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三十三ページ目

 森を疾走する大蛇の頭に張り付くようにしてしがみつくというのはなかなかにスリルがあり、振り落とされないように腕に力を込めても、風に吹かれる木の葉のように身体が上下左右に振り回されてしまう。咄嗟に全書から出した【赤水の石義手アレムトイス】がなければ、前方から迫ってくる枝によってすでに弾き飛ばされてしまっていただろう。今は何とか義腕のおかげで掴まれてはいるが、それでも前方から向かってくる数々の障害物が身体にぶつかり、痛みをこらえるので精いっぱいだ。

 そんな状態を見かねたのか、大蛇の頭の上に腰を下ろしていた女エルフが手を貸してくれたおかげで、ようやく一息つくことができた。女エルフは兵士エルフの血縁者のようで、改めて顔を見てみると確かにどことなく二人の容姿には共通点があるように思える。

 彼女には前に騎獣の生活施設でも会っていたが、どうやら兵士としての一面もあるらしい。存外な腕力でこちらの身体を引き上げると、また落ちないように彼女の後ろに姿勢を固定してくれた。大蛇の勢いにより振り落とされないように女エルフの腰にしがみつく形になってしまうが、背に腹は代えられないというものだ。


 兵士エルフも大蛇の頭に乗っているが、二人のエルフは激しく揺れる大蛇の動きに怯むことすらなく、エルフ語で会話を続けている。二人ともこちらをまったく気にしていないため会話の内容はさっぱり分からないが、大蛇はとにかくどこかを目指して森の中を疾走しているらしい。

 

 どうせやることもないので、今の状況を整理しようと思うが、如何せん現状を理解するための手掛かりが乏しすぎる。分かることと言えば、先日まで防衛の準備を続けていた機獣からの攻撃がとうとう始まったということくらいだ。防衛線には全書を使って作った生成物も含めてかなりの戦力を配置していたはずだが、あれほど多くの機獣が集落まで攻めてきたということはすでに突破されてしまったのだろう。

 防衛線は多くのエルフたちにより守られているはずなので、彼らの安否も気になるところだ。だが、しばらく森を突き進んで気づいたが、どうやら大蛇は防衛線とは逆の方向、すなわち森の中心地へと向かっているらしい。碌に話し合いもないままエルフ兄妹は集落を飛び出たはずなので、二人は事前に何かしらの情報を持っていたのだろう。

 おそらくそれは機獣が森に大挙して攻めてきた理由と無関係ではないだろうが、今は大蛇の頭の上で揺れに耐えるしかない。道中で素材を集めようにも、自分の横を何が通り過ぎたのか視認すらできない速度だ。一刻も早く目的地にたどり着くのを願うばかりである。


 そうして一時間は移動し続けたかという頃、大蛇が突然その動きを変えた。だが、変えたといっても残念ながらその場に止まったわけではない。横方向から突然現れたなにかを避けるために、大蛇がその長大な体を突然激しくくねらせたのだ。危うく頭の上から弾き飛ばされそうになるが、すでに力が入らなくなってきている両腕で必死に女エルフにしがみつくことで、なんとか事なきを得た。

 現れたのは、今乗っている大蛇とよく似たシルエットをもつ生物だった。だが、その外見は普通の生物とは一線を画す異様なものだ。それの全身はブヨブヨとした肉質の皮で覆われており、それを守るかのように黒く艶のある粘液が所々から滲みだしている。体の側面からは百足のものとよく似た節足が何本も生えており、それを盛んに動かすことで大蛇と変わらないほどの速度で走ることができているようだ。頭部に目鼻はなく、巨大な口のみが備わっているように見受けられる。

 魔物だとしてもなお異質なそれは、こちらに襲い掛かってくることはせず、大蛇と並走して森の中心地に向かっているようだ。どういう訳か同じ目的地を目指しているようだが、エルフ兄妹は並走する魔物を指さしてしきりに何かを言い合っている。


