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本日の天気は雲一つない快晴。まさに魔境探索に相応しい日和と言えるが、これから挑む”雑える封界”は洞窟型の魔境だ。シロテランに隣接する岩壁にぽっかりと開いた洞穴が”雑える封界”の入り口であり、そしてそこには今、長蛇の列ができている。
長蛇といっても並んでいるのは二十人ほどの探索者なのだが、どういう訳か魔境の入り口に立っている衛兵のような人間と一人ずつ何かのやり取りをしているようだ。それほど時間はかからずに順番が回ってくるが、どうやら衛兵たちは魔境に立ち入る探索者たちの名簿をつけているようだ。なにを聞かれるのかと身構えたが、【シロテラン特別許可証】を提示するだけで中に入ることができた。
名簿への記載の際に衛兵と話をしてみると、”魔境管理局”なる存在のことを聞くことができた。本来の名前はもっと長ったらしいようだが、探索者や衛兵たちはその組織のことを”管理局”などと呼んでいるようだ。”管理局”は都市に所属する機関らしく、管理費(要は税金のようなものらしい)として探索で手に入れた戦果の何割かを差し出すのと引き換えに、様々な都市での優待を受けることができるという。素材の売買で得をしたり、治療所や宿でもより良いサービスを安価で受けることができるようだ。
たしかに興味を惹かれるが、戦果を差し出す必要があるというのがいただけない。幸い、管理費を払わなくても魔境探索を行うことはできるそうなので、今回はそのまま”雑える封界”に挑戦することにした。
そうしてやっと”雑える封界”に足を踏み入れることができたわけだが、入り口付近には他の探索者や衛兵なども多く、あまり危険な魔境にいるという印象は受けない。これまで魔境に入る際は単独であることが多かった。” 轟く鉄滝”では道中の都合で姉エルフと共に探索をすることとなったが、これほど人が多いとどうもスイッチが入らないというか、危機感が薄くなってしまう。
とはいえ、奥に進めば自ずと探索者の数も減るだろう。早速全書から【雑える封界の探索図】を取り出し、歩を進めることにする。古本屋の店主から聞いた限りでは、魔境の入り口付近にはあまり魔物も現れず、洞窟の壁面などから採取できる比較的安価な素材を狙った新人探索者が多くいるそうだ。その話の通り、確かに入り口から少し進んだちょっとした空間には、鶴嘴などの採掘具を振るう若者たちが多くいた。洞窟はくすんだ白銀色の鉱物でできており、ほんの少し壁面を削るだけでも結構な労力がかかりそうだ。服装を見る限り、どうやら都市に住むまだ子供と呼べそうな年齢の人間も採掘を行っているようで、よくもまあこんな力仕事ができるものだと感心してしまう。
比較的安価とはいえ、魔境から得られた素材はそれなりの値段で商人に引き取ってもらえる。この広間までなら都市の衛兵も配備されているので、もしかしたらちょっとした小遣い稼ぎの間隔でここにいるのかもしれない。
安全なのはいいが、こう人が多いと満足に素材採取もできない。もっと人が少なく探索がしやすいところを見つけるため、この広場は一旦通過してしまおう。広間から出る際に衛兵がちらりとこちらに視線を向けるが、特に制止されることもなく先に進むことができた。広間から一歩外に出ると、一気に人影が少なくなる。
”雑える封界”は周囲を岩で覆われた細長い通路と、やはり岩でできたいくつもの広間から構成されている。全体的な広さはあまりなく、面積としては丸一日あれば周りきれる程度だが、これまでの魔境とは異なり”下層”へと続く道がある広間から続いているらしい。そこから下層へ移動すると、上層と同規模の洞窟をさらに探索することとなるのだ。通路の横幅は狭く、大人が三名も並ぶと一杯になる程度。とてもではないが大勢の戦闘を行えるような場所ではないため、護衛として【鳴砦の銀剣】を一体だけ出しておいて先に進むことにした。進んでみてもやはり通路の幅は変わらず戦闘にも難儀しそうなほどだが、そんな通路を進んでいると魔境に入って初となる魔物と遭遇した。
前方から地面を這いずるようにして近づいてくる何かに気づくことができたのは、それが鳴らす金属音のためだった。洞窟にはいくつかの松明が設置されているが、基本的には薄暗く視界は悪い。近づいてくるなにかはまだ見えないが、岩と金属が擦れる嫌な音が何かとの距離が確実に狭まっていることを知らせていた。これ以上 自動機装を並べるのは難しいので、【鳴砦の銀剣】が突破された時のために【三叉の金触腕】を背に装着し、さらに【狂い合う死生杖】と【赤水の石義手】を装備して敵襲に備える。
やがて通路の奥から現れたのは、地面を這いずる鎖、としか呼べない何かだった。事前に情報がなければ我が目を疑っていたであろうその魔物はこちらを敵と認識したらしく、速度を上げて向かってくる。数は二体、長さは二メートル弱であろう鎖は、鎌首を擡げるように一方の先端を持ち上げながら、【鳴砦の銀剣】へと飛び掛かってきた。
【鳴砦の銀剣】は両手に握る一対の剣でもって鎖を斬りつけるが、鎖はやはり見た目の通り金属でできているらしく、鋭い斬撃は硬質な音を立てて鎖を弾き飛ばすだけに留まった。続く二体目の鎖も同じように斬撃により弾き飛ばされるが、攻撃によるダメージはなさそうだ。そうして何度か鎖と【鳴砦の銀剣】が攻防を繰り返していると、ついに二体のうちの一体が【鳴砦の銀剣】を掻い潜りこちらへと近づいてきた。別のオートマタに戦わせてもいいのだが、ここは敵の戦力を確かめるためにも直接相手をしてみる。
