四ページ目
屋敷で【エスカ軍式重大剣】を手に入れた次の日、相変わらずの晴天の下、再び黒い壁の前に来ていた。とはいっても、今立っている場所自体は前回とは異なる。前回は拠点としている倉庫に一番近い場所で壁を構成している【瘴気】を収集したのだが、今は古都を貫通するように敷かれている大通りの真ん中に立っているのだ。
道は古都の外まで続いているらしく、それが瘴気の壁で寸断されている形だ。やはり壁は気体で構成されているとは思えない重厚な雰囲気を放ちながら、頭上遥か高くまで聳え立っている。
今回もとりあえず全書で【瘴気】を収集してみるが、壁の一部がなくなったかと思うとすぐに周りの【瘴気】がその部分に流れ込み、数秒もたたないうちに壁は元通りになってしまった。
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【瘴気】
分類:不明
詳細:特定条件下で発生する黒い気体。生物に対して強い毒性を持つ。魂魄に近い特性を持ち、魂核の材料となる。
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おや、前回【瘴気】を回収した時の説明文と少し内容が変わっている。魂核というのは確か【骨人形】や【エスカ式自動剣歩兵人形】の動力源だったはずだ。どうやらこの特性のために、それらを生成する際に【瘴気】が必要になるらしい。
【瘴気】についての新たな知見を得ることができたのは僥倖だが、相変わらず黒壁の向こう側にについて調べるという当初の目的を達成するための解決策は何も見えないままだ。
いつまでも立ったまま黒壁を見上げているのも疲れるので、一旦近くに転がっていた瓦礫に腰かけ、【瘴気】の壁を見つめる。
が、当然見ているだけでは何も変わることはない。いくら風が吹けども、【瘴気】は不気味なほど静かで揺らぎもしなかった。
他にやることもないので、全書から五体の【骨人形】を出して近くを探索するように命じてみる。すると、そのうちの一体が黒壁の中に歩いていくではないか。何の抵抗も感じていない様子で【瘴気】の中に入っていた【骨人形】が戻ってくるのをかたずをのんで待っていると、一分ほどして壁の中から出てきた。入る時と変わらない様子の【骨人形】の手には、黒紫色の石が握られている。
足元に置かれた石を手に取り、さっそく全書で収集した。
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【濃瘴石】
分類:鉱石・魔石
詳細:長い年月を経て、多量の瘴気に浸食された石。瘴気を蓄積しているが、外部に影響を及ぼすことはない。
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どうやら【骨人形】は黒い壁―いや、これからは”瘴壁”と呼ぶことにしよう―の中に落ちていた、この【濃瘴石】を拾ってきたらしい。このことから分かることは、まず【骨人形】はこの瘴壁に損傷なしに入れるということ。そしてもう一つは瘴壁の中、おそらくは外にも世界が広がっているということだ。
となれば、あとはこの瘴壁をどうやって突破するかだが、【骨人形】が中に入れても、同じように自分が黒壁の中に入ればただでは済まないだろう。
何か使えるものはないかと全書に目を落とすと、 【濃瘴石】の説明の下に別の文章が現れていた。
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【瘴弾の石飾具】を生成します
以下の物品を消費する必要があります
濃瘴石 100%/100%
侵瘴の蔓紐 0%/100%
物品が不足しているため、生成を行えません
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【瘴集玉】を生成します
以下の物品を消費する必要があります
濃瘴石 100%/100%
白魔晶石 0%/100%
物品が不足しているため、生成を行えません
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【大魂核】を生成します
以下の物品を消費する必要があります
濃瘴石 20%/100%
瘴気 200%/100%
物品が不足しているため、生成を行えません
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今手に入れた【濃瘴石】を素材として、新たに三つの生成候補ができたようだ。今のところ作れるものはないが、【大魂核】なるものは【骨人形】に探索を続けさせれば作れるようになりそうである。
上の二つの物品は手持ちの素材だけでは作れず、また必要となる素材はどうやって手に入るのか皆目見当もつかない。だが、名前から察するに、目の前の瘴壁を突破するのに役立ちそうなのはこれらの方だろう。
まだ見ぬ収集対象に思いをはせると胸が高鳴るが、まずは候補に出てきた物品の生成を目標にすることにしよう。
とりあえず濃瘴石を拾ってきた【骨人形】はもう一度探索に行かせ、他の場所を探していた【骨人形】も戻ってきたものから瘴壁の中に行かせる。『黒い壁の中に行け』と言っても動かなかったが、瘴壁を指さして『あっちに行け』と命令をするとすべての【骨人形】が瘴壁に入っていった。先ほどから探索を行わせているものに加えて、屋敷で見つけた素材で生成した【骨人形・庭師】も参加させる。
【骨人形】たちが探索している間じっとしているのも暇なので、自分でも周囲を探索することにしよう。この辺りの物品はまだ収集していないので、建物の中も含めて何かしら役に立ちそうなものは片っ端から全書に収集していく。
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【人骨(劣化大)】を収集しました
【エスカ軍式軽兜(劣化大)】を収集しました
【破損した薪割斧】を収集しました
【風化したディナープレート】を収集しました
【割れたマグカップ】を収集しました
