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二十七ページ目

 周囲を見回すと頂点が見えないほどの高さを誇る木々が立ち並び、流れる風には濃い緑の匂いが染みこんでいる。【轟く鉄滝】を出発してから早十日が経ち、エルフ妹との旅もいよいよ終りに近づいてきていた。

 エルフ妹曰く、今いるのは【エイリアの森】と呼ばれる大森林らしく、エルフ妹と同じ緑人エルフと呼ばれる人種が多く住んでいるそうだ。他にもエルフの集落はこの国―グレルドーラ―にいくつか点在しているものの、暮らすエルフの総数としてはこの森が最大であるという。

 もちろんこの話はここまでの旅の道中で聞いていたわけだが、それ以外にもエルフの暮らしぶりや【エイリアの森】で造られている数々の珍しい物品の話も聞いているので、否が応にもその期待は高まるというものである。


 中でもぜひ手に入れたいと思っているのは、【エイリアの森】でしか群生しないという【サリラ樹】で造られる様々な木製魔具だ。この【サリラ樹】は一見ただの樹木でありながら、その硬度は先の魔境で手に入れた”鉱樹木”をはるかに凌ぐらしい。それだけであればただの堅い木で終わりなのだが、エルフたちが長い年月により編み出した加工技術により一級品の魔具となるそれらは、国外でも高値で取引される逸品だそうだ。


 そんな話を聞けば手に入れたくなるに決まっている。そういう訳で、この森に入ってからというものの木々の隙間から今にエルフが迎えに来ないかと目を皿にして見張っているのだが、森を進み始めてから数時間が経っても一向にエルフたちの気配が感じられない。エルフ妹が言うには、エルフというのはなかなかに排他的な種族であるようで、部外者が無断で森に入ってしまえばすぐに森を守る歩哨たちが現れるとのことだった。だが、いくら進めども聞こえるのは虫や鳥の鳴き声ばかり。さすがにエルフ妹も森の様子がおかしいと言い始め、馬車の上から不安げに森を見回し始めた。


 やがて森の入り口から続いていた遊歩道が獣道に変わり、馬車で先に進むのも難儀しだしたころ、傍の茂みの中から何かが馬車の前に飛び出してきた。エルフに会うより先に獣に襲われることになるかと不安がよぎるが、現れたのは身体中に傷をつけ息も絶え絶えな兵士のようだった。

 兵士と分かったのは、彼の全身が鎧に覆われていたからだ。黒く光を反射するその鎧は遠目からでもかなり丈夫なように思われたが、身に着けている兵士と同様、鎧も半壊と言っていい状態となっており、すでに装着者を守るという仕事を果たすことはできないだろう。

 その兵士を見たエルフ妹は、慌てて馬車から飛び降りて兵士の元へと駆け寄っていく。だが、兵士は何事かを叫びながら、エルフ妹に身振りで近づくなと伝えたいようだった。しかし兵士ににとって幸か不幸か、エルフ妹の人の良さは生半可なものではない。構わず兵士に向かうエルフ妹だったが、先ほど兵士が現れた茂みを爆散して、なにかが兵士と彼女の間に割り入る。


 それはいくつもの車輪を組み合わされた球体の機械だった。直径は人の丈ほどはあるだろうか。大小さまざまな車輪を別々に動かしているその機械は、その場で横回転をしながら何かを思案しているようにも見える。

 突然の巨大な鉄塊の出現により硬直するエルフ妹だったが、彼女より先に行動を起こしたのは倒れている兵士だった。兵士は手に持っていた短剣を地面に突き刺すと、口早に何かを呟く。それに数瞬遅れて機械に備わる車輪の回転が速くなるが、機械がそこから移動を始める前に、その下の地面が激しく盛り上がった。

 地面から飛び出してきたのは、太く鋭い木の槍だ。計五本の槍が地面から機械を穿つが、金属で構成された機械を貫くほどの硬度はないようで、その攻撃は機械を道の上から弾き飛ばすに留まった。それにより機械は一瞬こちらの視界から消えるが、すぐに機械が飛ばされた方向からいくつもの破砕音が響き、太い木々をへし折りながら機械がこちらに突っ込んでくる。


 機械はどうやら死に体の兵士ではなくエルフ妹を狙っているらしい。自分めがけて転がってくる巨体に身をすくませるエルフ妹は、何もしなければそのまま機械の下敷きとなり、原形すら保たず引き裂かれてしまうことだろう。

 だが、せっかくここまで連れてきたのだ。むざむざ死なせるつもりもないので、【エリオン式自動重歩兵人形】を三体使ってエルフ妹を守る。機械の勢いを受け止めきれるか不安だったが、さすがにコレクションの中でも最重量を誇る自動人形を三体使えば大丈夫だったようだ。盾に傷はついたものの、転がってきた機械を跳ね返すことに成功する。