 会話の内容はやはり分からないが、ひとしきり言い合ったところで兵士エルフが声をかけてくれた。どうやらようやく目的地に到着するらしい。大蛇に乗ってかなりの距離を移動してきたので、おそらくすでに森の中心地近くまで来ているだろう。

 そう考えていると突然視界が開け、森の中にぽっかりと開いたような広い空間に出た。目の前には大きな湖が広がっており、さらにその中央には集落で見た巨木に匹敵するサイズの大樹が聳立しょうりつしている。湖はなんとか向こう岸まで見通せるほどの大きさで、真上から見れば大樹を囲う輪のように見えることだろう。

 大樹をよく見てみると、それは二種か三種の樹木が絡み合って形成されていることが分かった。樹木の種類はさすがに分からないが、一目見ただけで頑強さを感じる質感であることは確かだ。


 そんな巨木と湖が地面のほとんどを占める空間には、すでに先客が二人、否、二体いた。それらはここまで並走してきた魔物にも引けを取らない特異な姿だが、内一体は見覚えがある個体だ。先日単独で探索をしていた際に出会った大猿は、こちらを認めると周囲に轟く咆哮を放つ。その咆哮に応えるように、もう一体の巨大な魔物も絶叫を上げた。

 それは一見して枯れた大木のような印象を受ける造形をしている。だが、体の各所からは樹木や岩、さらには白骨などにより構成された幾本もの人の手が生えており、それらはそれぞれが別々の石を持っているかのように蠢いている。人の手とは言っても、その大きさは魔物のそれと釣り合うほどなので、見る角度によれば手の塊のように見えるかもしれない。


 二体の魔物は咆哮と同時に広場の中央、すなわち巨木を目指して駆け出した。さらにこれまで大蛇と並走していた百足の魔物も一直線に巨木を目指す。魔物たちが湖に足を踏み入れたことで、水面が激しく波打ち、大きな水飛沫が上がった。

 三体の魔物が同じ地点に向かっているため、必然的に彼らは衝突することとなる。まずぶつかったのは位置が近かった二体、大猿と枯木の魔物だ。大猿が片手に携えた巨木を横なぎに振るうが、枯木の魔物は複数の腕で衝撃を和らげてそれを受け止めたようだ。巨木を挟んで互いを押しのけようと二体が暴れているうちに大百足も乱闘に混ざり、三体は湖の中でもみ合い、のたうち回っている。

 湖は奥行きによる深さの変化はないらしく、自分で普通に入っても膝までつかる程度のようだ。それゆえ、行こうと思えば歩いて巨木にたどり着けそうである。


 さて、いつまでも巨大魔物たちの大乱闘を眺めているわけにもいかないが、まだここに来た理由を聞いていない。改めて兵士エルフに話を聞いたところ、どうやら集落に攻めてきた機獣が欲するものがここにあるらしい。そして三体の魔物たちもその何かを欲しており、それを独占するためにああして争っていると教えてくれた。

 機獣や魔物たちが欲している何かの正体を聞いても要領を得ない答えしか返ってこないが、生物、無機物問わず求めるものなど聞いたこともないし、そんなものが存在するならば、是が非でも手に入れたい。話を聞く限りエルフたちが確保したいという訳でもないようなので、少しくらい拝借しても問題ないだろう。

 そう言うと二人が何ともいえない表情を浮かべるが、たとえ拒否されても欲しいものは欲しいので構う必要はない。そういう訳でようやく行動するための目的ができたころ、魔物たちの戦いにも変化が現れていた。


 三体ともその巨体に見合った膂力と攻撃の激しさを誇っているが、その中でもやはり大猿は頭一つ抜けた能力を持っているようだ。今も枯木の魔物を殴りつけながら、もう片方の手と二股に分かれた尻尾で捕えた大百足を、膂力のまま引き千切ろうと力を込めている。だが、態勢を整えた枯木の魔物が全身から生える手を激しく動かすと、周囲の水面から水柱が立ち昇り、それぞれが太縄となって大猿を拘束した。