【欠けたブレッドナイフ】を収集しました
【折れた麺棒】を収集しました
【半壊した石窯】を収集しました
【風化したマイナの調理書第一巻】を収集しました
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一番近くにあった建物はパン屋か何かだったらしい。集まったものによっては【骨人形・庭師】のような新たな魔導人形を作れるかもと思ったのだが、まだ生成候補にも出てこないところを見ると、決定的な素材がないか、そもそもそんなものは存在しないのかもしれない。
まあ、これらが役に立つかは今後の探索次第として、次は【骨人形】たちの戦果を確認するとしよう。探索を始めさせてからすでに一時間ほどが経過しており、その間に【骨人形・庭師】を除く五体の【骨人形】が戻ってきていた。
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【瘴石】を収集しました
【瘴骨の欠片】を収集しました
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【骨人形】たちが拾ってきたのは【瘴石】が三つと【瘴骨の欠片】という黒い骨の欠片が二つだった。どちらも全書に収納してみるが、【瘴石】も【瘴骨の欠片】も石や骨片が瘴気に晒されてできるものらしい。おそらく、【瘴石】がさらに長い間瘴気を蓄積することで【濃瘴石】となるのだろう。ちなみに二つを収集しても、新たな生成候補は現れなかった。
新たな素材を手に入れることができたのは僥倖だが、瘴壁を抜ける助けにはなりそうにない。とりあえずもう一度下僕たちを探索に向かわせて次の成果を待っていると、ようやく【骨人形・庭師】が戻ってきた。その手には何か紐のようなものが握られており、それを引きずってこちらに戻ってくる。
もしやと思い全書で収集すると、それはやはり期待通りのものだった。
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【侵瘴の蔓紐】
分類:植物・蔓草
詳細:瘴気に侵された樹木を宿主として生育した蔓性植物。瘴気による損傷を受けない特性を持つ。
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これが【瘴弾の石飾具】を作成するのに必要な素材だったようだ。試しに全書のページを一枚捲ってみると、先ほどの【瘴弾の石飾具】の生成についての文章が残っていた。
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【瘴弾の石飾具】を生成します
以下の物品を消費する必要があります
濃瘴石 100%/100%
侵瘴の蔓紐 10%/100%
物品が不足しているため、生成を行えません
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記述を見るに、今手に入った量ではまだ【瘴弾の石飾具】を作るには不足しているらしい。長さにして、ざっと10メートル分の【侵瘴の蔓紐】が必要そうだ。
しかし改めて考えてみると【骨人形・庭師】が持ってきた【侵瘴の蔓紐】は、目が覚めてから初めて手に入れた植物性の素材だ。さらに【骨人形・庭師】の足をよく見てみると、ほんの少しだが湿った土で汚れているのが見て取れる。古都の地面はすべて石で舗装されているため、瘴壁を抜けた先はこことはまた違った地形になっているのかもしれない。
新たなコレクションが手に入る予感に、早く瘴壁の向こうに行ってみたいという思いが募る。そのためには一刻も早く必要な素材を集める必要がある。
蔓を効率よく集めるため、【骨人形】たちの目の前に蔓をぶら下げて『これと同じものを持ってこい』と命令しておく。ちなみに、試しに『【侵瘴の蔓紐】を持ってこい』と言ってみたが、その命令では案の定【骨人形】たちは微動だにしなかった。
やはり【骨人形】たちを待っている間はやることもないので周囲を探索してみるが、今度は特に目新しいものは見つからなかった。だが、人骨や武器の残骸をいくつか見つけたので、ありがたく全書に収集しておく。
そうしていると、また【骨人形】たちが戻ってきていた。手にはそれぞれが見つけてきたものが握られているが、どうも思った通りにはいかないらしい。確かに集めてきたのはすべて紐状のものだが、よく見てみるとそれぞれが別のものを回収してきてしまったようだ。
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【ハクセングサ】を収集しました
【枯れたハクセングサ】を収集しました
【ジュマツタ】を収集しました
【マイモの蔓】を収集しました
【萎びる細蛇の脱皮】を収集しました
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スケルトンたちが集めてきたものの中に、一つだけ雰囲気が違う素材が混ざっていた。気になったので【萎びる細蛇の脱皮】を全書から取り出し、さらに全書の説明を読んでみる。
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【萎びる細蛇の脱皮】
分類:魔物素材・皮
詳細:【萎びる細蛇の脱皮】が成長に伴い脱ぎ去った皮。周囲の環境に適応した属性を纏う特性を持つ。
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『魔物』……。記憶にはない、が無いはずの記憶をもってしてもなおその二文字は異質なものだと直感する。この文字を見ていると、まるでどこともしれない暗闇の中に放り込まれたような不安感に苛まれるようだ。
だが、正体もわからない不安に震えているわけにもいかない。それにこの身の内ではそんな不安を塗りつぶすような物欲が今も燃え上がっているのだ。ああ、この瘴壁を越えた先にはいったいどんなものがあるのだろうか。それらを手に入れる日が今から待ちきれないのだ。




