三十ページ目
先を歩く緑人の背には木製の弓が背負われており、さらに細い植物の蔓のような素材でできた弦がまっすぐに張られている。エルフたちの弓の運び方は少々特殊で、彼らが背負っている背嚢とベルトには小さな突起がつけられており、そこに弓をひっかけて固定している。それにより、身体を激しく動かしても背負った弓が落ちたりしないようになっているようだ。
よくできているなと感心していると、不意に背後からもう一人のエルフが現れ、こちらが気づかぬ間に追い抜いていく。まったく気配を感じなかったことに驚くが、少し観察するとその理由が分かった。森を進むエルフたちからは足音が全くしないのだ。
今歩いているのは森の中の獣道のような碌に舗装がされていない場所だ。当然地面には葉枝が多く落ちており、凹凸もかなりある。だが、よくよく耳を澄ましてみると聞こえるのは自分が立てる足音だけだ。足音どころか、周囲の五名のエルフからは衣擦れの音さえ時折聞こえる程度で、一体どういった方法でこれほど静かに動いているのか皆目見当すらつかない。
聞けばエルフたちは幼少のころから森で狩りの訓練を積むらしく、ほぼ全員が一流の狩人としての技量を持つという。狩りの技量というと獣を狙う能力などを思い浮かべがちだが、なるほどこういったものも訓練で得られるものなのか、とつい感心してしまった。だが、彼らの技術だけが一級品ということはなく、使用している道具なども相応の質のものであることが伺える。先日、工房で出会ったエルフとの取引で集落で使われている一般的な装備を手に入れることができたわけだが、彼らが身に着けているものはどれもまだ集落では目にしたことがない物品だった。背負う弓と背嚢、身にまとう動きやすそうな軽装、脚を覆う何かの毛皮で造られたブーツなど、見ただけでもその質の高さを伺わせる品々ばかりだ。
そんなエルフたちに囲まれて今何をしているかというと、エルフたちが毎日行っている【エイリアの森】の巡回に参加させてもらっているのだ。というのも、最初は単身で森の探索を行うつもりだったのだが、あまり部外者に森をうろついてほしくないらしく、控えるように言われてしまったのだ。それでも何とか森に入れてもらえないかと頼み込んだところ、巡回に加わる形ならということになったという訳である。
そうして五人一組の巡回班の一員となったわけだが、そのうちの一名は集落に向かう途中に助けた例の兵士だった。彼を助けてからまだ二日程度しか経っていないのに、彼の身体にはけがは一つ残っておらず、体調も万全のようだ。この驚異的な回復の速さは彼のもともとの体質、というよりは運ばれてすぐに彼が放り込まれていた水球などのエルフの医療技術が原因なのだろう。今左目に装着している義眼といい、エルフたちの医療レベルはかなり高いもののようだ。
死にかけていたエルフ、もとい兵士エルフに再会した時には、屈託のない笑顔と共に何度も感謝の言葉を言われた。まだエルフ語は断片的にしか理解できないものの、兵士エルフは少し話をしただけで彼の性格の良さを感じ取ることができるほど人当たりがいい。巡回のメンバーに加えてもらうことができたのも、もしかしたら彼の助力があったのかもしれない。
もちろんついていくだけでなく、やれるなりに巡回の補助はするつもりだったのだが、その必要がないほどにエルフ五人の技量と連携は高いものだった。正直遅れずについていくだけでも大変なくらいである。森で取れる素材を収集することが目的なわけだが、なかなか足を止めて素材を探す暇もない。どうやら兵士エルフがこの巡回班のリーダーらしく、時折こちらを気遣って足を止めてくれるのだが、それでも思うような探索と収集を行うことができない。
それを歯がゆく思いながら進んでいると、エルフたちがほぼ同時に歩みを止めた。何事かと尋ねる前に、彼らは素早く背負っていた弓を構えると矢を引き絞る。全員が違う方向に矢を向けているが、それがこの陣形の構えなのだろう。しばしの間、吹き抜ける風とそれに揺られる葉が擦れる音だけが辺りを満たす。周囲を見回してみても動くものすら捉えることができないのだが、一人のエルフが離れた木立に向けて矢を放った。
鋭い風切り音を立てて木立に消えた矢の一瞬後に木立が激しく揺れ、その中から四つの小さな何かが現れる。拳大の虫のようなそれらは、光沢を放つ銀色の影となりこちらに飛び掛かってきた。
こちらに近づく間に、四つのうちの二つはエルフたちが放った第一射によってその場に縫い留められる。残る二つは走る勢いそのままにエルフたちに飛び掛かるが、片方はエルフが一閃したナイフに弾き飛ばされ、もう一方は全書から出した【三叉の金触腕】の触手により地面に押さえつけられた。
謎の魔物の襲撃を退けてほっと息をつく。突然異邦者の背中に現れた四本の触手に驚くエルフたちだったが、兵士エルフはさすがリーダーというべきか、次の襲撃をいち早く察知していた。兵士エルフは再び素早く弦を引き絞ると、樹上めがけて矢を放つ。目で追うことすら困難な速度の矢はまっすぐに標的を射抜くかと思われたが、乾いた破裂音と共に中空で砕け散った。