 大猿はそれを掴もうと体を掻きむしるが、大猿が触れても水の縄は何の変哲もない流水のようにその手を素通りするだけだ。その隙に大猿の手から逃れた大百足は、身をよじらせてその場から離れ大樹へと向かう。


 二体の魔物はその後を追うと思われたが、追いかけようと向きを変えた大猿の背後から枯木の魔物が襲い掛かる。水の縄も健在なため、大猿は勢いを殺すことができず湖に引き倒された。大猿は激しくもがくが、水の縄はチャンスを逃すまいとその数を増やしていき、さらに枯木の魔物もその上に覆いかぶさり、幾本もの手で大猿の肉を千切り取っていく。

 大猿の反撃により枯木の魔物の手も少なくない数がへし折られるが、損傷は明らかに大猿の方が多い。そして、二体が争っているうちに大百足は大樹にたどり着き、その幹をするすると登り始めた。


 その動きを見て気づいたが、大樹の頂上付近には一つの果実のようなものが生っていた。今立っている場所からはかなりの距離があるはずなのに視認できるということは、それは果実というには不釣り合いな大きさを持っているということだ。

 あれが兵士エルフが言っていた”何か”に違いない。だが、大百足がそれにたどり着こうとしている今も、エルフ兄妹はなんら慌てる様子もなく、むしろ大百足が果実を手に入れる瞬間を待っているようにも見える。

 あと数十秒もすれば大百足が果実へと到達するだろうが、その前に湖から咆哮、否、絶叫が響いた。そちらに目を向けると、肥大化した左腕を力でもってぎ取られた大猿が、残った腕で必死に敵から逃れようとしていた。大猿を瀕死まで追い込んでいる枯木の魔物は、一切の慈悲も見せずに攻撃を加え続けている。幾本もの手により大猿の肉は骨が露出するほどまで抉り取られているが、攻撃の手が緩むことはない。枯木の魔物はまるで地面に埋まった何かを掘り出そうとするように一心不乱に肉を削り続けるが、白骨で構成された手がひときわ深く大猿の胸に突き刺さった瞬間、ピタリとその動きを止めた。数秒後にゆっくりと抜き取られた白骨の手に握られていたのは、黒く輝いているとしか形容できない球体だ。


 一目見た瞬間、それが大樹に実っていた果実と同類のものであると察する。大猿への執拗な攻撃は、体内に埋まった”あれ”を取り出すためだったようだ。これまでの攻撃にも辛うじて耐えていた大猿は、黒い球体が抜き取られると同時に激しく痙攣し、ついにその動きを止めた。

 球体は魔物の手の中で少しずつその光量を増しているようだ。それは大百足が辿りついた果実も同様で、視界の中で二つの球体に徐々に光が集まっていく。


 ”あれ”を手に入れるならば今しかない。エルフ兄妹も残った二体の魔物に気を取られているため、今動いても気づかれることはないだろう。そう直感し、枯木の魔物へと足を踏み出そうとした正にその時、広場に面した一角の木々が爆散し、そこから銀色の影が飛び出してきた。

 目で追うことすら困難な速度で飛来した鉄の鎖は一直線に枯木の魔物へと向かっていき、その巨体を吹きとばす。その衝撃で球体は魔物の手を離れ、湖の中へと沈んだ。


 球体を追おうと駆けだすが、それと同じタイミングで鎖の先から一体の機獣が現れる。それは集落で半分に分かたれた機獣の片割れだった。これ以上邪魔される前に”あれ”を手に入れなければならない。そのために球体に向けて駆け出すが、機獣の目的も”あれ”であるとさっき兵士エルフから聞いたばかりだ。

 できればこのまま動かないでいてくれ、そう念じるがそううまく事が進むはずがない。機獣は明確な意志を持って球体に目を向けると、下腹部に備わった車輪を転がし、広場の中に突進してくるのだった。

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