といっても危険を冒すつもりはない。装着している【三叉の金触腕】の触腕と、【狂い合う死生杖】から伸びる骨の縄で鎖を雁字搦めに拘束し、頭部と思しき箇所を【赤水の石義手】で握りしめるだけだ。【赤水の石義手】に備わった権能の一つである【赤拳】を発動すると、無機物であるはずの【赤水の石義手】が発火し、その熱により鎖は簡単に溶け落ちてしまった。体の一部を失った鎖はすぐに脱力し、一瞬にして何の変哲もない鎖へと変わる。少々あっけないほどの耐久度だが、これも事前に手に入れていた情報通りだ。
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【巻き付く銀鎖の鎖体】を収集しました
【溶けた封銀】を収集しました
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鎖型の魔物、【巻き付く銀鎖】は頑丈ではあるものの熱に弱く、火を使った攻撃で簡単に対処できる。聞いてはいたが、正直ここまで弱いとは思っていなかった。手に入れた素材を確かめている間に【鳴砦の銀剣】も一体目を仕留め終えたようだが、今の戦闘を鑑みるにこれから現れるであろう魔物との相性がいいとは言えないだろう。とりあえず魔物の残骸を回収し、【鳴砦の銀剣】の代わりに【聖地佇む炎剣士】を護衛として使うことにする。【聖地佇む炎剣士】ならば炎をまとった斬撃により効果的に魔物を蹴散らすことができそうだ。
その予想は的中し、現れる魔物は【聖地佇む炎剣士】により一刀のもとで撃破されていく。といっても遭遇する魔物は【巻き付く銀鎖】一種類のみだ。得られる素材も同じものばかりで少々物足りなさを感じていると、ようやく開けた空間に出た。そこは入り口そばの広場よりなお広い場所だったが、採掘に勤しんでいる探索者は一人もいない。それどころか、先ほどの広場は探索者であふれるほどだったのに、この空間には一人の探索者さえも見当たらないのだ。
他の探索者がいないのはまさに願ったり叶ったり。早速壁面で採掘するために広場の中を進むことにする。探索者もいなければ魔物も一体もいない。そう思っていたのだが、広場の中央付近まで進んだころ、広場の地面や壁の何カ所かが揺れ動くと、そこから剥がれるようにしてまだ見たことがない魔物たちが現れた。
現れた魔物は二種類、不格好なマネキンのような見た目の魔物と球体に一対の羽だけを取り付けたような魔物だ。いずれも全身が洞窟の地面や壁と同じ素材でできており、見ただけでその頑強さがうかがえる。数はおよそ十体ほど。さすがに【聖地佇む炎剣士】だけではさばききれなさそうなので、他のオートマタも迎撃に使う。先ほどの通路であればともかく、今いる空間はかなり広いため、敵の数を超えるオートマタを出しても十分に戦闘を行えるだろう。
現れた魔物は一旦オートマタに任せて、別動隊で壁面の採掘も並行して行うことにする。”轟く鉄滝”にて生成していた【岩指骨人形】と【採掘する茶岩骨】を全書から出して、手ごろな壁面の採掘を指示しておく。無論こちらにも魔物は近づいてくるが、オートマタで十分対処が可能だ。そうして自分は安全なところでしばらく待っているだけで、すぐに素材が集まった。
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【封銀の原石】を収集しました
【封銀の大原石】を収集しました
【雑灰石】を収集しました
【雑黒石】を収集しました
【雑白石】を収集しました
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採掘の結果、量こそはそれなりに集まったが、名前を見てもそれほど価値があるものはないように思われる。ここはまだ魔境の入り口といっても差し支えない場所なので、奥地に行けばまた違う素材が得られるかもしれない。採掘を行っている間に魔物の掃討も完了していたので、そちらの素材も回収してしまおう。
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【真似る石人の欠片】を収集しました
【真似る石人の頭部】を収集しました
【真似る石人の四肢】を収集しました
【漂う石羽の球体】を収集しました
【漂う石羽の小羽】を収集しました
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手に入れた素材がどのよう形で役に立つのかはまだ分からないが、順調にコレクションが増えていっているのは大変喜ばしい。この調子で”雑える封界”の深部へ進んでいくことにしよう。
【雑える封界の探索図】:三十五ページ目初登場
【鳴砦の銀剣】:二十ページ目初登場
【三叉の金触腕】:二十五ページ目初登場
【狂い合う死生杖】:九ページ目初登場
【赤水の石義手】:二十六ページ目初登場
【聖地佇む炎剣士】:二十五ページ目初登場
【岩指骨人形】:二十三ページ目初登場
【採掘する茶岩骨】:二十三ページ目初登場