兵士エルフが放った矢が突き刺さるはずだった場所にいたのは、金属で造られた芋虫のような何かだった。一抱えはありそうな太さの芋虫は、身体の半分を枝にぶら下げて口と思しき体の端に開いた穴をこちらに向けている。その穴から立ち昇っている白い煙を訝しんで睨んでいると、それに並ぶように三匹の同じ芋虫が現れる。それらはやはり一様に口をこちらに向けており、まるで無機質な四つの目に見つめられているようだ。そうして数瞬の間芋虫たちとにらみ合っていたが、芋虫たちが突然身を撓ませる。
先ほどの破裂音と煙を思い出し、嫌な予感が背筋を駆け巡る。エルフたちを囲むようにして全書から、【エリオン式自動重歩兵人形】を出した瞬間、連続した破裂音と金属同士の衝突音が鳴り響く。音が鳴りやんだ瞬間、重歩兵人形の隙間からエルフたちが弓を放ち、過たず全ての芋虫を射抜いた。エルフたちは落下した芋虫に素早く走り寄ると、各々の武器でとどめを刺す。
さすがにもう周囲に魔物はいないようだ。ようやく落ち着いて襲ってきた魔物を調べることもできそうである。エルフたちは仕留めたばかりの芋虫の正体について話し合っているようなので、こちらは触手でとらえた銀色の虫について調べることにする。
虫は拳大の円盤型の胴体に四本の細い二節の脚を持っていた。だが、奇怪なことに胴体には目や口と思しき器官は一つもなく、なめらかな鏡面となっている。まだ動きを止めていない虫に対して二本の触手で圧力を加えたところ、それほど弱い力ではないとはいえ、胴体もろとも握りつぶすことができた。そうして素材となった虫の残骸を全書で回収する。
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【這う錆虫の細脚】
分類:魔物素材・部品
詳細:音もなく地を走る這う錆虫の四本の脚。道具への転用は難しいものの、並の技術では同じものを複製することは難しい。
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【這う錆虫の頭体】
分類:魔物素材・部品
詳細:這う錆虫の中枢機関。複雑な情報処理能力は持たないが、理外の技術力により造られたこれを模倣することは不可能。
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今倒した【這う錆虫】も”機獣”も一種だったらしいが、どうやら機獣というのは何者かに造られた存在のようだ。たしかにあんなものが自然に発生するとは思えなかったが、まさか何者かにより手ずから生み出された物とは思わなかった。せっかく生み出したものを利用していないとも思えないので、機獣によるこの【エイリアの森】への侵攻ももしかしたら何者かに意図されたものなのかもしれない。得られた素材はあまり有用とは言えなさそうだが、情報とコレクションが増えたことは喜んでおこう。
全書を眺めている間にエルフたちが仕留めた獲物の検分も終わったらしく、芋虫の死骸を担いでこちらに戻ってきた。その素材からも何かわかるかもしれないので、拙いエルフ語で許可を取ってから死骸を回収する。
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【放つ機筒の砲体】
分類:魔物素材・部品
詳細:体内で生成した銃弾を射出することに特化した生体武器型の機獣。上手く加工することができれば、そのまま兵器に転用できるほど精巧な造りになっている。
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【放つ機筒の銃弾】
分類:魔物素材・部品
詳細:放つ機筒の体内で生成された銃弾。外部から取り込んだ無機物を利用して自動で生成された銃弾は、材料となった鉱石や金属の特性を受け継ぐことがある。
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【這う錆虫】の素材よりは有用そうなものが手に入り思わず顔がほころぶ。早速その素材を使って物品を生成しようとしたが、まだ素材が足りないようだ。
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【歩行銃筒・蠢虫】を生成します
以下の物品を消費する必要があります
放つ機筒の砲体 100%/100%
放つ機筒の銃弾 180%/100%
這う錆虫の細脚 50%/100%
物品が不足しているため、生成を行えません
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消えた芋虫―【放つ機筒】―の死骸やひとりでに浮かび上がる文字が珍しいのか、エルフたちが全書を覗き込んでくるが、さすがに全書のことや手に入れた素材の説明をするにはエルフ語の知識がなさすぎる。今は一旦集落に戻ることにして、妹エルフに改めて彼らに説明してもらうことにする。
エルフたちも一旦集落に戻り、出会った機獣たちのことを長に報告したいようだ。せっかくなので集落までは機獣の死骸を預かっておき、戻ったら死骸や素材を譲ってもらえるように取引きをするとしよう。




