはずだが、どうやら生物の名前だったようだね」
「名前を知ってたのか?」
「……まあ、そういうことにしておいてくれ。私はこれでも学者でね。知らないことがあるといても立ってもいられない質なのだよ」
「学者?なにか研究でもしているのか?」
「ふふ、私の場合は読んで字のごとく、”学ぶ者”さ。未知の物を見て、それについて学ぶ。性に合った、楽しい仕事といったところだね。ところで君は探索者かい?あまりそのようには見えないが」
「む、職業といわれると答え辛いが……今は旅人といったところか。路銀を稼ぐために商人の真似事はしている」
「旅人の身で魔境に入るとは、なにやら事情がありそうだね。まさか諸所漫遊の旅という訳もないだろうに」
「いや、それと似たようなものだな。気の向くままに、欲しいものを手に入れる旅だ。珍しい物や貴重な物を知っているなら、ぜひ教えてほしい」
「ふふふ、なんとも楽しい旅路じゃないか。珍しいというと、この目の前の心臓なんてどうだい?確実に他では見られないものだぞ?」
「いや、こういう生きたものはどうも食指が動かない。はく製にでもなっていれば話は別なんだがな」
「それは難しいだろうねえ。見たところ、心臓に刻まれたルーンがこの心臓を生かさず殺さずの状態に留めているらしい。鼓動の度に自身を蝕む呪詛がルーンから漏れ出す、なんとも残酷な封印術だ」
「”エリンケルヤ”とやらは随分と恐れられていたみたいじゃないか。その話しぶりからしてこの部屋には普通には来れないんだろう?封印はともかく、これ自体にアクセスできないようにするとは、よほど念入りに封じてたんだな」
「私も今回の異変でたまたまここへの移動通路を見つけてね。まさか最下層にこんな部屋があるとは思っていなかったよ。ここをもっと調べれば色々な事が分かりそうだ」
「色々な事?」
「ああ、新たな封印式や文化様式、それこそここに【エリンケルヤの心臓】がある理由とかね」
「ふーむ、新たな知見を得ることができるということか」
「おや、あまり興味がなさそうだね。ここはまさに宝の山さ。いくら金を積もうが、たった一つの知識の価値にすら釣り合うことはないと思わないかい?」
「否定はしないが、やはり形あるものを手に入れてこその達成感があるだろう?残るものでなければどうも物欲が向かなくてな」
「理解はできないが、趣味趣向は人それぞれだからね。細かいことは言わないでおこうか」
「それはそうと、この魔境に詳しいならなにか珍しい物を知らないか?一応三階層までで手に入る物品は回収したんだが、こう、普通の方法では手に入らないものとかはないのか?」
「珍しい物ねえ。そういえば二階層の奥にいる【切り出される不形の白岩】は時折亜種ともいうべき色違いの個体になるんだ。現れるかは運次第だが、亜種から得られる【不造の黒岩】は希少な魔具の素材になるのさ」
「ほお!それはいいことを聞いた!亜種が現れるまでしばらく粘ってみよう」
「現れる確率は低いし、他の探索者との競争にもなるが頑張ってくれたまえ。あとは先に進むことができればあらかた手に入るんじゃないかな」
「本当にいろいろなことを知っているんだな。街でも色々と調べ回ったが今の情報は聞いたことがなかった」
「それが私が生きている理由だからね。便利なスポンサーもいるから存分に調べ物ができる。優雅な生活さ」
「スポンサー?」
「ああ、とある王様に面倒を見てもらっていてね。とはいえ、名ばかりの薄っぺらな王様だが」
「王というとこの国の王ということか?王に薄っぺらいも何もないと思うが」
「ふふふ、それがそうでもないんだ。その口ぶりからすると、この国にいる三人の王のことは知らないみたいだね」
「三人の王?王位継承者が三人いる、という訳ではないのか?」
「そういう訳ではないんだ。この国には我こそが正当な王だと名乗りを上げている哀れな凡人が三人いてね。私はそのうちのひとりの剣客といったところさ」
「三人もいれば一人くらい正当な王がいてもよさそうだがな」
「この国の王にはある特別な手順が必要らしくてね。その詳細を調べるのも私に頼まれた依頼なんだが、残念ながらここではその手掛かりすら手に入らなさそうだ」
「どうすれば王になれるか分からないから王位は空席だが、王がいないから名乗るのも自由ということか?随分と適当だな」
「それは本人たちに言ってくれ。彼らは至極真面目に王と為らんとしているのだからね」
「そういえば知り合いが”王都”やらに連れていかれたらしかったんだが、その分だと三つのうちの王都のどれか、というところみたいだな」
「そうだねえ。王都の中でここから一番近いのは”グリッサム”という古い都市だ。もしかしたらそこに君の知り合いはいるかもね」
「”グリッサム”か……姉エルフの安否はあまり気にならんが、また色々なものがありそうだ。覚えておくことにする」
「ああ、そうしてくれ。あの王都は歴史という観点でいえばとても貴重な物だ。あの街は最高の調査対象だったよ。きっと君の琴線に触れる物もあることだろう」
「そう言われると一刻も早く行きたくなるが、まずはこの魔境での収集を終えてしまわないとな。そのためにはこの部屋から出る必要があるわけだが……」
「それならさっき私が来た方に行ってみるといい。その先に一階層の隠し部屋につながる転移陣があるから、すぐに上に戻れるよ」
「転移陣?それを使えばすぐに一階層に移動できるのか?」
「ああ、ルーンを使った古代の魔法技術さ。なかなかお目にかかれるものでもないから、せっかくだから見て行くといいだろう」
「ということはこの魔境は人工的に作られたということか?そもそもこんな場所が自然にできるとは思えないが」
「完全に人工的なのか、元々あった場所を利用したのかは分からないが、何かしらの作為はあったんだろうね。魔境はまるで別の世界のように独特な法則に基づいている。にも拘らず突然自然発生することもあるから不思議なものだ」
「自然発生だと?魔境はそんな簡単にできるものなのか?」
「残念ながら魔境ができるところに立ち会ったことがないから私も詳しくは知らないけどね。何の前触れもなく現れることもあれば、もともと人が住んでいた場所が突然魔境と化すこともある。君の旅はしばらく終わりそうにはないな。ふふふ」
「それは何とも心が踊るな。いい話を聞けて良かった。そろそろ上に戻ることにする」
「気を付けて帰ってくれたまえ。私はこの階層を調べることにするが、それが終わればこの街にいる理由もないからね。もしかしたらもう会うことはないかもしれない」
「ふむ、そういうことなら仕方ないな。また会おうではないか、あー……」
「”ジーン”だ。だが、覚えておく必要もないさ。ではさらばだ、ナナシ」
「お互い目的を達成できるといいな。幸運を祈る」