 次は自分の番だとばかりに杖を構えるエルフ妹だったが、その前に機械に変化が現れた。突然車輪の動きがぎこちなくなったかと思うと、車輪の隙間から蔓や葉が生え始める。しばらくは車輪を動かすことにより生える植物を砕いていた機械だったが、やがて植物の成長速度が機械の動きを上回り、機械はその全体を植物で覆われてしまった。動けなくなった機械にとどめを刺すかのように太く硬い木の枝が機械を隠し、ついには巨大な植物の球体が出来上がる。


 機械がその状態になり完全に動きを止めると、兵士はようやく力を抜き、その場に倒れこんだ。それを見たエルフ妹が今度こそ兵士の治療を始めたようなので、その隙に無力化した機械を収集してみる。植物により動きが止まっているだけかと思ったが、問題なく収集はできたので倒すことができていたようだ。


――――――――――

【寄枯の宿り木】

分類:植物・宿木

詳細:他の植物や動物に寄生して生育する寄生植物。すさまじい生命力と成長速度を誇り、時として宿主の栄養を吸いつくすこともある。

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【猛りし樹杭の残骸】

分類:植物・木材

詳細:緑樹魔術、”猛りし樹杭”により生成された極大の杭の残骸。使用者のマナが残留しており、保管方法を誤らなければ上質な魔具の材料となる。

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――――――――――

噛合う機輪バト・マイルの大車輪】

分類:魔物素材・部品

詳細:一寸のゆがみもない大きな車輪。外側に備わる刃が地面を掴むスパイクになるのと同時に、前に立ちふさがる障害物を切り刻む。

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噛合う機輪バト・マイルの小車輪】

分類:魔物素材・部品

詳細:噛合う機輪バト・マイルを構成する部品の大部分を占める車輪。様々な角度で組み合わさる車輪は、一分のずれもなく回り巨体を動かす力を生む。

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噛合う機輪バト・マイルの駆動核】

分類:魔物素材・部品

詳細:車輪を動かす原動力を生む核。機獣全般に備わる器官だが、機輪の核は瞬間的な出力に優れる。

――――――――――


 ”機獣”という見慣れない言葉が目を引くが、たった今倒した【噛合う機輪バト・マイル】というのはどうやらこの”機獣”に分類される魔物であるらしい。機械のような見た目の魔物というと、やはり思い出されるのは我が片腕と片目を奪ったあの憎き謎の機械だ。

 実はあの後、謎の機械を倒した場所まで戻ってみたのだが、魔境の初期化に巻き込まれたらしく素材を回収することはできなかった。そのため、”機獣”の素材を手に入れるのはこれが初となる。


 ”機獣”はこれまで魔境で見てきた魔物とは明らかに様相が違う訳だが、実は最近機械に似たものを見たことがある。それはつい先日【轟く鉄滝】に突き落としてくれた調査団のリーダー格の男が身に着けていた、奇妙な外套だ。あの外套は明らかに金属の部品を組み合わせて作られており、街で見た他の物品と比べると明らかに異様なものだった。だが、ああいった物品があるということは、この”機獣”のような見た目のものもあるのだろう。

 ちなみに【寄枯の宿り木】は先ほど【噛合う機輪バト・マイル】を覆いつくした植物のことだ。偶然機械の中に【寄枯の宿り木】が入り込んでいた、というのは考えづらいため、恐らくは最初に兵士が繰り出した木の杭による攻撃の際に種のようなものを仕込んでいたのだろう。死にかけていたように見えた割には、ずいぶんと手際がいいものだ。


 そう感心しているうちに、エルフ妹の治療により兵士は何とか話ができる状態にまで回復していた。あの怪我がこんな短時間でましになるとは思えないが、エルフ妹が兵士に何らかの魔術を使って治療を施したのだろう。魔術と言えば、【噛合う機輪バト・マイル】を弾き飛ばした木の槍は”猛りし樹杭”という魔術により現れたものだったらしい。懐から取り出していた短剣を利用していたように見えたが、もし簡単に魔術が使えるようになる物品があるとしたら、是非とも手に入れたい。


 兵士が語る言葉はガイネベリアで使われていたものとは異なるようで、さらに所々掠れていたため意味を理解することはできなかったが、通訳してくれたエルフ妹が言うには、ここから少し移動すれば彼らエルフが本拠地としている集落があるらしい。本来であればエルフ以外の立ち入りは禁止されているようだが、兵士の命を助けた礼として集落に迎え入れてもらえるようだ。

 兵士は礼というが、彼の様子を見る限り今が平常時ではないのは明らかだ。何やらきな臭い気もするが、せっかくの機会なのでこの状況を利用させてもらうことにしよう。

 兵士はまだ自分で動くことは難しいようなので、数体の自動人形に彼を担がせながら、その指示に従って森を進むことにする。無論、それ以外に多くの自動人形を使い、周囲を警戒しながら先に進んだことは言うまでもないだろう。

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